#13 豆と麦
ところで先ほど、ホートを含む部隊全員の「命を預かる」とヤタローが宣告した件について――。
「皆さん反省しているようですし、自分が皆さんをどうこうするつもりはありません。ただ、勝手に死ぬことだけは認められません。今後の身の振り方は、皆さんでよく話し合って決めてください」
ヤタローとしては、先を急ぐ用事もあり、彼らとは早々に立ち別れねばならない。
結局、後のことは、そちらで勝手にやってくれと――放り投げた形である。
しかしホートは、ヤタローの言葉を聞くと――。
「なんという寛仁、温情……。このご恩、生涯忘れませぬ。我ら一同、罪と向き合い、誠意をもって償ってゆきます……!」
そう絶叫号泣しつつ、その場に平伏したのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
どうにかホートを宥め、ともに空き家を出ると、皓々たる篝火が二人を照らした。
周囲では、ホートの部下らが、石を積んで竈とし、鍋釜を煮炊きして、野営の準備に取り掛かっていた。
「あくまさん! あくまさんがでてきたー!」
立ちのぼる炊煙の下から、例の小さな娘が、真っ先にヤタローのもとへ駆け寄ってきた。
「あのねっ、おとうさんと、おかあさんとね、ごはんつくって、まってたの! あくまさんに、たべてもらおうって!」
「……自分に、ですか」
そう口にした途端、ヤタローは、強い空腹感をおぼえた。
(……一応、腹は減るのか。この身体も)
思えば、次元回廊内において、いまの「肉体と意識」を自覚したのは、あの「ボル」との戦闘中だった。
それから現在に至るまで、半日以上が経過している。その間、回復薬を一本飲んだきりだった。そもそも食事どころではない状況が続いていた。
「ねえ、きて! こっちー!」
ヤタローの先に立って駆けてゆく娘。
ホートを部下らのもとへ向かわせ、ヤタローは一人、娘の後へついて歩いた。
(急ぐべきかもしれないが……)
メクメクの行方は気になるし、サマール湖へ急ぎたい気持ちもあるが、補給も必要であろう。
それに、この世界の食事についても、少しは興味があった。
システム上、プレイヤーが食事を摂る必要は特になかったが、それでもゲーム内には膨大かつ多彩な食材や料理が登場していた。
イベントストーリーでは、キャラクターが食事をするシーンも少なからず描写されていたが、実際はどんなものだろうか。
大鍋のかたわらで、娘の父母が地面に蓆を延べ、焼け跡から集めたと思しき陶器など並べて、ヤタローを待ちうけていた。
「その、せめて、温かいものをと……。お口にあえばいいのですが」
「あくまさん、たべてたべて!」
勧められるまま、ヤタローは、父親から椀と匙を受け取った。
ほかほかと湯気をたてる、半透明の茶褐色のスープだった。
「では、遠慮なく」
火のそばへかがみこみ、匙でスープをすくい、口をつける――。
味は薄い。色のついた、薄い塩水……というも過言ではない。
しかし、そこはかとなく、野菜の出汁のようなエキスが、舌の端にひっかかる。
椀の底に、いくつか白い豆が転がっていた。
つまりは豆のスープ。種類はわからないが、おそらく乾燥保存されていたものを煮込んだのだろう。
具材も味付けも貧しいが、舌に染み入るような、控えめな旨みがあった。
なにより、温かい。
(……悪くない)
と、ヤタローは感じた。
「ねえ、おいしい?」
と、小さな娘が、おそるおそる訊いてくる。
「ええ。おいしいですよ」
素直に、ヤタローは応えた。
娘は、ヤタローの隣りに、ちょこんと腰かけた。
「あのねっ。わたし、ユルっていうの!」
と、嬉しそうに名乗ってくる。
ヤタローの視界の端には、すでに『ユル:人間・LV7』と表示された青背景の半透明ウィンドウが浮かんでいた。
「ユル……ですか。自分は――」
と、名を告げようとすると。
「しってる。あくまさん!」
と、ユルは、ヤタローの言を遮った。
「いえ、それは」
「あくまさん!」
なぜか満面の笑顔で押してくるユル。
「……それでいいです」
ヤタローは、折れた。
どのみち、すぐにお別れせねばならない。ここで強いて名乗る必要もない、と考えたからである。
そんな二人のやりとりを、ユルの父母は、不安げな面持ちで見守っていた。
(まだ怖がられてるのか、それとも、信用されてないのか……いや、無理もない)
ヤタローは、彼らの内心を、そのように推察していた。なにせ、彼らにとって、ヤタローは「悪魔」らしいので――。
そこへ、背後から、複数の足音が寄って来た。
「あのう……。皆様、よろしければ、こちらも」
ホートだった。大きめの木椀ふたつを、両手で抱えている。部下の兵らしき者らが二人、同じように椀を抱えて、左右についていた。
ヤタローと親子三人への、おすそ分け――ということらしい。
「ええ、そういうことなら」
と、ホートから椀を受け取るヤタロー。
「麦粥です。軍の携行糧食ですので、味のほうはあまり……栄養はあると思います」
つまり、略奪品などではなく、もともと自分たちで携えてきた食料、ということらしい。
ひとくち、匙で啜ってみる。
鼻にくる独特の臭み。舌触りはざらつき、味はクセのある苦みと、薄い塩気のみ。
どう考えても旨くはない。いっそ不味い――。
しかし、するすると入ってゆく。
不味いはずなのに、身体は拒まない。むしろ、身体が求めている。この不味い麦粥が、乾いた砂を潤す慈雨でもあるように感じられる。
(……本当に、栄養だけはあるみたいだ)
一方、ユルは、ヤタローのそばで、嬉しそうに、無邪気に麦粥を啜っている。とくに不味いなどとは感じていないようだった。
