#03 夜は明けても
エリアボスたる「ボル」は、仕様上、プレイヤーが攻撃可能範囲に入らない限り、襲い掛かってこない。
鋼鉄の巨体は、いまだホール中央に佇立して、微動だにしていなかった。
二人は、そんなボルの姿を仰ぎ見つつ、装備の再設定に取り掛かる。
ヤタローは、防具設定はフォースマスター専用服「LV85叡智」から変更せず、新たに、銀に輝く拳銃を取り出し、右手に装備した。
物理攻撃系最上級職のひとつ「ストライカー」専用装備……「LV100クロノスタンパー」という。
外観はコルトM1911に酷似したシンプルなブローニング式拳銃で、銃弾が命中するごとに、敵の「時間」を削り取り、寿命や耐久力を低下させていく――という触れ込みの、きわめて入手困難な高レア・高レベル武装である。
実際には、攻撃命中時に桁外れの物理追撃ボーナスが付く仕様で、その合計値により、ゲーム中随一の物理ダメージを叩き出すといわれる。
一方、メクメクは、純白の生地にたっぷりのフリルと金銀の刺繍が施された絢爛豪華なガウンをまとい、腰に紅蓮のベルトをかけ、手には自分の身長の倍ほどもある長柄の杖を高々と掲げた。杖先には太陽をかたどったような黄金の装飾が燦然と輝いている。
メクメクの種族は、背に白い翼をもつ「
その装備は、カーディナル専用服「LV85光輝」と、同じくカーディナル専用武器「LV100ロード・オブ・ルミエル」という、いずれも「クロノスタンパー」に匹敵する入手至難の高レア・高レベル装備の組み合わせであり、外観は天使を通り越して、光の女神のごとく、周囲を圧する荘厳なる気配に満ちあふれている。
しかし当人は――。
『いつも思うんですけど、これデザインがぜんぜんかわいくないし、キンキラキンで、はずかしいんですよ。ボス戦以外じゃゼッタイ着たくない装備ですね』
『身も蓋もありませんね』
メクメクの呟きに、課金アイテム「真顔でツッコミ87」のモーションで応えるヤタローだった。
――ダンジョンエリアボスとの戦闘は、最大十人まで同時参加が可能な仕様となっている。ただし、参加人数が増えると、その分だけエリアボスの各能力も大きく上昇するため、必ずしも多人数が有利になるわけではない。
次元回廊において「攻略派」が積み重ねてきた試行錯誤により、基本的には二人、多くても三人以内で挑むのが理想的との検証がなされている。
ヤタローとメクメクは、次元回廊の外ではとくに交流もないが、しばしば回廊エリアボス戦攻略限定で即席コンビを組み、協力して勝ち抜いてきた間柄だった。
『こっちの準備は済みました。ヤタローさん?』
『問題ありません』
『では』
二人は「相槌07」のモーションでうなずきあい、同時にボスエリアへ踏み込んだ。AIパートナー「アカラナータ」「金毛九尾」が二人に自動追従する。
激しいアラームが鳴り響き、周囲のライトが赤く点滅して警告を発する。
『侵入者アリ、タダチニ排除スル』
エリアボスのメッセージが画面上に表示され、ほぼ同時に、「ボル」が、重厚なモーター音を唸らせつつ、動き始めた。
灰色の腹部から、二十本の細いレーザー光線が一斉に奔り、その両肩から合計八本の小型ミサイルが放たれる。
二人は、まるで何事でもないように、その初撃をするすると回避した。
『倶利伽羅剣』
『ディレイキャンセル』
『アーマークラック』
『ホーリーエンチャント』
褐色少女のアカラナータが、紅蓮に燃える大剣を振りかざし突貫する。金毛九尾が、やや後方からデバフとサポートを飛ばしはじめた。
AIパートナーは、あらかじめ設定された性格と、それに基づく、いくつかの台詞やモーションパターンを内蔵し、AIによる自己判断によって各種行動を実行する。複数の同時召喚は不可で、呼び出せるのは一体のみ。
召喚状態でフィールドやダンジョン内を連れ回すだけでも、プレイヤーのステータスを強化したり、戦闘やクラフト系スキルの成功確率を上昇させたり、アイテムドロップ率が向上したりといった、様々な恩恵がもたらされる。
また、パートナーも経験値によってレベルアップする。プレイヤーが戦闘やクエストなどで経験値を得ると、召喚中のパートナーにも同等値が自動加算される。その逆も然りで、パートナーが稼いだ経験値はプレイヤーにも加算される。
これらを利用した、いわゆるパワーレベリングも可能な仕様となっていた。
しかしAIパートナーの真骨頂は、その自己判断能力にある。ことにガチャ排出の有料パートナーは、基本能力の高さや外見の完成度に加えて、より高精度のAIを内蔵し、状況に応じて適切な行動を選択し、確実にプレイヤーをサポートする。
アカラナータや金毛九尾も、レア度相応の最高級のオート性能を擁するが、それらをもってしても、次元回廊のエリアボスに打ち勝つのは容易ではない。
最後に決め手となるのは、やはりプレイヤー自身の能力である。
『アイアンメイデン』
『ホーリーライト』
『スタミナテイク』
『サークル・オブ・ガーディアン』
メクメクのサポートが発動し、周囲一帯を七色の燐光が覆い包む。
続いて――。
『ファウスト・ジャグリング』
『フィーンドステップ』
『ディレイキャンセル』
『スラップトリック』
ヤタローはメクメクの前面に立ち、相手の猛攻をかいくぐりつつ、特殊スキルを連発して「ボル」に叩き込む。
幻惑やフェイントなどの回避スキルに、時折、強烈な攻撃スキルを織り交ぜることで、敵に的を絞らせることなく、じっくり削り倒す――避けて、当てる。
対ボス戦闘におけるヤタローの基本スタイルである。
戦闘開始から一分。画面上に表示されている「ボル」の耐久力ゲージは、わずか数ドット削れたに過ぎない。
それでも――。
(今日は、いけそうだ)
ヤタローを操る「彼」は、内心、今までにはない手ごたえを感じ取っていた。
(せっかくの機会だし、倒すまで、サーバー落ちないでくれるといいが)
それだけを念じつつ、「彼」は、いよいよ画面内の戦いへ没入してゆく。
窓の外では、もう夜が明けていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
憎むな、殺すな、課金しましょう。(LV85カーディナル)
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