#09 人は容易に死ぬらしい
日付も時刻も不明。現在地も不明。
ヤタローにもわかることは、夜であること、ごく小さな田舎の集落であること。その程度だった。
システムは、そのあたりの情報について、一切フォローしてくれない。
集落が襲われている理由や、襲っている者たちの規模、素性、所属、目的、すべて現時点では不明。
それでも、ヤタローは、いま自分がなすべきことを決めていた。
あの親子を守る。
相手の規模もわからない現状、集落全体を救うとなると、ヤタローの手には余るかもしれない。だが、成り行きにせよ、せっかく助けた親子三人ぐらいは、無事でいてもらいたかった。
ともかくもこの状況を切り抜け、親子の安全を確保する。その後のことは、また後で考えればいい。
炎上する家屋。辻々にいくつも転がる凄惨な遺骸へ、火の粉がかぶさってゆく。
それらを横目に、ヤタローは感覚を研ぎ澄ましながら、慎重に歩みを進めていた。
(かなりの人数……固まって移動している。まっすぐこちらに来るか)
多人数を相手に、どう戦うべきか。
参考がてらシステムログを開くと、さきほど相対した「敵」との戦闘が、ごく簡単に記録されていた。
『人間(LV9)を討伐しました』
『9EXP獲得しました』
『人間(LV8)を討伐しました』
『8EXP獲得しました』
もともとゲーム中では、討伐したモンスターの種族名などがシステムログに記載されていた。
ゆえに、本来対人戦が存在しなかった「ルミエル」のシステムで「人間」を倒すと、このような記述になるらしい。
(ちょっとシュールだな、これは……それに、レベルが低すぎるような)
ゲームでは、中央自由都市エルミポリス周辺のフィールドモンスターの平均レベルが15前後。町人や衛兵などのNPCでも20前後に設定されていた。
プレイヤーについては、ゲーム開始直後は当然レベル1だが、チュートリアルをこなすと自動的にLVが上がり、自由行動が可能になる頃には初期の上限であるレベル30に到達している。
そうした基準からすれば、先に制圧した者たちは、「ルミエル」の町人NPCにすら素手で殴り倒される程度のレベルでしかないことになる。
(さっきの連中、格別弱かったのか? そんな風には見えなかったが)
油断はできない。何事があっても対処できるよう、冷静に行動すべきだろう……。
接近する馬蹄の響きにまじって、複数の悲鳴がきこえてくる。
ヤタローは、焼けた石壁の陰に身を置き、しばし様子をうかがった。
横列に展開した騎影一群、炎を背に、おびただしい土煙をあげて、此方へ迫り来る。先頭集団は、すでにヤタローの武器射程に入っていた。
よくよく見れば、それらの騎馬のうち何頭か、なにかを地面に引きずりつつ、駆けている。
人影のようだった。
人間の首や足に縄をかけ、その縄先を馬の胴に結わえて、引きずらせている。
馬蹄の後から、濛々たる土煙をあげ、身を裂かれんばかりの悲鳴絶叫とともに、地を引きずられてゆく、人々の姿だった。
ヤタローは、物陰を出るや、迷うことなく騎馬隊の先頭を狙い撃った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
条件反射のように、身体が自然に動いて、引き金を引いていた。
今は、そうするのが最善であると――理屈抜きに、ヤタローは行動に移っていた。
カタルシス92Fの魔力弾が、狙いあやまたず先頭の数騎を撃ち落とす。
システムログには――。
『人間(LV11)を討伐しました』
『11EXPを獲得しました』
『人間(LV7)を討伐しました』
『7EXPを獲得しました』
新手部隊のレベルは、先ほど制圧した一隊とほぼ同等らしい。相変わらず92Fの
(……またやってしまった)
冷静に、慎重に――そう思ってはいても、理不尽な暴力を目の当たりにしながら、ただ拱手して見過ごすことはできない。
(こうなれば、力押しもやむなし)
ヤタローは、吹き付ける熱波に黒い外套をなびかせつつ、騎馬隊の真正面に、ただ一人で立ちふさがった。
ざっと見たところ、騎兵は先頭の十数騎。あとは
数字の上では圧倒的にヤタローの不利。とはいえ、まだかなりの距離がある。
すでにヤタローの攻撃射程には入っているため、相手が距離を詰めてくる前に、狙撃によって全員を制圧することも、そう難しくないはずである。
一方、相手は――唐突に正面に現れたヤタローの存在に動揺しつつも、「何者!」「怪しい奴!」「蹴殺せ!」と、かえって怒声をはりあげ、馬蹄を躍らせて、数を頼りに、まっしぐらに突っ込んできた。
