二月 早大事件
二月二十五日 金
閣議。早大事件で指示。私学経営の基本的問題に関心を示す事はいゝが、現在の騒動事を見過ごしてはならぬ。殊に全学連中の暴力的青年学徒(マルキスト、中にはアナキスト)の取締指導等、此の際対策を樹立する要ありと永山君や中村文相等へ指示する。
佐藤栄作(伊藤隆監修)『佐藤栄作日記 第二巻』(朝日新聞社、一九九八年)、三八七頁。
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「これって、
テレビを見ながら、
「さぁね」
私は、夕飯にと作っていたカレーの味見をしながら、素気のない返しを行った。
それとも、
もしも、立場が逆なら……あるいは、同じ立場だったのなら、
「Oh ... 牛肉かと思ったら豚かぁー」
「文句あるなら食うな」
言うと、
「嘘つき!! 今夜はビーフカレーって言ったじゃん!!」
「言ってないよ。――牛肉は百グラム百円。しかも、切れは少ない。買うわけないでしょ」
「……むぅー」
「これだから、庶民感覚が分からないブルジョワは……」
物価高。買出しに行けば、主婦たちの不満の声で
「まぁ、いいや」
「?」
「
にかっと歯を見せる
「いやいやいや、極論すぎだし、あらゆる方面に失礼すぎでしょ」
意見を述べると、
「それにさ、だとして何の問題があるの? おいしかったらいいじゃん。私たちが一から作ろうとしたら大変だよ? 時間もかけなきゃいけないし、手間もかけなきゃいけない。まさか、毎回毎回スパイスの
「本来なら、そうすべきだと思う。そこを目指すべきだと思う」
「……ふぇ? 一から全部作るってこと?」
「理想はね。この文明社会でそんなの無理なのは分かってる。その上で、目指し続けるべきだと思う」
「おっとっとー? 共産主義者とは聞いてたけど、まさか、共産主義は共産主義でも、原始共産主義者だった?」
「そうじゃない。これは個人的な信条」
想像してみて、と混乱し始めた
「
食べることは生きることだ。料理とは人間の営みだ。過程を踏みしめることは、人生の道程を歩くのと同義だ。時に工程を省略することは有りだろう。茨道ばかりを歩けば傷だらけになる。だから、舗装された道を通ることはいい。だが、その道とは誰が舗装した道か? 舗装された道は、
「人間の本質は、想像を創造することにある。料理とは人間性の手鏡であり活性化装置だ。人間が料理をやめる時、人間は想像力と創造力を失う。人間が料理をやめる時、人間は人間でなくなる。残るのはタンパク質製の糞製造機だ」
火を使い、料理をした。それが想像の始まりであり、創造の始まりではなかったか。それが人間の始まりでなかったか。時が下り、料理は女のすることだと言われるようになったことは、ある意味において必然だったかもしれない。神話上の地母神がそうであるように、創造と女性には記号としての親和性があった。しかし、料理という行為は、人間の必需品だ。歴史上において料理を忘れた男は、真の意味で火を使いこなすことは無かった。さながら、想像と創造を失った
「私は人間でありたい。
***
「だから、
「カレーなんて誰でも作れる」
「料理の腕が分かる料理の一つでもあるよ。シンプルだからこそ、その人の癖がよく分かる」
じゃがいも、ニンジン、玉ねぎ……そのどれもが、一番おいしくなるタイミングを狙っていること。肉を炒める時に、実は塩胡椒を使っていて、風味に奥行きを持たせようとしていること。けれど、ルウを入れる段になって隠し味や味付けをすることが面倒になって、仕上げは適当にしたこと。
「
笑みを浮かべる。
だが、それは作られたものだと、すぐに分かった。心に抱える悲しみや、さらに踏み込めば、
その答えは、初めからここにあった。夕飯の香りで包まれる前のこの部屋に。3LDKの空間は、
「察しちゃったか……」
「……」
「
「死んだの?」
「殺されちゃった」
街の片隅で起きた事件を、どんな報道も取り上げることは無かった。とある裏取引。そして、その現場に突如として現れた
二人が殺された時、
残されたのは、
「知りたくなったんだ。二人を殺した奴が、どんな人間なのか」
「…………」
そして
「最初は、隙あらば……って思ってたけどやめた」
「死神か……。そんなふうに思われてたなんてね」
悲劇の日を、私も覚えていた。暴力団への資金の受け渡し。革新勢力の活動を妨害するために、CIAはマスコミだけでなく反社会的勢力も利用していた。初めはその様子を、仲間数人と隣のマンションから盗聴しているだけだった。何もなく終わるはずのミッション。だが、こちら側の動きは、どういうわけか筒抜けだった。そのうち、二人のCIAが扉を叩いた。
どちらが先に発砲したかは、もはや問題ではなかった。真犯人がいたとすれば、それは近くで上がった花火だった。
「って、悪魔かい!! どんなふうに見えてるかと思えば……びっくりしたなーもー」
「……」
「まぁ、何でもいいや。今更謝って欲しいとも思わないし、許し合おうとか、お互いに忘れようとか言うつもりもない。……けどね、やっぱりこの3LDKは私一人には広すぎるよ。」
だからね、これは悪魔のぼやき。
部屋に空きあるけど、どう?
***
26 Feb 1966
同居人が一人増えた!! というわけで、入居祝いのパーティーをしようとしたけど、「牛肉を食べたいだけでしょ」と一喝された。バレておる……。でも、なんだかんだで肉じゃが作ってくれるんだから、優しい。あと、おそ松くんを一緒に見た。明日からまた楽しくなりそう。
いつか……下の名前で呼び合えたらいいな。――おいおい。寝言で、「ごめん、Roxy」って言うのはズルいぞ。Come on,Соня. Have a nice dream, my frenemy.
(Roxy's Diary)
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⁽¹⁾ ジャンポール・サルトル(鈴木道彦訳)『嘔吐[新訳]』(人文書院、二〇一〇年)、一八七頁。
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