第七話:青春なんていらない
七畳程度の部屋。ピアノの音が静かに空気を震わせる。かすかに混ざる鍵盤に押し上げられるハンマーの音が、そのハンマーが弦を
どうしても電子ピアノではこうはいかない。ピアノ内部で起こる倍音の弦の共鳴まで再現するほど本物に忠実なものも出てきているのは確かだけれど、やはり実際に構造として鳴っている方が、息づかいのように自然に曲の中に溶け込んでいる様に感じられる。
弾いているのはエドワード・エルガーの作品一二番『愛の挨拶』。主音が『ミ』のホ長調で始まる三分程度の楽曲は中級難度とされていながら、今の俺には楽譜を追うだけでも難しく感じた。
高校三年生に入ると同時に教室をやめてから十二年が経っていた。大学の時に鍵盤だけの電子ピアノを実家から持って行ったけれど結局弾いたのは最初だけで社会人になってからはケースを開けることもしなかった。
ただ、現在十六歳の俺はまだ現役だと言うこともあり身体は指の動かし方を覚えているようで、意識的なブランクが一二年ある割にはなんとか弾いていると言えなくもない状態は作れている。
脳の記憶内にある曲全体から抜けている細部は楽譜で確認しつつ、手の動きは今の俺の身体が覚えている流れに任せて音を連ねていく。
こんな出来で先生を誤魔化すことが出来ないのは分かっているけれど、見てもらっている以上は弾くしかない。
本当はレッスンに来るつもりはなく、そもそも存在自体を忘れていた。四十分程前、先生から電話がかかってくるまで。
『何か面白いものでも見つけたのかな?』
十二年ぶりに電話越しに聞いた先生の声は記憶のままの凪いだ海のような穏やかな声だった。
「えっ……?」
『なかなかレッスンに来ないようだから愉快なことに気をとられているのかと思ってね』
「あっ……レッスンのこと、忘れていました」
『それはいいね、忘れるのは人の特権だ。でも今日はどうしようか。休みにして次回でも構わないよ』
「いえ、今すぐ行きます」
『分かった、待っているよ。気を付けておいで』
一度のレッスンは九十分。レッスン室のある先生の家には三十分ほどで到着するからまだ時間は残る。自室の電子ピアノの上にある練習中らしい楽譜を持って家を出た。
無理して来る理由が無かったにもかかわらず来てしまったのは声を聞いたら会いたくなったというのが理由の一つ。
もう一つは相手によって人形と人が入れ替わるという奇妙な現象について先生に聞いてみたくなったからだ。
そんな狙いを持って、今。
最後の和音を弾き終えて手を上げると、後ろから先生が声をかけてきた。
「あまり練習をして来なかったみたいだね」
「すみません」
「責めているわけではないよ」
振り返ると、少し離れて座っていた森住先生は脚を組み替えて笑った。一つに束ねて身体の前に垂らされた髪が胸元で揺れた。
森住先生は名字の通り森の奥に住んでいそうな浮世離れしたイメージがある女性だ。都会のカフェでコーヒー片手にパソコンを眺めている姿よりも、森の中でほどいた髪を風に任せて鳥と話をしている姿の方が上手く想像できる。
声の落ち着きようにしては若々しい顔と、細い右目にある泣き黒子がその神妙さに色を添えているのも理由かもしれない。
「ただ、前より一層下手になっているのにいつもよりとても楽しそうに弾いていた事の方が興味深いね。何かいいことでもあったのかな?」
「その……久しぶりだったんです、ピアノを弾くのが。だから楽しいなと思いまして」
「君は素直だね。なら、ピアノの代わりに何をしていたのか、聞いてもいいかな?」
「本を読んだり展望台に上ったり、後は映画を見たりしていました」
「ふふっ、青春だ。羨ましいね」
そういうのじゃないですよ、と返すとクスクスと笑っていた先生は首をかしげた。
「思春期の心境の変化をもたらすような出来事を青春と呼ぶんだと私は思うよ。全てが甘酸っぱくある必要は無い。もしかしたら
「なら……なおさら違います」
記憶も心も三十の俺は思春期なんて時期をもうとっくに過ぎている。
若い敏感な心の感受性が思春期というものを作っているのだから。
「練習するのを忘れてしまうくらい、重要な出来事だったみたいだけど?」
「……すみません」
「さっきも言ったけど責めているわけじゃないよ。コンクールを目指しているのなら注意するべきかもしれないけど、私たちはそこを目指しているわけじゃないからね」
肩をすくめた先生はわずかに端の上がった口で続ける。
「ピアノを弾かなくたって本を読んだり展望台に登ったり、映画を見たりすることで君が何かを得られればそれで構わない。人生にとって有意義であればそれでね。もちろんピアノだってそのための手段なのだから、教えている私としてはそれを選んでくれると嬉しいけれど」
「手段?」
俺は眉をひそめた。忘れているだけなのかもしれないけれど聞いた覚えのない話だったからだ。
「そう、ピアノは自分の気持ちに耳を傾けるための手段だよ。演奏というのは演奏者と曲、それぞれの感情を通い合わせるやりとりなんだ。いつも言っているけれど演奏者はまず曲の気持ちを聞き取らないといけない。それは覚えているよね?」
先生の言葉に頷く。先生は曲の心が分かれば指使いや動かし方、ペダル操作や強弱の付け方は自然と出来るようなると繰り返すように言う。
「左右の手がそれぞれ奏でるメロディーやフレーズ、一音一音は常に気持ちを告げている。弾きながら耳を澄ませていると、どこに向かって響きたいのか、どうやって広がっていきたいのか。そんな明確な意思と気持ちのこもった声が聞こえてくる」
目閉じた先生は一度大きく息を吸って吐き出した。何かの曲を思い出しているのかもしれない。
「同じ曲の中でも右手と左手で別の方向に響きたいという時もあれば、掛け合うように向き合おうとする時もある。その気持ちを束ねて一続きにしたものが曲だよ。曲は様々な気持ちが合わさった一つの感情であり物語なんだ。そこから人は曲に宿る世界に浸ることができる」
ここまではいいかな?
