#14 黎明は近い


「あっ――」


 兵らが、ヤタローたちの姿に気付いた。


 たちまち、みな一斉に手を止め、その場に跪いた。


(ホートたちと同じ状態か)


 二度目ともなると、ヤタローも、そう戸惑うことはなかった。とはいえ強烈な違和感は拭えない。


 とても「鎮静化」のひとことで説明がつく状況ではなかった。


 そうするうち、きらびやかな甲冑の騎士が、いそいそと駆け寄ってきて、ヤタローの前に膝をついた。


 隣りに立っていたホートも、いつの間にかヤタローに向かって平伏している。


「わ、私は、この部隊の指揮官、イグネオ・ラストールと申す者です。先ごろは、悪魔様へ大変な無礼を働き、申し開きのしようもございませぬ」


(ああ、さっき先頭にいた)


 ヤタローは、内心うなずいた。


 ……悪魔よばわりは、もはや気にしない。


 さきほどの一戦で見かけた、豪奢な銀甲冑の指揮官である。あのときは兜の面頬をおろしていたため、顔は見えなかったが。


 あらためて顔つきを見るに、ごく若い。おそらくヤタローより幾分年下であろう。


 金髪碧眼、眉目秀麗。まさに絵に描いたような、美形の青年貴族という印象。


「ヤタローです。そう呼んでください」


 一応、そう名乗ったうえで、あらためて、ラストールに前後の状況をたずねた。


「はい……我らは、悪魔さ……いえ、ヤタロー様……の、お慈悲によって、目を醒まさせていただきました。まずは罪に向き合い、亡くなられた方々を手厚く葬らせていただこうと……」


 およそ、ヤタローの推測通りの状況らしい。


 このラストールも、ホートらと同様、「鎮静化」と「敵対ヘイト解除」が効き過ぎているきらいがある。もはや根本の人格すら変容しているように見えた。


 いかにも貴族らしい傲岸不遜な性格と聞かされていたが、まったくそのような素振りもない。


 ラストールは、まず前非のほどを深く懺悔し、今回の作戦だけでなく、帝国貴族としてこれまで歩んできた自らの人生をも振り返って、過ちと罪にまみれた生き方をしてきたと――心底、痛切なる表情と口調をもって、悔悟の念を述べた。


「ゆえに、村の方々への、せめてものお詫びとして、我ら全員いさぎよくこの場に自裁し、生命をもって償う所存にて……」


(こっちもか……本当に、どうなってるのやら)


 いくら前非を悔いても、それで集団自殺は極端すぎる。


「待ってください」


 ヤタローは、ラストールの言を遮り、制止した。


「あなたたちが死んでも、なんの償いにもなりませんし、誰も救われません」


 ヤタローは、はっきりと言い切った。


 確かに、彼らには罪がある。隣国の村に火をかけ、無辜の民を襲い、幾人も残酷に嬲り殺すという、許されざる罪が。


 彼らが死んでも、その罪が清算されるわけではない。まして自殺など、罪業からの逃避でしかない。


 そう説かれて、ラストールは、あらためて目を見張り、ヤタローを見つめた。


 その両目から、感涙とめどなく溢れこぼれている。


「そ、そうでした……! ああ、我らはまた、道を誤るところでございました……! ヤタロー様、どうか、どうか、この愚かな罪人をお導きください……!」


 ラストールは地に額をこすりつけ、深々と平伏しながら、慟哭しはじめた。


(どうしたものかな、これは……)


 ヤタローとしては、わざわざ非殺傷武器で対応した相手に、集団自殺で全滅などされては、配慮が無駄になるし、なにより寝覚めが悪い。


 ホートらの「命を預かり」、またラストールを制止した理由である。


 それと、ラストールには、なるべく生きて原隊に戻ってもらわねばならない事情もあった。


 ――カタルシス・シリーズの副次効果が、彼らの精神にいかなる影響を及ぼしているのか、いまだ測りがたい。


 ただ、ラストールの態度を見るに、いまの彼らは、罪ほろぼしのためなら、いかなる無理難題も唯々諾々と受け入れそうである。


 彼らを「導く」つもりなどは毛頭ないが。


「あなたたちに、やってもらいたいことがあります」


 ヤタローはまず、十人隊長ホートとその部下たちが、ラコニア帝国軍からの離脱を望んでいることをラストールに告げ、それを黙認するよう「依頼」した。


 ホート自身も、ラストールに向かって、かく弁明を行った。


「我らは罪人、何の面目あって故郷の家族にまみえることができましょうか。このうえは、我ら一同、生涯を村の復旧に捧げ、この地に骨を埋めんとの所存にて……」


 こうした事情ゆえ、ラストール隊は急いで原隊へ復帰し、ホートの十人隊について、戦死もしくは行方不明扱いとして、上層部へ報告を行うこと。


 その後の行動については、各自でよくよく考えるように――。


 これらヤタローからの「依頼」を、ラストールは、さながら天上からの託宣でもあるかのように、すべて無条件に受け入れた。


「承知いたしました。ホート隊の処遇については、私がしかるべく取りはからいます。すべてはヤタロー様の御意のままに……!」


 恭しく述べ、再び平伏するラストール。


 ヤタローは、あえて無言でうなずいてみせた。


(真顔で御意なんて言われたの、初めてだよ……)


