#19 バッフェンの賊


 深森の暗闇に浮かぶ、いくつもの灯火。


 この森を根城とする盗賊集団……「バッフェンの賊」などと呼ばれているらしいが、その根拠地たる砦の出入口があるという。


 ヤタローは、カタルシス92Fを片手に、森の木々の間を駆け抜け、一気にその木門の手前へ走り込んだ。


「おっ?」


「なんだっ」


 門の左右に、いかにも素行の悪そうな男どもが三人、佇んでいる。


 突如現れたヤタローの姿に驚声をあげたところへ、問答無用の魔力弾で真額を撃ち抜かれ、三人いずれも、ろくな抵抗もなしえず、その場にくずおれた。


 門はすでに大きく開かれている。檻車の接近を知り、仲間の帰還を待ち受けていたのだろう。


 ヤタローはまっすぐ門を通り抜け、砦の敷地内へと踏み込んだ。


 門内、向かって右側の塀沿いに望楼。左側には厩舎らしき建物が見えた。前方はかなり広い空間になっており、おそらくは集会場や、馬車を並べる駐車場となっているのだろう。


 各所に数多くの篝火が焚かれており、屋外でありながら、意外と明るい。


 見上げれば、望楼上にも人影が動いている。


 ヤタローは、あえてそれを無視して、敷地内へ走り込みつつ、前方にたむろしていた一団へ向けて、銃撃を放った。


 五、六人、続けざまに撃ち倒され、周囲の賊どもが一斉に騒ぎはじめた。


 ここにきて、ようやく異変を察したか、望楼上で激しい警鐘が打ち鳴らされ、「侵入者! 侵入者だあ!」と喚く声も聞こえた。


 ヤタローは、広場の中央付近で、いったん足を止めた。


 警鐘につられて、左右前方の建物から、煙を吐くように、続々と新たな人影が湧いて出てきた。


「あれかっ」


「一人かっ?」


「みんな倒れてるぞ、油断するな!」


「なんだ、あの格好は」


「もしかして魔物かっ?」


「かまわねえ、囲め、囲めっ!」


「ぶち殺せぇ!」


 口々に声をあげつつ、蛮刀や手槍で武装した賊ども十数人、ヤタローめがけ一斉に押し寄せてくる。


 ヤタローは、落ち着き払って、彼らが射程内に入るのを待ち受けていた。


 馬車旅の間に、精神力は再び最大値まで回復している。スキル使用を惜しむ必要もない――。


「ディレイキャンセル」


「パラレルショット」


「パレレルショット」


「パラレルショット」


「パラレルショット」


「パラレルショット」


 残像とともに、カタルシス92Fの銃口が火花を噴き、合計四十発の魔力弾が放たれる。


 わずか二秒間のうちに、前面の賊らはすべて撃ち倒された。


 後に残るは、失神して、累々地に横たわる賊どもの姿――。


 ついでに、望楼上でまだ騒いでる数人をも狙撃し、沈黙させた。


(これで全員ってわけではないよな。中に、どれくらい残っているのか)


 前方には、木造平屋の、宿舎か倉庫らしき施設が並び、さらにその奥に、ひときわ大きな真っ黒い屋根がそびえている。


 おそらくその大屋根が、盗賊のリーダー、グローズの居館であろう。


 それにしても、森に巣食う野盗にしては、この砦は、やけにしっかりとした施設になっている。


 この世界の盗賊業はよほど実入りが良いのか、それとも、もっと裏があるのか。


 いずれにせよ、ここは殲滅あるのみ、とヤタローは決めている。


(……入口は)


 事前に、馬車で聞いていた話では、砦の内部は中庭を中心にして前後に区切られている。門からグローズの居館へ到達するには、まず手前の平屋を抜けて、中庭に出る必要があるのだとか。