問いかけてきた先生に曖昧ながら頷くと、先生も笑って首を縦に振った。
「そして曲という感情を受け入れて形にするのが演奏者の役割だ。悲しみのこもった響きがいいのか、喜びに満ちた響きがいいのか、どういう響きがいいのか、音によってそれは変わる。そういった音の声に対して、こういう風に響いて良いんだよと、自分の気持ちを返して導いてあげるんだ。すると導こうとする自分の気持ちと響こうとする音が一つに絡み合ってメロディが奏でられる。そうやって一曲分、自分の心を通過する音に気持ちを重ね合わせていくことが演奏なんだ」
そこまで言って、さて、と先生は立ち上がった。
「そろそろ休憩は終わりにしよう。時間は有限だ」
ゆっくりと歩み寄ってきて俺のすぐ後ろについた。
「ただ話は続けさせてもらうよ。君の演奏を聴きながらね」
はい、と答えて俺はピアノに向き直った。
きっと相手が普通の先生、いや、普通の人なら素直に従うことはないだろう。演奏しながら音の声に耳を澄ましなさいと言われている上で、さらに先生の言葉も聞けというのは無茶があるから。
でも森住先生は少し特別だった。
息を吸って鍵盤に触れる両手のうち、一音目を左手で鳴らして曲を始める。
滑らかに繰り返される左手に重ねるように、喜びを内包したしっとりしたメロディを右手で奏でていく。
ほどなくして先生が言葉を添えていく。
「右手と左手、どちらかの音の気持ちを優先しすぎると左右の手で噛み合わないバラバラな演奏に聴こえてしまう。でも、いくら音の気持ちをくみ取っていたとしても自分の心を上手く掴めていないと導き方がお粗末になって淡泊な演奏に聴こえてしまう。いずれも曲と自分の気持ちのバランスを取れないとそうなってしまうんだ」
そこで一度言葉を切って、俺の右肩に触れて言った。
「右の声を聞きすぎているよ。左手にも耳を澄ませてあげたほうがいい」
俺は胸の中で頷いて左手に耳を澄ませる。
重すぎず、目立ちすぎない力のこもった響きが旋律を包みたいと言っている気がした。その気のせいかもしれない感覚を信じて、力を少しだけ抜いて音のつながりをより意識した。
その微妙な変化を受け取ってくれたのか先生は「そう、よくなった」と囁いた。
先生の声はピアノを弾いている間、その音に集中している時でさえ不思議と漏らすことなく理解できた。小高い丘に吹く穏やかな風のように頭に流れ込んできて全身にその意味が浸透していく。
「ただつなげるだけではのっぺりとしたリズムになってしまうから気を付けなきゃいけないよね」続けて降ってきた言葉に注意しながら音と先生の声に耳を傾ける。
「心を込めて弾くというのは丁寧に曲と心の交流をするということさ。その純度が高くなればなるほどより気持ちのこもった演奏になる。特に心の変化には敏感になってあげなきゃいけない」
ソが主音のト長調への転調に合わせて告げた先生はそこからしばらく口を閉ざした。元の調に戻ってから続きを口にする。
「良い演奏をするには自分の気持ちとも向かい合わなければならないよ。重ね合わせる自分の気持ちを分かっていないと、上手く音を導くことが出来ないからね。でも勘違いしないで欲しいのは演奏者が人である以上、気持ちは揺れ動く。演奏毎に常に同じ気持ちでいられるとは限らない。だから演奏者は弾きながら音と自分の気持ちによく耳を澄ませて、その中で理解していかなくてはならない。君は君の気持ちもちゃんと聞こえているかな?」
その問いを最後に先生は演奏が終わるまで静かに聴いていた。演奏から俺の答えを聴き取ろうとしていたのかもしれない。
なら、俺はどんな気持ちでこの曲を弾けばいいのだろうか。
この曲に対する想いか、それとも弾いていることに対する喜びだろうか。
今弾いている『愛の挨拶』は自分で選んだはずだった。森住先生のレッスンでは、コンクールやコンサートを目指していないなら、生徒の好きな曲を自由に選んで練習する方針だったから。
俺がこの曲を選んだ理由は、特別な思い入れや曲の背景は関係無く、単に曲そのものが好きだと感じたからだったと思う。十三年も前のことだからあまりハッキリとは覚えていないけれど俺のことだからきっとそうだ。
でも、そんな漠然とした気持ちでいいのだろうか。向き合うべき感情はそんなものでいいのだろうか。