奇妙な感覚にとらわれつつ、ヤタローは食事を終えた。
豆スープもそうだが、香辛料のたぐいは一切用いられておらず、調味料も塩くらいしかない。
これは、この集落や、ホートらの軍用糧食が格別貧しいせいなのか。
それとも、この世界全般における「食」事情なのか。
この場では確かめようもないが。
(この世界の食事に、過度の期待はするべきじゃない……か)
まともな食事を欲するなら、自力で用意せねばならないようである。
状況が落ち着いたら、そのあたりも色々考えるべきだろう。
ただ、今はそういう状況ではない。
ヤタローは、椀を置いて、大鍋のそばから立ち上がった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
リリザ村を離れる前に、なお、いくつか確認しておかねばならないことがある。
先ほど、ヤタローが撃ち倒した五十人ほどの部隊。
ホートから聞いたところでは、彼らが所属していた遊撃隊の本隊であるらしい。
部隊長は百人隊長イグネオ・ラストールという貴族で、伯爵家の三男坊だとか。
普段から、身分を笠に着て、傲岸不遜な振舞いが目立ち、上司としても軍人としても、あまり評判はよくない人物らしい。
先ほどヤタローは、そのラストール隊の大半を
ホートたちのように、彼らも「鎮静化」して、おとなしく振舞ってくれていればよいが……現状を確認しておきたい。
それと、リリザ村の住民の状況も見ておかねばならない。
ホートによれば、大半の住民は、ラストール隊に逐われるようにして早々に平原や山麓へ逃げ散ったというが、抵抗したり踏みとどまった人々もいたはずである。
それらのうち、死傷者はどれほどの数になるか。生き残りはいるのか。
死んでしまったものはどうにもできないが、助けうる限りは助けたい、とヤタローは考えていた。
また、ラストール隊からいち早く逃走し、結局撃ち洩らしてしまった者たちも、数名いる。
もし彼らが、この近辺にとどまっていた場合、少々厄介な事態になりかねない。
それらを鑑みるに、到底、リリザ村をこのまま打ち捨て、さっさと出ていくようなわけにはいかない。それがヤタローの判断だった。
「私めも同行させてください。ラストール隊長に伝達事項もありますので」
事情を語ると、ホートはそう提案してきた。
部下たちには、引き続き周辺警戒と親子の警護を命じ、ホートのみついてゆく、という。
とくに断る理由もないので、ヤタローは、ホートと連れ立って、村の中心部へ向かって歩いた。
火災はすっかりおさまっている。
深夜、繚乱たる星空の下……ほとんど原型を留めていない焼け跡が、瓦礫の小路の左右に、無残な暗影を投げかけていた。
「ところで、隊長への伝達事項とは?」
道すがら、ヤタローは訊いた。
「実は……先ほど、みなで話し合いを行いまして。今日を限りに、我々は軍を離れようと決めたのです。犯した罪を少しでも償うために」
ホートは、まじめくさった顔つきで答えた。
「軍をやめ、この村にとどまり、復旧の手伝いをしたいと……私も、皆も、今はそう思っております。もちろん、まず村の方々に詫びを入れ、受け入れてもらえれば、という前提ではありますが」
ホートの口調は真摯そのもの。償いのために、すべてを
おそらく、これもカタルシス92Fの「鎮静」効果だろう、とヤタローは内心推測している。
鎮静化を通り越して、いまやホートらは、軍務や軍隊そのものにまで嫌気がさしているのではあるまいか。
「ですが、軍をやめるなんて、できるのですか?」
「いえ。我々は徴兵ですし……勝手に軍を離れるなど、許されることではありません。脱走兵、逃亡兵という扱いならまだしも、反逆兵とすら言われかねません。そうなれば……故郷の家族親類にまで、
「それで、隊長に直談判をしようと?」
「ええ。話を聞いてもらえるかは、五分五分というところですが」
相手はただ軍隊の上司というだけではなく、悪評高い貴族子弟。あるいは平民のホートの主張などまったく無視され、軍法にかけられるかもしれない。
ただ、そのときは、それも償いとして受け入れなければならないだろうと――いささか憂いを込めて、ホートは語った。
そう話し込むうちに、次第に視界がひらけてきた。
彼方に、いくつもの皓々たる灯火が、闇へ浮かぶ様子が見えている。
村の広場であろう。
二人して近寄ると、広場内には、篝火がずらりと並び、さながら昼間のような明るさだった。
その灯りのもとで、複数の人影が黙々と動き回り、なにやら作業に没頭している。ホートと同じ帝国軍の甲冑軍装をまとう兵士たちだった。
あれらがラストール隊の本隊であることは間違いない。
ただ何か、様子がおかしい――。
ヤタローとホートは、つい足を止めて、しばし、広場の状況を見守っていた。
篝火のそばの地面に、黒い塊のようなものが、いくつも並べられている。
よくよく見れば、それらすべて、村の住民と思しき人々の、物いわぬ亡骸だった。数にして二十体以上。
一方、兵士らは、広場の焼けた土を、手甲や鍋など、ありあわせの器物で懸命に掘り返し、地面に穴を掘っていた。
火に照り映える兵士らの顔は、いずれも悲痛に堪えぬという面持ちで、なかには、涙を流し、ときおり嗚咽しながら土を掘っている者もいた。
ようするに。
――彼らは、自分たちが殺した住民らを、ここに埋葬しようとしていたのである。
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課金は剣より強し。(LV66トレーダー)
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