 右手正面に、さきほど賊どもが飛び出してきた出入口が開いている。


 カタルシス92Fを握りなおし、ヤタローは建物内部に突入した。


 入口をくぐると、板張りの広い廊下。木壁には燭台が並び、まばらな灯火がちらちら揺れて、床と天井を照らしている。


 左側に、開きっぱなしの扉がずらりと並んでいた。おそらく賊どもの宿舎部屋なのだろう。


 いちいち内部を詳しく検分している余裕はない。ヤタローはまっすぐ廊下へ踏み込み、歩を進めた。


 途中、開いた扉の奥から、何人か賊どもが廊下へ飛び出し、奇声をはりあげつつ剣やナイフをふりかざして、横ざまにヤタローへ襲いかかってきた。


「……見えてますよ」


 呟きつつ、ヤタローはそれらの不意打ちに、むしろ余裕をもって対応した。


 彼我のレベル差が大きすぎるためか、敵意や気配の察知が容易で、かわすも受け止めるも自在。


 そもそも賊どもの攻撃力では、たとえ刃物や鈍器をまともに当てても、ヤタローにはまったくダメージが通らない。


 レベルにおいても装備においても、大人と子供、あるいはそれ以上に、圧倒的な実力差があった。


 なおも、ばらばらと襲い来る賊。その影を、一人、また一人、銃撃で沈めつつ、ヤタローは足早に直廊を突っ切った。


 廊下の奥に、両開きの鉄扉が見える。


 扉はぴっちり閉ざされ、閂も掛かっているが、鍵はなく、普通に内から開くことも可能だろう。


 しかしヤタローは――。


「ブレイク・マテリアル」


 いちいち開くも面倒とばかり、鉄扉そのものをスキルで粉砕し、その向こう側へと駆け抜けた。


 扉を抜けた先は、再び屋外。一面芝生に覆われた庭園。


 これが中庭であろう。


 やや離れた庭園の最奥には、石造りの西洋城館のごとき、見るも豪奢な建築物がそびえていた。


 黒い大屋根に白壁の主棟副棟をつらね、玄関先には白い屋根を架けた円筒形の石柱が並んでいる。


 また、玄関の左右には、奇怪なデザインの四足獣と思しき大きな石像一対、まるで狛犬のごとく控えていた。


 城館の脇にも褐色の建物が見える。こちらは簡素な木造小屋で、内部に複数の人の気配があった。


 ヤタローは、城館より先に、小屋のほうへ向かった。悪い予感がしていた。


 近付くにつれ、もう異臭が漂ってきていた。


 ――果たして。


 小屋は、牛や鶏の飼育に用いる畜舎のつくりに近い。薄壁と木柵で仕切りを設けた収容房には、鎖で繋がれた人々が、ぼろきれをまとい、藁まみれになって座り込んでいた。


 数も十人ではきかない。見たところ、いずれも年若い。わざわざ房を男女別に分けて収容しており、年端のいかぬ子供もまじっている。


 素性などはわからないが、状況からおよその推測はつく。


 まずは、彼らの救助を優先すべきだろう――と、ヤタローが小屋の仕切り扉に手をかけた、そのとき。


 けたたましい物音とともに、城館の玄関扉が開き、人影が中庭へ駆け出してきた。


「おい、そこで何をしてる」


 怒声とともに、小屋へと歩み寄ってくる足音。


 リーダーのグローズか、もしくはその側近というところだろうか。


 ヤタローは振り向きざま、銃撃を放ったが――。


 魔力弾は命中したものの、気絶スタンが発動しなかった。


(効いていない?)


 ヤタローは、軽く眉をひそめた。


 長剣を手に、険しい面相でヤタローのもとへと迫る大男。年齢はわからないが、そう若くはないようだ。


 顔には大きな頬傷があり、いかにも凶暴な面相。体格ひときわ優れており、がっしりした肩に革のベストを着込み、いかにも重くて頑丈そうなブーツを履いている。


「おまえか、侵入者というのは――」


 その声にも表情にも、獣じみた凶暴さが滲んでいる。


 どうやら、カタルシス92Fの効果が通じない相手のようだ。システムログにも表示がない。命中判定すらカウントされていないということだろう。


(……さて、どうするか)


 まずは実力を見てから――と、ヤタローは、カタルシス92Fをミニポーチに収納しつつ、一歩、前へ踏み込んだ。






     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

諸君、ルミエルくじの時間だ。(LV97アルケミニスト)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る