なら、弾いていること自体に対する喜びでいいのだろうか。それも俺にとっては違う気がする。久しぶりに弾けて嬉しいというのは十三年越しという前提があってのものであって、この曲が弾けているという事そのものに対してではない。そんな一周噛合わないような気持ちでの演奏は何か違和感がある。
迷いながら一通り弾き終えた後は「もう一度頭から弾いてもらおうか」という言葉に従って何度か曲を繰り返した。途中途中で気持ちの読み取りに偏りがあることや、そもそも聞き分けられていない事を指摘されながら弾き直した。
その繰り返しの中でも込める気持ちは分からず終いだった。
「さっきの話に戻るけど、ピアノは自分の気持ちに耳を傾ける手段だよ」
何度目か弾き終わった後、元の椅子に座っていた先生は演奏を止めてそう言った。
ピアノの音がない穏やかな声はそれまでよりもしっとりと頭に響いた。
「自分の気持ちと向き合って、知っていくことで人は自己を認識して少しずつ成長していく。ピアノはその一つの手段なんだ」
先生は脚を組み直して、見透かすように見つめてきた。
「君は何かずっと迷いながら弾いていた。そうだろう?」
「……はい。どんな自分の気持ちを込めれば良いのか分からなくて考えてながら弾いていました」
「君は少し考えすぎだよ。もっと力を抜いて、何も考えず、鼻歌を歌うように気ままに、その時抱いている気持ちをこめればいいんだ。その気持ちを通って表に出る演奏の方向性がその人の個性と呼ばれるのだから」
「その気持ちは本当に何でもいいんですか?」
少し子供っぽい問いかけになってしまったかもしれない。
いつもそうだった。森住先生の落ち着いた声の前には、俺はひどく幼くなってしまう。
ただ、今日会って一つ気付いたことがあった。
昔は先生が大人で自分が子供だったからだと思っていたけれどそうではなかった。先生の目に映る世界の解像度が俺よりもよっぽど高いのだ。演奏というもの一つとっても、彼女の鮮明な見え方にただ感心するしかない。
先生の世界の見方が絶対的に正しいかどうかは問題じゃない。自分なりの見方をどれだけ鮮明に持つことが出来るのか。その視界の差が感覚として大人と子供の差を生んでいるのだろう。俺が三十だとしても、十も違わないはずの今の先生とは数字以上の開きがあった。
俺の問いかけに先生は「そうだね」と、なお穏やかに頷いた。
「別にこの曲に向けたものである必要は無いさ。極端な話、今何が食べたい、なんて簡単な気持ちが入っていたって構わない。むしろ無理に曲に合わせて感情を沿わせてしまうとわざとらしい演奏になってしまって勿体ないよ」
「なら、曲とは関係無い気持ちのほうが良いんですか?」
「もちろんそういうわけじゃない。純粋にその曲が好きだという気持ちが自然体ならそれに越したことはないよ。重要なのは気持ちの中身ではなく、それが演奏者の胸の内にある本心であるということさ」
「本心」
「もし自分の気持ちがどうしようもなく分らなくなった時はピアノを弾いてみるといいかもしれないよ。実は私もそうしているんだ」
「先生も?」
先生は少しくすぐったそうに笑った。
「私はあまり器用ではないから、自分の心の声を聞くためにピアノを弾くんだ。それ以外の方法はどうにも自分に合わなくてね。だからピアノの指導者になったのかもしれない」
言い終わって、ほぅと息を吐いた先生はパンと手を叩いて立ち上がった。
「さぁ、今日のレッスンはここまでだよ。次回は君の気持ちが聴けることを期待しているね」
楽譜を片付けながら「はい」と答えたけれどあまり自信はなかった。
ただそれよりも今は聞かなきゃいけないことがあった。
「一つ聞きたいことがあるんですけどいいですか? ピアノは関係無いんですけど」
「もちろん、答えられるか分からないけれど私でよければ」
「先生は人形と入れ替わる人と話したことはありますか?」
「ん? どういうことかな?」
言われたことをまとめて話してみると、先生は首を捻るだけだった。それがまっとうな反応らしいと分かって少し安心する。
「俺の友人の話ですが、基本的には人らしいんですけど、話す相手によって人形になってしまうそうなんです。そう言われたんですけどよく意味が分からなくて」
「ふむ、なるほどね」
先生は頷いて続けた。
「人と人形が入れ替わる、ということはその間には決定的な差があるということだね。そして安直かもしれないけれどその差というのは感情があるかどうかというところにあるように思えるね」
