#08 対人戦闘


 火事場を抜けると、そこは修羅場だった。


 ヤタローが放った「LV20カタルシス92F」の魔力弾は、吸い込まれるように標的の眉間を撃ち抜いた。


 甲冑兵は、力なく打ち倒れ、それきり動かない。


(スタンは効いたか。なら追加効果も……いや、今はそれより)


 炎の壁をかきわけるように、一気に屋外へ踏み出しながら、付近の甲冑の兵らへ、問答無用で魔力弾を撃ち込んでゆく。


 数人続けて気絶させたところで、兵らは慌てて親子のもとを離れ、応戦の構えを取りはじめた。


 ――もともとヤタローとしては、情勢をよく見極め、なるべく慎重に行動する……つもりだった。


 それが、実際に外へ出てみれば、凄惨な暴力が眼前に繰り広げられている。


 この土地の事情など、ヤタローには知る由もないが――。


 子供が危険に晒されている。


 それだけで、ヤタローが銃口を向けるに十分な理由だった。


 傍観してやり過ごす、などという選択は、もはやヤタローの念頭にない。


「なッ、何奴なにやつか!」


 指揮官らしき騎兵が、驚愕と困惑の入り混じった血相で、誰何の声を投げかける。そこへ兵らがざわざわと左右から集結し、物々しく剣や槍先をかざした。


 ヤタローは、あえて応えず、落ち着き払って相手を観察していた。


 日本語ではないようだが、なぜか、あちらの言葉が理解できる。対話も可能かもしれない。


 とはいえ。


「おのれ、怪しい奴め! 刃向かうか!」


「そこで止まれ、怪しい者!」


「その怪しい道具を捨てろ! 怪しい奴!」


 口々に喚く兵らの声や態度に、ヤタローはかすかに違和感をおぼえた。


 彼らは、拳銃を知らないらしい。


 ゲームでは、プレイヤーは無論、NPCの衛兵や村人でも様々な銃器を所持していた。各地の商店でも剣、槍、斧、弓などと並んで売買されている、ごくポピュラーな武器種だった。


 知っていれば、「怪しい道具」などとは言わないだろう。


 また――ヤタローの視界には、相変わらず様々な情報が「ルミエル」のゲームシステムに則って表示されている。ただし、いま相対している甲冑兵らの情報は、どこにも表示されていない。


 ゲームならば、攻撃命中の判定と同時に、「敵」の簡易情報ウィンドウが自動表示されるのだが――。


(ゲームのときとは勝手が違うな。とくに対人戦は)


 一方で、カタルシス・シリーズの気絶スタンは効いている。


 となれば、ヤタローが所持するアイテム類は、ここでもゲームと同様の効果を発揮すると考えて間違いないのだろう。


 なおかつ、相手側にもレベルの概念があるとすれば、気絶スタンが有効であることから、彼らはレベル20未満である可能性が高い。


 ヤタローは、左右の甲冑兵らを、無造作に狙い撃った。「ルミエル」における攻撃は基本的にオートエイムであり、ターゲットを選択して攻撃すれば、武器種にかかわらず自動追尾が行われる。


 その後、さまざまな能力値や属性効果、地形効果などをもとに命中判定、ダメージ算出がなされる。相互のレベル、能力値に大きな差がある場合や、回避スキルの適用などにより、外したり、回避されることもあるが――。


 ヤタローの銃撃はすべて命中し、兵らは次々とその場に打ち倒れていった。


「う――よ、寄るなぁ! 化け物ぉ!」


 最後に残った指揮官が、馬から転げ落ち、あたふた地を這って逃れんとする。


 ヤタローは、その背中を、苦もなく撃ち抜いた。


 ――周辺の「敵」は全滅した。気絶スタンの効果は、まだしばらく持続するはずである。


 彼らが回復後、ゲームと同様に鎮静化ができていれば、もはや他人に危害を加えることはなくなるだろう。後刻、彼らから、あらためて事情を聞くことも可能になるかもしれない。


 それを待つ間に。


(さっきから、怪しいとか、化け物とか……この格好のせいか?)


