3 新人研修期間

 一か月間の新人研修が始まった。


 基本的な事を教わっているはずなのに、最初の最初でつまづくのが僕なのだと痛感した。


 納棺業務の際は寝ている故人様を抱き起こして、白装束にお着替えをしなければならない。


 だが抱き起こすにも、意識の既にないお体は起きている人間より何倍も重くなる。


 先輩が何度も「コツがあるんだよ」と教えてくれるが、なかなか上手くいかない。






「ちょっと夜、残ろうか」と主任に優しく声をかけられ、皆が帰った後に居残り練習をした。


 主任はつきっきりで練習指導してくれた後、「あとは慣れだね」と言って、車で家まで送ってくれた。


 しかも帰りの車では「世の中ブラックじゃない企業のほうが珍しいよね」という話題をずっと話して聞かせてくれた。


 僕はどうリアクションをすれば良かったんだろう。

 退勤後の強制居残り練習ってホワイトなんだろうか。

 いまだに主任が分からない。






 研修期間中の僕は――いや、研修期間を明けてなお僕は常に覚える事の多さに目を回す始末だった。


 湯灌・納棺の手順や口上に始まり、葬儀にまつわる宗教のしきたり、ご遺体の状態に関する知識、葬儀社さんとやり取りをする上での礼儀……。


 この頃は、自分の要領の悪さを一生分恨んだと思う。


 あと苦労したのはやはり人間関係。

 職場は女性が九割で、何となく肩身が狭かった。


 例えば朗らかな笑顔で「マイペースやねぇ」と言われれば、それは「周りが見えていない」とか「気が利かない」とかいう言葉が潜んでいる。


 それを汲み取る事に苦労した。


 けれど、顔色を窺っても窺わなくても失敗するのが僕なのだ。


 そこのところは一旦割り切って、こんなんじゃへこたれんぞ、と自分に発破をかけて乗り切った。





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