#17 決断


 駅亭を出発し、ヤタローはひとり街道を歩き続けていた。


 やがて日も傾き、いまにも暮れなんとする頃……背後に馬蹄と鉄車のけたたましい響きを聞いて、振り返った。


 見ると、何輌もの大型馬車が列を連ねて、砂煙をあげつつ街道を進んでくる様子。


 このままでは轢かれかねない――と、ヤタローは、いち早く街道脇の草原へ入り、馬車の列をやりすごそうとした。


 薄暮の街道を通りかかる馬車は、すべて大型の貨車に、頑丈そうな鉄格子の檻を載せていた。


 すなわち檻車の隊列。


 当初ヤタローは、街道脇から、注意深く、車列を観察していた。


(どういう集団だ、これは)


 あるいは、罪人を檻送中の官軍や警察組織のたぐいという可能性もある。素性を見極めるまで、無闇に干渉するわけにはいかない、とヤタローは考えていた。


 ところが。


 車輪の音も高らかに通りすぎてゆく檻車には、手枷首枷をはめられた人々が、ぎっしり詰め込まれていた。多くは成人男性だが、女性や子供の姿も入り混じっている。


 罪人というより、どこかで無理やり捕獲された捕虜か奴隷のように見えた。


 みな一様に、薄汚れたぼろきれをまとい、絶望に打ちひしがれたように、虚ろな面持ちで檻に座り込んでいる。


 対照的に、御者台に乗っている者たちは、いかにも凶悪粗暴な面相が揃っていた。なかには、野卑な奇声をはりあげながら馬に鞭を振るっている者もいる。


 その外見や振舞いから、どう贔屓目に見ても、まっとうな人種とも思われない。野盗山賊のともがらとしか見えない集団だった。


 さらに――。


 最後尾の檻車のなかに、一人、見覚えのある顔があった。


 昨夜、ヤタローが、リリザ村の広場で治療を施し、すぐに立ち別れた若者である。


(……彼が、あの中にいるということは)


 そう考えたとき、既にヤタローは、カタルシス92Fを右手に掴んで、草原を駆け出していた。


 ――あれらは、昨夜ラストール隊に逐われ、逃散したリリザ村の住民たちであろう。逃げた先で盗賊に捕らわれたものとみて間違いない。


(あれを行かせるわけにはいかない)


 精神力を消費し、スキルを発動する。


「ブースト・ラン」


 徒歩での移動速度を一時的に三倍まで上昇させる基本スキルである。


 草を蹴散らし、街道脇を疾駆するヤタロー。


 たちまちのうちに車列へ追いつき、並走し、その先頭をも追い越して、街道へ踏み込む。


 黒い外套を翻し、ヤタローは車列の真正面に立ちはだかった。


 先頭の御者台で、賊どもがなにやら騒ぎ立つ――。


「なんだ、ありゃあ!」


「魔物かっ?」


「いや、人間だろ」


「かまわねえ、轢いちまえ!」


「挽き肉にしてやらあ!」


 ヤタローは、問答無用で銃撃を放った。ただし、狙ったのは賊ではなく、馬のほうである。


 非実体の魔力弾が、馬車馬たちの額を次々に撃ち抜いてゆく。馬たちは気絶スタンの効果を受け、声もあげず、ばたばた打ち倒れていった。


『馬(LV5)を討伐しました』


『5EXPを獲得しました』


『馬(LV4)を討伐しました』


『4EXPを獲得しました』


 システムログへ流れてくる文字列に、いささかシュールな感覚を抱いたものの、ヤタローの手が止まることはない。


 先頭の数輌は、馬が倒れると、檻車ごと横倒しとなり、御者台の賊たちは地面へ振り落とされた。


 その賊どもが起き上がってくる前に――。


「ディレイキャンセル」


「パラレルショット」


 新たにスキルを発動し、引き金を引く。


 ヤタローの前後左右に残像が発生し、八発の魔力弾をまったく同時に放った。


 同じ動作を続けざまに四度繰り返す。ヤタローは、わずか数秒の間に合計三十二発もの銃撃を繰り出し、すべての馬と賊を瞬時に制圧した。


「パラレルショット」はヤタローの職業「ジェスター」専用スキルのひとつ。「ジェスターストライク」の下位版にあたり、あらゆる武器種で八度の攻撃をワンアクションで繰り出すことができる。


 精神力の消費量は小さいが、モーションディレイと使用後硬直が大きく、本来ならば連続使用はできない。


 これに、課金スキルである「LV5ディレイキャンセル」を組み合わせることで、モーションディレイと硬直が打ち消され、「パラレルショット」に限らず、あらゆる動作が連発可能となる。


 ゲームでは、攻撃への「ディレイキャンセル」系スキル組み込みは対ボス戦の必須テクニックとされ、ヤタローが次元回廊で最も多用してきた攻撃パターンであった。


 攻撃を終え、カタルシス92Fをポーチに収めたとき――。


 すでに、馬と賊はすべて気絶スタン状態となり、全員ぴくりとも動かず、地面に横たわっていた。


 見れば、檻車の半数が、馬が倒れた際の反動や衝撃で横倒しとなっている。


 ヤタローは先頭の檻から順番に「LV1ブレイク・マテリアル」を使用し、鉄格子や扉を破壊して、捕らわれていた人々を救出していった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 檻車が倒れたことによる負傷者も多く、またそれ以前から衰弱状態に陥っている者もいたが、それらには都度、ポーションを与えて治療を施した。


