#12 人類の天敵
この「世界」で流通している貨幣、物価、度量衡。
これらについては、ゲーム内とほぼ同じであるらしい。
貨幣には「シルバー硬貨」と「ゴールド硬貨」があり、少なくともホートの知る大陸西部では各国共通の通貨となっている。
ラコニアの帝都アルマナでは、リンゴ一個10シルバー前後という。
目方と距離はメートル法で、ヤタローにとっても馴染みのある単位が用いられている。物価もゲーム内とそう変わりない。
(……ここが、ゲームと何らかの繋がりのある世界なのは間違いなさそうだな)
話を聞くうち、ヤタローは、そんな確信を持った。
いかなるカラクリによって、このような世界が「現実」となっているのか。そこまでは、まだ情報が少なすぎて、推測すら立てられないが。
さらに、ヤタローの視界にいまも常駐している、ゲームと同様の「システム」については――。
「……ああ、『ステータス』のことでしょうか。ええ、見えますよ」
と、ホートは答えた。
詳しく聞いてみると――彼らは、ヤタローのようなゲームシステムそのものではなく、簡略化されたステータスウィンドウを一枚、視界内に表示できる、という。
任意での表示オンオフも可能で、普段はオフにしているとか。
これは生まれつき備わっている能力で、物心ついた頃には、誰でもごく自然に見られるようになっている。ただし参照できるのは自分自身のステータスのみ。
それも、レベルと保有スキルは明記されているが、それ以外のデータは、低いとか高いとか、ごく大雑把にしかわからないようになっているという。
「そういえば、『鑑定士』や『司祭』などの方々は、他人の『ステータス』を見ることができると聞いております。実際に会ったことはありませんが」
鑑定士は、人間だけでなく、様々な器物や獣、魔物のたぐいまで、ひと眼で詳細ステータスを鑑定できる、きわめて特殊で貴重な技能を修めているという。
ラコニア帝国では帝都アルマナに数名がいるのみで、いずれも王侯貴族に丁重に召し抱えられているため、庶民とは接点がないのだとか。
(……そうか。この世界のほとんどの一般人は、鑑定スキルを持ってないんだな)
これが「ルミエル」のゲーム内であれば、プレイヤーはチュートリアルをこなす過程で自動的に「LV1鑑定」というパッシブスキルを修得し、他プレイヤーやNPC、アイテム類などのステータスを、ある程度、参照できるようになっている。
上級生産職ともなれば、鑑定スキルを最大のLV10まで上げきり、ゲーム内のあらゆる存在の詳細データを把握可能となる。
もっとも、ヤタローは生産職ではなく、所持している鑑定スキルはLV3止まりであった。味方側キャラクターのデータは比較的詳細まで参照できるが、レベル50以上の高級素材や稀少アイテム類については、自前では鑑定識別できない、という制限がある。
(ひょっとすると、その鑑定士というのは……プレイヤーか?)
自分一人だけが、この「世界」に転移してきたとは考えにくい。なにより、フレンドリストには「メクメク」が健在である。他にも同輩がいると考えるほうが自然であろう。
プレイヤーならば、たとえ初心者でも鑑定スキルを修得済みのはずである。この「世界」では、それだけでも珍重されることだろう。
――また、「司祭」とは、大陸最大の宗教であるアカント教、その教団組織に所属する高位聖職者を指すらしい。
「アカント教?」
ヤタローは首をかしげた。
ゲームにも、アカント寺院という施設は存在していた。エルミポリスの中枢部にあり、死亡したプレイヤーの蘇生、各種状態異常の回復、初期レベル上限に達した初心者プレイヤーの一次上限開放などを行っていた場所である。
聖堂には創世の女神ルミエルの立像が祀られており、信仰の対象はもちろん女神ルミエルであった。アカント教などという独自の宗教を広めたりはしていなかったはずである。
ただ、この世界は、ゲーム終了時から何百年という時間が経過している。その間に、寺院の内部で何らかの変化があったとしても不思議ではなかった。
むしろ宗教組織に内紛や分裂はつきもの。であれば、これは自然の成り行きというべきかもしれない。
(このへんは、後回しにしたほうが良さそうだ)
ヤタローはアカント教会について、考察を保留した。大陸最大というほどの宗教組織ならば、詳細を知る機会は今後いくらでもあるだろうとの判断である。
「次の質問です。……魔物とは、どういうものですか」
先ほどから、ホートはたびたび魔物という存在について語っている。おそらく、ゲームにおける各種モンスターと同等同質の存在だろうとヤタローは推測したが、実際はどうなのか。
「魔物とは、魔力を帯びた、危険な野生生物の総称です。自然の生物……たとえば、熊とか猪などに似てるものも多いですが、根本的に、別物だといわれております」
魔物とは、世界各地の「魔力溜まり」といわれる特殊なスポットから、ほとんど無限に湧き出てくる存在という。
外見は野生動物に似ているが、繁殖や子育てといった種族保全行動を取ることはなく、多くの場合、人間に対して一方的に危害を加えてくる。
なかには魔法を使いこなす強力な個体すら存在しており、人類の天敵というも過言ではない脅威だと――ホートは語った。
ラコニア帝国をはじめ、大陸各国の多くは、軍隊内に魔物討伐を専門とする部署や部隊を置いて対処している。
民間でも魔物退治を請け負うハンターと、その組合も存在しているが、死亡率の高い危険な仕事であり、昨今、そちらのなり手は少ないのだとか。
なお、魔物発生の源泉である「魔力溜まり」は、その大抵が古代の遺跡や巨大洞穴などの最奥部にあり、常に濃密な魔力に覆われているため、人間では近寄ることすら不可能。
まして、それを消し去ったり、止めたりするような手立ては存在しないという。
(……これは、警戒したほうがいいかもしれない)
ヤタローは、かすかに眉をひそめた。
魔力溜まりとは、ゲームでいう各地のダンジョンのことであろう。
それが発生源というなら、現在は、かつてのフィールドモンスターだけではなく、より強力なダンジョンモンスターも、地上に出てきているのかもしれない。
ヤタローのレベルとステータスならば、大抵のモンスターとは渡り合えるはずだが、時間経過により、モンスターにも何かしら変異が生じていてもおかしくない。
それこそ、次元回廊ボス級モンスターと、地上で遭遇する可能性すらある。
(この先、何が起こるかわからない――)
今後に備えて、手持ち装備やアイテム類の点検を急ぐべきであろう。そのためにも、可及的すみやかにサマール湖へ赴き、専用移動拠点たるバッカス三世の現状を確認せねばならない。
(サマール湖へ急ごう)
次になすべきことは、決まった。
ここでホートから引き出しうる情報は、ほぼ聞き終えている。
ただ、いまひとつ、ここを離れる前に、確認しておかねばならない事柄があった。
声をひそめ、最後の質問を投げかけるヤタロー。
「……このへんで、天使を見かけませんでしたか? 自分の仲間なのですが」
ホートは、申し訳なさげに首を振った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ささやき-祈り-詠唱-課金せよ!(アカント寺院・司祭)
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