(誰が怪しい奴だ。さっきの連中といい失礼な)
ヤタローは、苦々しげに眉をひそめつつ、突進してくる騎兵らへ、じっくり狙いをつけ、確実に撃ち落としていった。
「止まれっ!」
十騎ほど落としたところで、号令が響いた。
部隊の足が、ひたと止まる。
「迂闊に出るな! 左右に散れっ! 距離を取れ! 矢をつがえよ!」
どうやら部隊長の声らしい。最後方から、よく通る声で鋭く下知し、後続の前進を押し留めて、素早く散開させた。
「射よ!」
号令に応じて、左右から、ヤタローめがけ、ばらばらと弓矢が放たれた。
(遅いな。止まってるように見える)
ヤタローの動体視力は、全ての矢の軌道を捕捉していた。
回避するのは容易だが、ヤタローは、右手を前へさし出し、矢の一本を、あえて掌で受け止めてみた。
金属の
(痛みはない……ダメージもない)
彼らの攻撃では、ヤタローに傷を負わせることはできないらしい。
ごく単純に、レベルとステータスの差がありすぎるため、攻撃が通らないものと思われる。驟雨のごとく降り注ぐ矢も、ヤタローには綿毛が一斉に漂い寄ってくるような感覚でしかなかった。
「何をしている! さっさと射殺せ!」
そう喚く部隊長のいでたちは、雑兵とは明らかに異なっている。
銀色に輝く豪奢なフルプレートの西洋甲冑に、きらびやかな馬上槍。冑の面頬をおろしているため、顔は見えないが、いかにも騎士然たる装いと見えた。
(とりあえず、あれは放っといて、周りから片付けるか)
カタルシス92Fの銃口を集団へ向け、軽快な破裂音とともに、一人ずつ確実に撃ち倒してゆくヤタロー。
この武器が発射するのは給弾、リロード不要の非実体の魔力弾であり、火薬も実弾も使われていないが、実銃のような発射音や硝煙が発生する。薬莢も落ちる。
単なる幻像によるエフェクトであり、飾りという以上の意味はない。
(数が多い。だけど、撃ち洩らすわけには)
部隊長を狙い撃ちすることは容易だが、そうなると、指揮系統を失った集団が八方へ逃げ散り、別の場所で無秩序に狼藉を働く可能性がある。
それを未然に防ぐためにも、部隊長は可能な限り後回しとし、集団すべてを殲滅すべきだろう、とヤタローは判断した。
さいわい、相手はヤタローを警戒し、近寄ってはこない。距離を取ったまま、弓矢でヤタローを射倒さんと躍起になっている。
ヤタローにしてみれば、数は多くとも、格好の標的でしかない。
しばし、ヤタローは無心に雑兵らを撃ち続け、その半数以上を
相手も必死に矢を撃ち返し、時折、ヤタローの頭や手足などに命中させるものの、ただ一本もヤタローの身を傷付けることはなかった。
「……お、おのれ、なぜ倒れん! ……あれは、本当に人間なのか?」
相手はただ一人。でありながら、いくら射かけても一切通じず、いつの間にか味方の手数が半減している――まず指揮官が、この異状にひるみはじめた。
やがて集団全体に恐慌が伝播してゆく。
「矢が刺さらない!」
「化け物っ……!」
「なんなんだ、あれは」
「あれは、人じゃない。悪魔だ……」
雑兵らは、心底怯えたように、口々に囁きはじめた。
(だから、なんで悪魔なんだ)
またも人間扱いされていない。ヤタローは、少々やるせない気分に陥りかけた。
これは、装備や外見、防御力……そういった表面上の問題だけではなく、他にも原因があるのかもしれない。
ただ、今はそれを追及している場合でもなかった。
ともあれ雑兵らの士気は一斉にそそけ立ち、もはや戦うどころではない。
「退けえっ! 退くのだ!」
部隊長の逃げ腰に追従するように、集団が背を向け、退却をはじめた。
(少し、決断が遅かったな)
集団がこれだけ減っていれば、残りが全力で離脱しようと、カタルシス92Fの射程外へ逃れ出る前に、ほとんど撃ち倒すことが可能である。
蜘蛛の子を散らすように逃げ走る集団。
その無防備な背中を、ヤタローは素早く狙撃してゆく。
まず優先して騎馬を狙った。まだ馬に縛り付けられ、引きずられている人々がいたからである。おそらくその大半は手遅れであろうが、助けられる限りは助けるべきであろう。
続いて部隊長を撃ち落とし、残る雑兵の群れを沈めてゆく。
一方で、わずかに仕留め損なった者たちもいる。
もともと最後尾にいた雑兵の三人組で、機を見るに敏というべきか、部隊長が退却の断を下す前に逃走を始め、いち早く射程外へと逃げ去ってしまった。