 ヤタローは、カタルシス92Fをミニポーチに収納し、「LV85叡智」の黒い外套をひるがえしつつ、まだ地面に倒れたままの親子のほうへ、ゆっくり振り返った。


 母親は足を挫いている様子。無理やり嵌めこまれたらしき首枷も痛々しい。


 父親は背中を刺されて大量出血しており、瀕死の重傷。


 さいわい、娘のほうは、怪我はないようだが。


 いずれにせよ、なんらかの処置をしておいたほうがいいだろう――と、ヤタローが歩み寄ろうとすると、その小さな娘が、なにやら、世にもおぞましいものでも見るような目を向けてきた。見ためは五、六歳というところだろうか。


「あくま……」


 いまにも泣きそうな顔で、その娘が呟く。


(なんでそうなる?)


 つと足を止めるヤタロー。


「……そう見えますか」


 思わず、訊いてしまった。


 小さな娘は、否定も肯定もせず、しばし、怯えた目で、じっとヤタローを見上げていたが……。


「おとうさんと、おかあさんを、たすけて」


 震える声で、懇願してきた。


「かわりに、わたしのタマシイ、あげます。なんでもします。だから……!」


 そう祈るように取り縋ってくる。


(本気で悪魔のたぐいと思われてる……)


 ヤタローは、膝の力がスッと抜けてゆくような感覚をおぼえた。


 とくに称賛や感謝など求めていたわけではないが、悪魔よばわりは想定外――。


 ただ、どのみち、彼らには急いで処置を施すつもりだった。その後、なんらかの情報や状況説明を、この親子の口から得られれば、代価として十分だろう。魂はどうでもいいとして。


「取引成立……と、しておきましょう」


 ヤタローがうなずいたとき、視界の左端に一瞬、小さな白い封筒のようなアイコンが浮かんで、消えた。インベントリーに自動収納されたらしい。


(ボルを倒したときにも、同じようなのが出たな? ……確認は後にしよう)


 内心呟きつつ、ヤタローはミニポーチから青い小瓶を取り出し、父親の背へ放り投げた。


 たちまち、父親は青い燐光に包まれ、がばと起き上がった。


 LV110完全霊薬ラスト・エリクサー……対象が瀕死であっても、生きてさえいれば、あらゆる状態異常を打ち消し、体力を最大回復させる。「ルミエル」における最上級のポーションである。


 そもそも戦闘がメインではない「ルミエル」では、高級ポーションの需要がほとんどなく、ごく少数の「攻略派」を除いて、わざわざ欲しがる者もなかった。


 一方で、生産職のプレイヤーにとって、ポーションは必要素材の入手や合成が容易で、練成スキルの腕試しにはもってこいのアイテムである。


 そんなわけで、効果絶大ながらも、プレイヤー間では安価で取引きされており、そう貴重というほどの価値はなかった。


 ヤタローも以前、サーバー内最大手の生産職クランから押し売り同然に大量に買い取らされた経験があり、現在でも三万本以上の完全霊薬ラスト・エリクサーをインベントリー内に所持している。


「おとうさん!」


 子供が、慌てて父親のそばへ寄っていく。


「どうなってるんだ、これは」


 不思議そうに首をかしげる父親。


「おとうさん、ケガは? いたくない?」


「ああ、どこも痛くない……」


 完全霊薬ラスト・エリクサーは、その名の通り、ゲームと同じ効果を発揮し、父親の肉体は完全回復を遂げていた。


「よかった! おとうさん! おとうさん!」


 娘は、父親にしがみつき、随喜の声をあげた。


(こちらは、……これでいいか)


 続いてヤタローは、赤い小瓶を取り出し、母親の足元へ放り投げた。


 癒しの燐光が母親の両足を包み込む。


「あ……」


 すぐさま母親も動けるようになった。挫いた足も治っている。


 こちらは体力と各種状態異常を回復するミニポーションで、ゲーム内ではほぼ無限に入手可能であり、ヤタローはこれを十万本単位で所持していた。


 ――体力回復手段には困らない「ルミエル」だが、一方で、スキルや魔法の行使に必要な「精神力」の消耗については、安価な体力用ポーションでは回復できない。


 フィールド上や街中であれば時間経過によってゆっくり自然回復するが、ダンジョン内では治癒術師ヒーラー系職業スキル「サークル」系統の精神回復効果、もしくは女神水メガミズという特殊薬、そのどちらかしか回復手段がなかった。