 顔にこそ出さないが、内心、ラストールのリアクションに、ヤタローは盛大に辟易していた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 リリザ村からそう遠くない国境付近の台地に、ラストール隊の派遣元である帝国軍の砦があるという。


 ラストールは、犠牲者の埋葬を済ませたうえで、すみやかに部隊をまとめ、砦へ帰還すると約した。その際、ホートの十人隊は死亡扱いとして上役に報告するという。


 ヤタローは、ラストールとの「交渉」を済ませると、ホートを連れて広場を離れ、しばし周辺を探索して歩いた。


 リリザ村は、ほとんど無人の焼け跡と化している。


 先ほどヤタローが唯一、救助できた若者も、すでに村外へ逃げ出したか、その姿を確認することはできなかった。


 住民らの亡骸も見かけない。ラストール隊があらかた集め終えているのだろう。


 いくつか、血痕だけが、点々と生々しく残っている箇所もあったが、怪我人などはいないようだった。


 なお焼け残っている建物も、ちらほら散在している。また、農地などには、被害は及んでいないようだった。


 結局、他の生存者や逃げた帝国兵らを発見することはできなかったが、ホートやラストールの証言によれば、住民の大半は早々に村から逃れており、またいずれ戻ってくるはず、とのこと。


 そこから、復旧への長い道のりが始まることになるのだろう。


「戻ろう」


 と、ヤタローはホートをともない、村はずれへ引き返した。


 空腹感は、さきほどの食事でしのげたが、消耗した精神力は、いまだ回復しきれていない。


 そのためか、肩のあたりに、軽く疲労を感じていた。わずかに眠気もある。


(腹が減る。眠くもなる。……本当に、生身の身体なんだな、これは)


 あらためて、現在の状況が「現実」であると、実感せざるをえない。


 いまも「システム」によって様々な補助が働いているとはいえ、生物としての基本的欲求までは打ち消せないようである。


 ただ、それで打ちすほど疲れきっているわけでもない。体調や各種ステータスの現状を踏まえ、まだしばらくは行動できる、とヤタローは判断した。


「では、このあたりで、お別れとしましょうか」


「はい……。一刻も早く村を復旧できるよう、我ら一同、全力を尽くしてまいります。どうか、ヤタロー様も、ご健勝で」


 村はずれの小屋の手前で、ヤタローとホートは立ち別れた。


(最後に、こちらにも声をかけておくか)


 あの親子三人のことである。いまは小屋に入って休んでいるという。


 ヤタローが、小屋の出入口までたどり着くと、小さな娘……ユルの父親が迎えに出てきた。


 そのユルは、小屋の片隅で、母親の腕に抱かれて眠っている。


 小屋の周囲では、ホートの部下らが篝火を絶やさず、周辺警戒を続けていた。


 このぶんならば、彼らについては、もう何も心配はいらないだろう……。


「自分は、もう行きます。先を急ぎますので――」


 ヤタローが告げると、ユルの母親が、小屋の隅から静かに立ち上がり、歩み寄ってきた。その胸にユルを抱えて。


「あの……この子は……どうなるのでしょうか」


 ひどく不安そうな顔つきを向けてくる、若い母親。


 彼女が何をいわんとしているか、ヤタローには既に推測がついている。


 いまだにヤタローを「魂を刈る悪魔」だと、彼らは勝手に思い込んでいるらしい。


 ならば、最後に、それらしく振舞ってみせるのも一興――。


「取引きをしましたからね。ユルの魂は、いただきますよ」


 と、前置きしておいて。


「いずれ、何十年か先……ユルの寿命が尽きて、天に召されるときに」


 ヤタローは、安らかに眠っている幼子の髪を、そっと撫でつけた。


「それまで、この魂は、ユルに預けておきます。長生きするようにと……伝えておいてください」


 ユルの父母は、心から安堵したように、泣き笑い、うなずきあった。


 最初から、ユルをどうこうするつもりなど、ヤタローにはない。


 その意図は、正しく二人にも伝わっていた。


 これ以上の言葉は不要――とばかり、ヤタローは、黒い外套を翻し、その場を立ち去った。


「必ず、この子に、伝えます。あなた様のお言葉を」


「ご恩は忘れません……!」


 次第に遠ざかってゆくヤタローの背へ――若い父母は、感謝の言葉を投げかけつつ、見送った。


 夜は明けかけている。


 ヤタローの行手、はるかな平原の彼方に、黎明近き空と大地が、どこまでも広がっていた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




(……なにか、重大な見落としをしている気が)


 村落から平原へと続く道を歩みながら、ヤタローは、なにやら軽い違和感をおぼえていたが……。


(いや、気のせいか)


 と、すぐに振り払い、そのまま忘れてしまった。


 ユルという幼子――まだ五、六歳くらいでしかない小さな娘が、戦闘や仕事の経験もなしに、既にLV7にまで到達している。この世界の一般的な大人たちに迫るレベルである。


 ヤタローはそれを実際に確認していながら、とくに気に留めていなかった。


 ゆえに、ヤタローは、いまだ気付いていない。


 少女ユルが、自らの意志にて、ヤタローと「パートナー契約」を取り交わし、すでに取得経験値をヤタローと共有する「召喚状態」の「パートナー」と化している、という事実に。






     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

田植えのモーションがとてもリアル。(LV57ファーマー)

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