ヤタローも気付いていたものの、今は無理に追うべきではないと判断した。
この集団の素性はいまだ明らかでないが、軍隊のたぐいとみて、まず間違いなさそうである。
いかにも中近世ヨーロッパ暗黒期のごとき封建騎士と騎兵、歩兵の組み合わせ。「ルミエル」のゲーム内に登場する大陸西方の辺境国「ノージア帝国」の戦力構成に酷似していた。
鎧甲などの装備や旗幟の外観も、ノージア帝国軍に似ている。
なお、ゲーム内では、ノージア帝国はメインストーリー中盤にプレイヤーが訪れ、ちょっとした騒動に巻き込まれるショートイベントの舞台となっている。
時代遅れの封建制国家という扱いで、文化や技術面でも時流に取り残されて、周辺国から「未開の野蛮国」と小馬鹿にされているようなお国柄であった。
実際に、この集団がノージア帝国の所属かどうかまでは不明だが……部隊長の
少々の撃ち洩らしはあったが、結局、ヤタローは手ずから相手集団の大半を撃ち倒し、進行を阻止した。
もはや誰も動く者はいない。そう確認すると、ヤタローは、急いで部隊長が騎乗していた馬のもとへ駆け寄った。
大柄な白馬である。おとなしくその場に立ちつくし、ヤタローに構う素振りも見せない。他の馬たちも同様、ヤタローが近寄っても我知らぬげな様子で佇んでいた。
ヤタローは、それらの馬体に繋がれていた革紐を手早く外し、引きずられていた人々を解放してゆく。ちょうど十人。おそらくここの住民であろう。
みな、おびただしい血泥にまみれ、全身ずたずたに傷付いている。
ほとんどの者はすでに事切れ、物言わぬ真っ赤な肉塊となりはてていた。
一人、かろうじて息はあるものの瀕死の重体。
見るも無残な有様だった。
(……まさか、こんな状況を自分の目で見ることになるとは)
平和な現代の日本人たるヤタローにとって、略奪、虐殺の現場など、直接目にする機会があろうはずもなく、あくまで小説や映画やゲームの中で描かれる作り物の話でしかなかった。
いざ実際に目の当たりにすると、その凄惨なこと、想像を遥かに上回っていた。
(……どっちが悪魔だ)
ヤタローは、憤然たる面持ちで、ミニポーチから
青い燐光が対象の全身を包み、見るも鮮やかに、たちまち傷が消え去ってゆく。
試しにと――ヤタローは、息絶えた人々にもポーションを浴びせてみたが、そちらにはなんら効果を発揮しなかった。
(やはり無理か)
「ルミエル」のゲーム内でも、プレイヤーでそれを可能とするのは
しかも蘇生時に対象キャラは大幅なレベルダウンというペナルティが課される。
そもそもゲーム内の仕様では、体力がゼロになっても「瀕死」になるだけで、一時的に操作不能にはなるものの、ポーション等による回復が可能である。
ただし、「瀕死」状態で二十四時間以上放置されたキャラクターは「死亡」してしまい、上記のスキル、もしくは「アカント寺院」という回復施設での蘇生措置、そのどちらかの方法でなければ復活できない。
アカント寺院で蘇生を受けるには膨大なゲーム内通貨を寄付せねばならないうえ、
ようするに、ゲームでは、プレイヤーの死亡という事態は、そう滅多にあることではなかった。
だが、ここはゲームではなく、彼らはプレイヤーではない。
ここでは、人は容易に死ぬらしい。
死者はポーションでは癒せない。
「……あ、あの」
無事に回復したのは、素朴な顔つきの、ごく若い男。村の働き手なのだろう。まだ状況を把握しきれていないらしく、困惑顔で、何か云いたげに、ヤタローを見上げていた。
「怪我は治っているはずです」
と、ヤタローは、静かに声を投げかけた。
「あの、もしや、助けていただいたので……?」
「ええ」
ヤタローは短くうなずいてみせた。
死者はどうにもならないが、この若者はすっかり傷も癒え、体力も戻っている。
このぶんならば、今は放っておいても問題あるまい。
周囲の火災も、次第におさまりつつある。
(あの親子は無事だろうか?)
ふと、思い起こしていた。
さきほど、あちらでヤタローが撃ち倒した兵隊らの
一度、様子を見に行ったほうがいいかもしれない。
「――どこか安全な場所に逃げてください」
若者へ告げるや、ヤタローは急いで踵を返し、もと来た方角へと駆けだした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
見ろ、俺がゴミのようだ。(LV30ノービス)
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