 また人々にかけられた手枷、首枷については、先頭の御者台にいた賊のひとりが鍵を所持しており、それを拝借して解除した。


 さいわい死者はおらず、捕らわれていた四十名ほどの人々は、すべて無事に救出できた。


 人々は当初、ヤタローの姿にひどく戸惑ったり、怯えた様子を見せていたが、檻の外で落ち着きを取り戻すと、みな一様に感謝の念を述べはじめた。


「まさか、二度も、あなた様に救っていただくことになるとは……このご恩、どうお返しすればよいのやら……」


 と、涙を流しながらヤタローの前に拝礼したのは、昨夜ヤタローが治療を施した若者である。


「よしてください。自分は、ヤタロー。あなたがたと同じ人間です。そんな拝まれるような者ではありません」


 また悪魔呼ばわりされてはたまらない……と、あらかじめ念を押したうえで、彼らから事情を聞いた。


 ヤタローの推測通り、捕らわれていたのは、全員リリザ村の住民だった。


 昨夜、軍隊らしき集団の襲撃を受け、着のみ着のまま村の外へ逃げ出したところ、武装した賊どもが村の周辺で待ち受けていたという。


 さながら獲物が自ら網中へ飛び込むように、住民たちは続々と賊に捕縛され、みな枷をはめられて、檻へ押し込まれた。


「私も、ヤタロー様に助けていただいた後、急いで外へ出たところで捕まってしまいました。どうもあやつら、ずっと村を囲んで、待ち伏せしていたようで……」


 若者の説明では、この賊の集団は、シャンカー大山脈の麓、バッフェンの森に拠点を置き、しばしば周辺の村落を荒らし回っているという。おそらく今回は、帝国軍の動向と村人の逃散を予察し、これを一網打尽とすべく、あらかじめ包囲の網を張っていたらしい。


 捕らえた人々は、ラコニア帝国の奴隷商へ売り払うつもりであったのだろう――。


「この大陸では、人身売買をやっているのですか」


 ふと、質問するヤタロー。


 昨夜、ホートからは、そういった話は聞かなかったが……思えば、ヤタローが助けたあの親子のうち、母親のほうには、頑丈な首枷が嵌められていた。


 とすれば、ホートらも、もしヤタローの妨害がなければ、今頃あの親子を捕らえて、売り払っていたのだろうか。


「シンティーゼ王国では、そういったことは禁じられています。ですが帝国には奴隷制度があります」


 若者の説明では、帝国には人攫いや人買いによる人身売買が横行しており、それをなりわいとする奴隷商人も各地で幅をきかせているのだという。


 家族に売られたり、自ら身売りして奴隷となる者も少なくないが、それ以上に、運悪く詐欺行為や誘拐などの被害にあい、自らの意思によらず奴隷の身に落とされる者も多い、とも。


(思ったより闇が深いな、この世界。……いや、これが普通なのか?)


 ヤタローは内心、暗澹たる気分にとらわれた。


 ゲーム内では、奴隷や人身売買といった、現代人の倫理観に反する制度や慣習は一切描写されなかった。ラコニア帝国の前身と思しきノージア帝国にせよ、時代錯誤の野蛮国などと批判されつつも、奴隷などは存在していなかったはずである。


 この世界が「ルミエル」から繋がりのある世界であることは、これまで集めた情報や、実際に見聞し体感した物事などから、ほぼ間違いない。


 とはいえ、長い時間経過によって、ゲームとはかけ離れた状況へと変貌している部分もあるのだろう。


 そうした変化を、そういうものとして、ただ無批判に受け入れられるほど、ヤタローは物わかりの良い性分ではない……。


(寄り道になるが……やらないわけには、いかない)


 その性分ゆえに。


 ここでヤタローは、ある決断をした。


「みなさんは、すぐにここを離れてください。いまから出発すれば、徒歩でも夜にはリリザ村にたどり着けるでしょう」


 ヤタローは、住民たちに急ぎ帰還をうながした。その際、リリザ村には元帝国兵が何人か居残っているが、決して危害を加えてくることはないので、なるべく友好的に接してもらいたい――という点も、一応、彼らには言い含めておいた。


「承知しました。このご恩は、いつか必ず」


 若者が、代表して礼を述べてきた。


「それで、ヤタロー様は、これからどうなさるので?」


 ヤタローは、いまだ打ち倒れたままの賊らをチラと眺めやり、答えた。


「昔、ある方から教わりました。田畑にはびこる毒草は、根こそぎ刈り取らねばならないと」


 かつて「ルミエル」の農業系生産職……ファーマー・ハーヴェストのクランに所属していたフレンドから、そんな話を聞いたことがあった。


 リリザ村の住民らは、連れだって薄暮の街道に列をなし、口々にヤタローへの感謝を述べつつ、帰途についた。


 静かに彼らを見送るヤタロー。


 その背後で、慌ただしい物音が響きはじめた。


 気絶スタンの効果切れにより、倒れていた馬や盗賊たちが、ようやく意識を取り戻しつつあるらしい。


 ……まずは彼らに、賊の本拠地まで案内してもらう。


 そこへ乗り込み――毒草を根絶させる。


 それが、ヤタローの下した決断だった。






     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

私は運営の方針には反対だ、だが運営がそれを主張する権利は、命をかけて守る。(LV53タタラベ)

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