#11 ゲームから異世界へ
よりによって、ポータルから転移した先が、襲撃を受けている最中のリリザ村。
その火事場の真っ只中に飛び込んでしまい、見事、巻き込まれる形となった――というのがヤタローを取り巻く現状であるらしい。
わけもわからず火事場から外へ出たところで、たまたま鉢合わせをしたのが、あの親子と、ホートの部隊であった。
「我々とて、略奪が悪事であることは承知しています。それでも、戦場では、誰もそれを悪事などとは思わなくなる。むしろ、そうするのが当然で、やらない奴は馬鹿だとすら思えてしまうのです。戦場とは、そういうものなのです。……ヤタロー様は、そんな我らの目を醒ましてくだされた。いまは、前非のほど、自らの業の深さを、ただただ、悔いるばかりです」
ホートは、語りつつ、また平伏せんばかりに号泣しはじめた。
「ああ、はい、わかりました。わかりましたから、懺悔はあとにしてください。まだ質問は終わっていません」
そうヤタローに宥められて、ホートは涙を拭った。
「それで――」
続いて、ヤタローは別の質問を投げかけてみた。この大陸の、全般的な地理や、歴史についてである。
残念ながら、姓をもたない――つまり平民出身であるホートには、ほとんどそうした知識は備わっていないという。携えていた作戦用の地図も、国境から王国西部の辺境までの一帯について、ごく大雑把な地形と地名が簡潔に記されているだけだった。
しかし――。
(これは、見覚えのある地形だ。地名もいくつか、わかるものがある)
ちらちら揺れる灯火のもと、ホートが提出した作戦図を、じっくり確認してゆく。
シャンカー大山脈、北サロニア平原など、「ルミエル」のゲーム内にも登場していた地名がある。
河川や運河、湖沼の名称などは、ヤタローも知るものであった。山麓の盆地から平原へかかる一帯など、ゲームで何度となく歩いていた地形である。
一方で、作戦図の各所に点在する集落、都市などの名称は、ヤタローにはまったく見覚えがない。
ここリリザ村にしてからが、知らない地名であった。
(位置からすれば……ここって、調査隊の拠点だったところじゃないか? ゲームだと、貧相な柵とテントが並んでるだけだったが。確かこのあたりだった)
ゲームでは、原生林の生態分布を調査していると称するNPCの学者の一団が、このあたりをキャンプ地として活動していた。
メインストーリー序盤、そのキャンプ地の周辺でイタズラを重ねる原住モンスターたちを「懲らしめる」ため、学者らの依頼を受けて、プレイヤーがこの地を訪れる……という固定イベントが存在していた。
チュートリアル終了直後からメインストーリー開始までの流れで、ほぼ違和感なく自動的にスタートするため、大抵のプレイヤーは、テキストに沿って行動するうち、いつの間にかクリアしている。そういうクエストである。
――もしや。
と、ヤタローは、ある推測を、脳裏に思い浮かべた。
「ホートさん」
「はい」
「あなたの故国……ラコニア帝国について、簡単に聞かせてもらえますか。建国の時期や経緯など」
「はっ、それならば、私めにも説明できます」
ラコニア帝国。
位置は大陸北西。帝都はアルマナ。
太祖、三尺の剣をさげ、ボルトー山の白竜を斬り、ひとたびノージアを平らげ版図を定むること三百載――という、建国神話のようなものが、童謡に近い形で一般にも浸透しており、帝国民ならば、それこそ三歳の子供でも
(やはり、そういうことなのか)
ホートが語る、ラコニア建国の経緯。ノージアを平らげ……という部分が問題である。「ルミエル」のゲーム内に登場したノージア帝国と、現在のラコニア帝国は、位置も広さも、ほぼ同じだった。
つまりラコニア帝国とは、過去、何らかの形でノージア帝国を滅ぼし、成り代わった国家である可能性が高い。
さらに。
(三百載とは、三百年前ということだよな。……三百年も前に、ノージア帝国が滅んでいる?)
それらの事実が意味するところは。
いまヤタローがいる、この土地、この世界が、「ルミエル」のゲーム内と同一の世界ということ。
しかも、サービス終了時点では健在だったノージア帝国が滅亡し、三百年もの時間が経過しているという。
ヤタローが知るゲームの状況から、最低でも三百年後の世界ということになる。
(……道理で、知らない地名が多いわけだ)
三百年も経っていれば、地図にそうした変化があるのは当然であろう。リリザ村も、かつては調査隊のキャンプだった場所に、いつしか人々が定住して村落を形成したものと推測できる。
国家の興亡についても同様。ラコニア帝国だけでなく、そもそもリリザ村を領するシンティーゼ王国なる国家についても、ヤタローには聞き覚えがない。
ゲームでは、この近辺の土地は、とある稀少モンスターが棲息する自然保護区とされ、特定の国家には属していなかった。
職業ギルド連合によって運営される合議制都市国家、すなわち中央自由都市エルミポリスが暫定的に監視と管理を行っており、この地にキャンプを張っていた調査隊も、エルミポリスから派遣されてきたという設定のNPCたちだったのである。
(エルミポリスはどうなったのだろう?)
ゲームにおけるスタート地点にして、チュートリアルシナリオの舞台でもあり、その後もプレイヤーの重要な活動拠点だった中央自由都市エルミポリス。
そこには、プレイヤーのゲーム進行に必要とされる、ありとあらゆる施設が完備されていた。
NPC商人による様々な基本アイテムの売買、上級職業への昇格試験が実施される各職業ギルド、死者蘇生、プレイヤーレベル上限開放の儀式などを執り行うアカント寺院。
また、アバターの顔や髪型を変更できる魔法の理容室、高レベル素材の鑑定や合成などを有料で請け負う錬金術組合、プレイヤー間で各種アイテムを値付けし、トレードする屋台市など――「ルミエル」の最盛期には、どこの区画もプレイヤーで溢れ返るほど賑わっていた。
ホートの作戦図によれば、かつてエルミポリスが存在していた一帯は、現在、大きな湖と化している。
(サマール湖……? って、あの湖か?)
もともとエルミポリスの西側には運河が通っており、船を利用して南北の都市へと高速移動が可能だった。サマール湖は、運河を北上する際に通過する、小さな人工湖であった……ゲーム内では。
作戦図では、サマール湖はかなり大きな湖になっており、さながら、エルミポリスが丸ごと湖に飲み込まれ、水没したかのような状態になっている。
(完全に水没したのか、あるいは都市ごと、別の地域に移転したか……)
あれほど栄えていたエルミポリスが、なすすべなく水没しているとは考えにくい。そうなる前に、都市機能を他地域に移している可能性も、十分にある。
(とにかく一度、行ってみる必要があるな。サマール湖に)
エルミポリスの埠頭には、ヤタローが所有する大型船「バッカス三世」が係留されていた。住居兼移動拠点であり、船内倉庫には、ヤタローが保有するアイテム類のほとんどが収納されている。
船内各所に任意のパートナーキャラを配置するスペースが設けられており、ヤタローは三体の所有パートナーキャラを船内NPCとして振り分けていた。
そのバッカス三世は、いまどういう状態なのか。船内NPCたちや倉庫は無事なのか。急ぎ確かめなければならない。
――とはいえ、この場で確認しうる事柄は、いまのうちに、可能な限りホートから聞いておくべきだろう。
ヤタローは、はやる気持ちを抑えて、質問を続けた。
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