 女神水メガミズは必要合成素材に有料ガチャ排出品が含まれており、練成にも高レベル生産スキルが要求される、実質上の高額課金アイテム。ヤタローでもわずか数本しか所持していない稀少品である。


 そのような事情ゆえに――。


(あまりスキルは濫用すべきじゃないが)


 ヤタローは、母親に嵌めこまれている首枷を眺めやった。木製ながら、無闇に頑丈そうな構造になっている。


(さすがにこれは、スキルを使ったほうが早いな。たしか……)


 さきのエリアボス「ボル」との戦闘で、ヤタローは精神力をほぼ使い切っていた。


 現在、じわじわと回復が始まっているが、完全回復までは半日以上かかりそうなペースである。今のところ、最低レベルの基本スキルを二、三度、行使するのが限度だった。


 ヤタローは、母親の前に立ち、生産系基本スキルの発動を念じ、行使した。


「ブレイク・マテリアル」


 スキルの発動と同時に、首枷はあっさり砕け落ちた。


 ヤタローは生産職ではない――厳密には戦闘職でもない――が、「ルミエル」のプレイヤーは、職業に関わらず、チュートリアルをこなす過程で、「LV1鑑定」「LV1合成」など最低限の創造・生産系スキルをいくつか自動的に習得している。


「LV1ブレイク・マテリアル」もそのうちのひとつ。主に低レベルの不要アイテム類、あるいは余剰素材などを分解消去するためのスキルである。


 いわゆる「ゴミ箱」機能と異なり、自前の所持品でなくとも、アイテムや素材のレベルが5以下であることと、「道具」「装飾品」もしくは「素材」に分類されるアイテムであれば任意に分解が可能だった。


 ゲーム中でも、実際にこのスキルを用いて、鎖に繋がれたNPCを救出するイベントクエストがあったため、ヤタローはそれを再現してみたにすぎない。


「これで問題ないでしょう」


 告げつつ、ヤタローは自身のステータスを再確認した。「LV1ブレイク・マテリアル」による消耗は意外に大きかったようで、またも精神力は底をついていた。


(これは一度、どこかで、ひと息入れないと……)


「助けてくださって、ありがとうございます」


「助かりました」


「ありがとう……」


 親子三人、身を寄せ合いながら礼を述べてくる。


 できれば、休息がてら、この親子から情報を得られれば――と考えていたところに、新たな馬蹄の音が複数、響いてきた。


 ヤタローは、少々うんざり気味に目を伏せた。


 いまだ前後の事情は不明だが、せっかく助けた親子を、また危険に晒すわけにもいかない。いったんこの場を離れ、「敵」の注意を別方向に引き付けるべきだろう。


 この際、真正面から迎え撃つという発想は、ヤタローにはない。


 先ほどは、つい冷静さを失い、飛び出してしまった。それが結果的に「敵」の不意を突く形となり、首尾よく全員制圧できたが、単なる偶然の賜物でしかない。


 そもそも、近付きつつある「敵」の実力が、今の時点では未知数。


 ヤタロー自身、ゲームでは最高レベルだったが、それがこの場でどの程度通用するかは、まだわからない。あるいは、ヤタローより戦闘能力に長けた猛者がいるかもしれない。


 まずは奇襲を仕掛け、「敵」の注意を引き付ける。その後は――。


(あちらの力量を慎重に見極め、相応に対処する。それしかないな)


 方針は定まった。


「話は、後ほど」


 ヤタローは、親子へ告げつつ、再びカタルシス92Fを装備して、身を翻した。視線の先には、なお赤々と燃える村落の惨状が広がっている。


 去らんとするヤタロー。その背へ、小さな娘が感謝の声を投げかけてきた。


「ありがとう! あくまさん!」


 あの子供にとって、もうヤタローは悪魔ということで確定らしい。


 不本意ながら、訂正している猶予もない。


(この格好のせいか。そんなに悪役っぽく見えるだろうか……割と気に入ってるんだけど)


 ヤタローは、少し肩を落として、悄然、その場を離れた。






     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

ポーションは水よりも濃い。(LV50エクスプローラー)

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