四月 ゾーイ
桜とともに、家に少女が訪ねてきた。
少女は、
突然の来訪者に戸惑っていると、「部屋の新メンバーを紹介するね」と
とはいえ、
「Anyway, how was ... the cherry blossom viewing party today? 」
「Well, it was dreamlike. I was honored to meet the Prime Minister more than anything else. 」
「……」
興奮する二人。つい母語である英語で話し始めてしまった
おかげで会話の内容から、
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四月十四日 木
百武君が久しぶりに来宅。橋本龍太郎君は式次第で相談に。奥村綱雄君は上林山栄吉君の依頼で来たらしい。寛子の要求で道玄坂の写真屋が来る。その後、新宿御苑の桜花招待。雨が降るとの予報だったが、照らず無風の花曇りで、こんないゝ花見はない様だ。来客も至極多い。
佐藤栄作(伊藤隆監修)『佐藤栄作日記 第二巻』(朝日新聞社、一九九八年)、四一一頁。
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催事の名は、「桜を見る会」。それこそ、
「――っと。話はこの辺にしとこ、
「あっ……。す、すいません」
「別にいいよ。どうぞ、続けて」
そう
「――とまあ、小難しい話は、ここまで!! さーて、今日は
何が歓迎会だ。結局、この部屋に親米政権が一つ増えただけじゃないか。そんなことを思っていると、そっと
*****
そうして歓迎会を開くことになったが、
「何がいいんだか……」
「いいでしょー。『歌は心を潤してくれる』」
「……はぁ?」
誰かの言葉だろうか。特に尋ねる気にもなれなかったのは、心に余裕がなかったからかもしれない。とはいえ、ひかかるような言い回しだった。そのうち、曲が終わりB面に移る。グロッケンとアコースティックギターが織りなす落ち着いたイントロ。それが流れたかと思うと、
「歌います!!
「はぁ……」
「んわかれぇぇーええるッ、こぉとぉはわあぁーツライぃぃいけぇぇどぉぉぉ~♪」
全力じゃん。呆れるほどの熱唱っぷりだった。まるで自分が演歌歌手になったとでも言わんばかりに、
「
「……」
くすくすと笑う
「先輩のことは、聞いています。……えっと」
「無理に喋らなくていいよ。その方が私も楽――」
「いえ!! 伝えなければならないことがあります!!」
「……?」
ぴしゃりと言い放った
「あなた……は?」
「改めて自己紹介をしましょう。私は、
「……イギリス人?」
「母が。国籍は日本で、日本育ちです。少なくとも私自身は日本人……だと思っています」
しかし、これから伝えたいことに比べれば
「どこ?」
「
「なぜ?」
「私の探している人が、きっとそこに居るからです」
一緒に探してください。そのために、私は
桜の花びらが落ちる。それを見て、人は春を想起する。しかし、頭の中に構築されたものは「春」ではない。どれだけ落ちた花びらを集めようと、春は戻ってこない。春は過ぎ去った過去。過去は存在しない。当然、年表は過去ではない。落ちた花びらを集めて再構築された過去を、人は物語と呼ぶ。故に此れは、過去ではない。此れは昭和四十一年と言う名の物語。
そこへ
「ついてきてください。私のいた世界に」
******
2019年5月、品川駅。
眼前に広がる世界は、0か1だった。0と1の間にある差分は、ノイズとして排除された。駆け抜けていく山手線。街が、人が、風が、そのすべてが鮮やかで、それでいて透明だった。存在している筈のものが存在しない世界。音がクリアだ。映像がクリアだ。全てが潔癖で、無機質で、人工的で、生命の香りがしなかった。こんなに鮮明なのに、世界は灰色のアスファルトでできていた。だから、息が詰まった。目を閉じ、耳を塞ぎ、その場に
けれど、私の身体はそれを許さなかった。私のカタチをした少女は、スマホを片手に、慣れた足取りで電車に乗り込む。カメラ機能で手鏡を作り出し、姿を見ては前髪を整える。――誰だコイツは? いいや、この世界で、この少女が私の
「どうですか、先輩? 今の気分は?」
「吐きそう」
「奇遇ですね。
私が吊革につかまると、柔和な笑みを浮かべながら
「ようこそ、53年後の世界へ」
「53年……」
発車する山手線。それとともに、まるで癖であるかのように、私はスマホを
2019年5月1日から元号が令和に変わったらしい。総理大臣は
「プーチン? ロシア大統領? 元KGB?」
世界が停止した。
0と1が告げる。この世界には、存在している筈のものが存在していない。0にも成れぬ。1にも成れぬ。そんな色は、そんな音は、そんな匂いは、存在しない。55年体制は崩壊した。「1と2分の1」体制と呼ばれたが、そのうちの2分の1は葬り去られた。1に成れぬものは消えた。ノイズとして排除された。フィルムカメラはもう持ち歩かない。レコードはもう聴かない。必要なのは液晶画面であって、A面もB面も必要ない。表も裏も必要ない。コインは必要ない。紙幣は必要ない。汚いものは必要ない。美しいものだけでいい。機械の採点官を前に、ノイズは減点対象だ。0と1以外は必要ない。ノイズの無いものこそ美しい。なんて美しい独裁者だろう。だからもう、人間の独裁者は必要ない。ベルリンの壁はもう必要ない。壁ならもう、0と1の間にある。民主党と共和党の間にある。アメリカと中国の間にある。鮮やかで、それでいて透明な美しい壁だ。ノイズはもう必要ない。資本主義にも共産主義にもなれなかったノイズは――ソ連はもう必要ない。
「崩……壊……?」
言葉を失う私。
そんな私に、
「ソ連は存在していますよ。ただ、その構成国が0になっただけです……なんて言ったらイギリス人っぽいですか?」
令和と昭和。
現在と過去。
そして、歴史家は謳う。
“History is an unending dialogue between the present and the past”
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