#18 悪性の輩


 平原の只中、シャンカー大山脈の北麓へと伸びてゆく一本道。


 皓々たる月明かりの下を、一隊の馬車列が連なり、南へ南へと移動していた。


 いずれも檻車。現在は、檻の中は無人となっている。


 先頭の御者台に、ヤタローの姿がある。左右に、いかにも粗野な風貌の男どもが同乗し、手綱を取っていた。


「あと、どれくらいで着きますか?」


 ヤタローが訊ねるのへ――隣席に座する、ひときわ面相の悪い中年男が、恐縮の態で答えた。


「へい。小一時間ってところで。もっと急がせますか?」


「いえ。このまま進んでください」


 言いつつ、ヤタローは、遥か前方を振り仰いだ。


 目的地は、大山脈の麓に広がるバッフェンの森。


 そこに、この近辺を長年荒らし回ってきた盗賊の根城があるという。


 これを放置しておいては、いつまたリリザ村やその他周辺の人々が脅かされるか、わかったものではない。


 盗賊が人身売買に関与しているとなれば、なおさら見過ごしにはしておけない。


 奴隷制も人身売買も、ヤタローにとって、絶対に容認できないものだった。どこの誰がどのような賢しい小理屈をこねようとも、その是非について、議論の余地など一切ありはしない。


 ゆえに、今は何をおいても、バッフェンの森の盗賊の殲滅、根絶を最優先とする。


 これがヤタローの下した決断であった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……先刻、街道上で、リリザ村の住民たちを送り出した直後のこと。


 カタルシス92Fの気絶スタン効果が切れ、倒れていた盗賊たち十数名が、次々と起き上がってきた。


「わ、わしらは、なんということを……」


「この罪、死んでも償いきれない……!」


「ああ、いっそ殺してください」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃ……」


 粗暴猛悪を絵に描いたような髭面の荒くれ男どもが、目をさますやいな、一斉に懺悔を叫びはじめ、人も世もなく号泣するという、ある意味、地獄絵図のような光景が、ヤタローの眼前に繰り広げられた。


 全員、ホート隊やラストール隊と同様の状態に陥っている。カタルシス92Fの副次効果たることは疑いない。


 少々ヤタローが意外に感じたのは、山賊たちと同時に起き上がった、馬車馬たちの様子である。


 すっかり取り乱して、泣き喚きつつヤタローの前に平伏した賊どもと対照的に、馬たちは何事でもないように、涼しい顔して、車のそばに佇んでいた。


 ヤタローと目が合っても、軽くいななく個体がいる程度で、特に大きな反応は示さない。


 もともと、カタルシス・シリーズは低レベルモンスターを気絶スタンにより制圧し、敵対ヘイトを解除して中立状態に戻すという武器である。


 馬たちにも気絶スタンは有効であった。賊たちとは異なり、起き上がった後、とくに不審な挙動も見られないことから、おそらく、この馬たちにはカタルシス・シリーズ本来の効果が発揮されているものと推測できる。


(……こうなるのは、人間だけということか)


 賊たちは涙を流しつつ、力なく跪き、縋るような目をヤタローへ向けていた。


 これは、彼ら本来の善性に目覚めたということか。


 それとも、もっと根本のところから人格が書き換わっているのか。


 まだ、はっきりとはわからない。


 なぜ、どのようなカラクリで、そうなるのか。他にも肉体や精神に何らかの影響があるのか、ないのか。


 ――興味は尽きないが。


 今は、それを検証している場合でもない。


 ヤタローは、泣きじゃくる強面の賊どもを、どうにか宥めすかし、バッフェンの森にあるという彼らの拠点への案内を依頼した。


「わかりました。わしらを真人間に戻して下すったお礼です。あなた様のためなら、なんでもやりますわい」


 嬉々として、彼らはヤタローの依頼を受け入れたのである。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 そうして現在に至る――。


「ヤタロー様。そろそろ森に入ります」


 と、御者をつとめる強面の男が告げた。


 前方、草原の彼方、おびただしい木々の連なりが、真っ黒い影となって、視界を覆いはじめていた。


「これがバッフェンの森?」


「ええ。わしらの住処です。ここに流れついてから、もう随分経ちますが」


 次第に道幅が狭くなってゆく。御者台がガタガタ揺れはじめた。


 森に入ると、馬車一輌通るのがやっとという砂利道が、木々の間を縫うように通っていた。


 視界一面、枝葉は鬱蒼と左右から生い茂り、空を覆っている。


 彼らの住処は、木造の砦と、天然の地下洞穴を組み合わせた一種の要塞になっており、構造はそう複雑ではないが、規模や広さはそれなりのものがあるという。


 まずヤタローは、砦の内部構造について、およその説明を聞き取った。トラップなどの対人ギミックは特にないが、各部に望楼や詰所が設けられており、一応、外敵への備えはしっかりしているのだという。


