11 死に向き合う
ご自宅での業務となるため、僕と先輩は時間まで駐車場で待機した。
僕は落ち着きなくシートベルトを片手でいじりながら、ふーっ、と鼻から息を吐き出した。
緊張で胃が痛い。
先輩は相変わらず煙草を吸い、「やっべ、吸ってんの見られたかな」と通行人の目を気にした。
庭木の緑も心なしか夏めく朗らかな日和。
故人様のご自宅は風格ある日本家屋だった。
故人様は十代男性。自死。
僕より年下の故人様に、この日初めてお会いした。
大切な人が突然いなくなる事は想像を絶する悲しみだ。
悲しみはその矛先を見つけると容易に怒りに変わる。
これは当たり前のことだが、納棺師はお仕事として利用者様からクレームが出ないように振舞わなければならない。
何よりご家族の悲しみをこれ以上深めたくない。
つまりは一つのミスが命取り。
だから特に悲しみの深い事が予想されるご家族との会話はベテランに任せる。
どんな背景があろうと死因が明確だろうと自死の場合は検死が行われる。
故人様は白いパウチに全身を包まれたまま広い畳の間に安置されていた。
パウチを取り外すと想像したよりずっと綺麗なご状態だ。
肌の変色もなく、目立った傷もなく。
――首周りに赤い内出血の縄の跡がある以外は。
故人様は、僕の妹と同い年だ。
こんなに若く……、という思いより先に、これ以上故人様が年を重ねていく事がない、という事実に打ちのめされた。
僕の妹は生きている。
そのうち大学を卒業し、就職し、もしそんな相手ができれば結婚し……そういう変化を経ていくのだろう。
人生を積み重ねていくのだろう。
そんな未来は、もう僕の目の前の故人様には訪れない。
故人様のご両親は、一見、平坦に端的に返答しておられた。
けれど懸命に動揺を押し殺しておられるように感じてしまった。
ご納棺の運びになっても、ご両親には僅かの笑顔もなかった。
が、故人様のお父様がおずおずと「これ、棺に入れたいんですが……」と思い出の品を持って来た。
葬儀に関する質問をいくつかされて、ほんのわずかだが打ち解けてもらえた気がした。
少なくとも「納棺師」を呼んだ事を後悔していない様子にほっとした。
「……こんな悲しい事ないよね……。あー、辛いわぁ……」
業務が終了しバンに戻って、先輩は車のハンドルに突っ伏した。
喉の奥から呻くように溜息が吐き出される。
僕も同じ気持ちだった。
……何で故人様は、死を選んだのだろう。
それしかないと思い詰めてしまったのだろうか。
もし後数年、数か月、先延ばしにしていれば気が変わったんじゃないだろうか。
それを推し量れるほど僕に人生経験がない事が、歯痒かった。
その夜、中学の同級生と電話で話した。
近況報告から二転三転して、なぜか自死の賛否みたいな話題になった。
僕はどう答えたのだろう、酔っていたので定かではないが、結局良い悪いの話ではなくただ、悲しい悲しいと零したように思う。
はっきりと記憶にあるのは、同級生の彼が「俺のじいちゃんも、最期、自殺だったんだ」と思いを巡らせるように落とした言葉。
「じいちゃん何で? って思ってた。何で死んだの?
何でなぁんにも相談してくれなかったの? すげえ近くに住んでたのに俺ら薄情者みたいじゃん、俺らを責めたいの? ってひたすら恨んでた。
悲しいって感情に行き着いたのは葬式してる時じゃない。死に化粧して穏やかに寝てる顔見ても実感なんか湧かなかった。
悲しくなってやっと涙が出たのは、じいちゃん死んで何年も経ってからだったよ」
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