2 初出勤
初出勤。
事務所前の、バス停の柱の根元から生えるエノコログサや野生のコスモスを見送って、早速、湯灌のための浴槽を積んだバンの助手席に乗っけられた。
葬儀場でご納棺の儀を待っているご遺族の元へ爆走する。
急加速でガクンガクン揺れながら山道を登る大型社用車。
エンジンを吹かし車を唸らせるのは、僕の先輩にあたる納棺師の女性だ。
女性の年齢は読みづらいが、無理矢理予想するなら、中年に片足を掛けたくらいのお年だろうか。
眉を怒らせる形に整えた、厚い化粧。
右に左に急カーブして風圧に晒されているにも拘らず、髪の毛一本垂れることなく撫でつけられてひっつめた強靭なお団子の髪。
彼女は顎マスクで煙草を吸い吸い、「伝票書いてー」と僕に指示した。
到着した葬儀場。
踊り場に紅葉の絵が掛かった階段を、荷物を抱えて上った。
カツカツと革靴を鳴らしてはいけない。
とは事前に先輩から口を酸っぱくして言いつけられている。
不作法にならないよう、できるだけ静かに歩いた。
緊張のあまりふらついてこけそうだ。
ご家族控室の襖をそおっと開けると、奥のほう布団に横になっている故人様の姿が見えた。
「この度はお悔やみ申し上げます。ご納棺のお手伝いをさせていただきます」
僕は静粛な声でお悔やみを述べる先輩を盗み見ながら深々と頭を下げた。
故人様は八十代男性、病死。
ご遺族様に生前の様子を聞き取りながらご納棺の流れをご説明する。
ご遺族の過ごす部屋とを襖で仕切り、ベテラン納棺師は処置に取りかかった。
その真剣な眼差しに圧倒されてしまう。
僕は今日初めての現場なので見学だ。
部屋の隅の邪魔にならない場所に正座して、納棺師の処置の動きを注視する。
今日初めて直視したご遺体を見て、予想していた怖いというような感情は浮かばなかった。
見る間に故人様の口の中の綿が取り替えられ、
納棺師の手は一時も休まる事がない。
手早く血色を良く見せる紅を顔全体に塗り広げる。
一時間のうちに、故人様が眠っているような穏やかなお顔になっていく。
ご納棺の段取りが進むほど、最初はよそよそしかったご家族の表情は徐々にほぐれていった。
お棺に故人様のお体を納めた後は、ご家族が順々に故人様の手を握って「お父さん……」と涙ぐんだ。
ご納棺業務のすべてが終わって、バンに戻った先輩は悠々と一服した。
「納棺ならご家族と葬儀社さんだけでもできるからね。でも、わざわざ高いお金をかけて依頼してくれたんだから、良かったと思ってもらえるサービスしないとだよ」
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