 砦の最奥部がリーダーの居館となっており、ちょっとした貴族屋敷のようなつくりになっているらしい。


「あなたたちのリーダーは、どういう人なのですか」


 と訊くと、左右の男どもは、やや困惑気味にヤタローを見た。


「グローズさんですか。そりゃあ、おっかないお方ですよ。とにかく腕っぷしが強くて、なにかというと、すぐ殴られますし」


「キレると剣まで振り回してきますしね。実際、斬られちまった奴もいます」


「でも、グローズさん、気前はいいんですよ。仕事の分け前とか、物惜しみしないで、どーんと分けてくれますし、女とかも」


 言いかけて、髭の中年男は、ハッと目を見張った。


「……そうだ。あの娘さんたちだって、も、もとをいえば、わしらが無理やり……」


 手綱を握りながら、またなんとも情けない顔をヤタローに向けてくる。自称「真人間」となった今、そうした過去の悪行を思い返すのが、少なからず苦痛になっているらしい。


「落ち着いてください。そういう過ちを清算するために、あなたは今、その手綱を取っているんですよ」


 ヤタローの言に、中年男は、大きく目を見張った。


「清算……! そう、そうでした。わしらは、そのために……! 急ぎます、ヤタロー様!」


「よろしく」


 ヤタローにしてみれば、中年親父を宥めるために口からでまかせを述べたにすぎないが、なにやら当人の琴線に触れたらしい。いたく感動の態で、しっかと前を見据えて手綱を握りなおした。


 彼らの証言から推測するに、盗賊のリーダー……グローズは、きわめて粗暴邪悪な人物のようだ。しかし一方で慕われている面もあり、腕力ばかりでなく、人格面でも一集団に君臨するだけの器を備えているやに思われる。


(問題は、そのグローズのレベルか。92Fが効けばいいが)


 ここまで戦った軍隊や盗賊相手には、カタルシス92Fが有効だった。効いてしまえば、それで相手は無力化するうえ、副次効果によって改心までする。


 しかしカタルシス92Fの有効範囲はレベル20未満。それ以上のレベルの相手には、また別の対処法を考えねばならない。


 それも、ただ一時的に打ち倒し、無力化するだけでは意味が無い。それではヤタローが去った後にも、遺恨が残りかねない。下手をすれば、さらに凶悪化し、行動がエスカレートする可能性もある。


 相手がモンスター……この世界では魔物と呼ばれる存在が相手ならば、もとより情けも容赦も無用であろう。


 ただ、対人戦闘において、カタルシス92Fが通じない敵と相対した場合、いかに対処すべきか。


(最悪の想定も、しておいたほうがいいかもしれない)


 相手によっては、一切の手加減無しに、命のやりとりを、せねばならない。


(そうならないに越したことはないが)


 その覚悟だけは、早めに持っておくべきだろう。


 盗賊に限らず、そういう悪性の輩は、今後いくらでも、ヤタローの前に現れるであろうから。


「見えてきましたぜ!」


 思索にふけるヤタローの隣りで、中年親父が声をあげた。


 彼方の闇のうちに、ぽつぽつと、オレンジ色の燈火がいくつか揺らめいている。


「あの篝火が目印でさ。入口は、もう、すぐそこで」


「なるほど」


 ヤタローはうなずき、左右に告げた。


「それでは、このあたりで馬車を止めてください」


「へ? ですが――」


「早く」


「わっ、わかりましたっ! おおい、おまえら、みんな止まれ! ヤタロー様のご命令だ!」


 ほどなく、後尾まで指示がいきわたり、馬車列は森の小道に一斉停車した。


「さて……」


 すべての馬車の停止を見届けると、ヤタローは御者台から、ひらりと飛び降りた。


「ちょっと行って、話をつけてきますから。みなさんは待機していてください」


 そういい残すや、ヤタローは馬車をその場にとどめ、黒い外套をひるがえし、ひとり闇の中へと駆けだした。






     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

この世に悪があるとすれば、それは運営だ。(LV89ガーディアン)

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