「俺もそうだと思うんですけど、正しいかどうか分からないんです。本人が教えてくれなくて」
「ふふっ、なかなかユニークな子なんだね」
「口下手なだけですよ、きっと」
「そうなんだね」
先生は楽しそうに肩を震わせた。
俺も先生と同じ事は考えていた。人形と人の差は感情があるかどうか。イメージながらそういうことだと思った。もしそうなら俺以外と話す時は、凪沙の中に感情がないということになるけれど、彼女は人形は他の人が勝手に作ったと言っていた。
そうなると、話をする時に凪沙が何も感じないようにしているというわけではなくて、相手が感情の存在していない凪沙と勝手に話している、というようなことになってくる。
そこの意味が理解できない。
話し相手によってはあまり何も感じないようにする、というのは俺も公務員の時によくやっていたことだから分かる。俺も相手を人扱いしていない輩とはよく話したものだった。そういうのは決まって自分の主張をただ押し通す事が目的で攻撃的になっていた。目的を前提にしているから、相手の気持ちを推し量っていなかったのだ。
でもクラスメイトは違うはずだ。特に花村は少し強引なところがあるかもしれないけれど、相手を人扱いしていないのではなくてむしろその逆だ。人として見ているから凪沙の意見を言ってほしいと話していた。
そこが俺の頭の中では噛み合わない。状況だけ考えれば凪沙が変に意固地になっているとしか思えないのだ。
そうやって分からないサイクルが続いてしまったため、一応は『感情』が関係しそうな話だったこともあって、よく感情を話に出す先生に相談してみたくなったのだ。
先生は考えるように口元に手を当ててから、すらすらと話し出す。
「普通に考えるなら、その子の裁量によって話し相手に対する接し方を変えているというように思ってしまうのだけど、きっとそれは違うんだよね?」
「はい、違うんだと思います」
「なるほど。その子を見る側が何らかの色眼鏡を通すことで感情の有無が決まっているということだね」
「そうだとは思うんですけど、その友人に話す人はそんな風には彼女を扱っていないようにしか見えないんです」
「ふふっ、その子は女の子だったんだね」
からかうように笑われた。
「でも、そうか。悪意があるわけではなく、その子の感情を否定してしまっている。そうなるなら確かに彼女や周りの人のせいではなさそうだ」
「……」
『梓が生き方を否定をされた事実は変わらないわ、例えそこに悪意はなくてもね』
不意に耳に残っていた凪沙の声が聞こえた。
それは愉快げに話す先生の言葉と重なって何度か頭の中で繰り返される。
似たような表現になったのは偶然としても、それが出てきたこと自体には何か意味があるように思えた。
現実の話をしていたような冷たい凪沙の口調はやはり気のせいではなくて彼女なり何かを伝えようとしていたからなってしまっていたのではないのかと思考に訴えかけてくる。
考えていると、先生は俺の考えを見透かしているみたいに笑った。
「何かヒントはあったかな?」
「えっ?」
「そんな顔をしているようだからそう思ったのだけど違うかい?」
「……いえ、確かにそうですね」
ヒントというほど確定的なものがあるわけではないけれど、耳に残り続けている凪沙の言葉が、彼女が人形と表現するものに何かしら関連しているのではないかと思えたことはありがたい。
「ふふっ、良い青春を過ごしているようだ」
「だからそんなんじゃありませんって」
「一人の女の子に必死に頭を使って心を動かせているのならそれも青春さ」
「そんなに綺麗なものではないですよ」
死ぬための交流を青春と言うべきではないことは俺にだって分かる。
依然先生は「そうかい」と喉の奥をクツクツ鳴らした。
「そういえば聞くのを忘れそうになったのだけど大学はどうするんだい? 音大に進むことは考えているのかな?」
「俺は……」
急な現実的な質問に、答えはすぐに出なかった。進路のことは考えていない。今年中に死ぬつもりなのだから三年の春以降のことなんか考えたって意味がないからだった。
答えに迷っていると、先生は「今すぐに答えを出さなくてもいい」と言った。
「迷うのも人間の特権だよ、特に若いうちは十分に享受したほうが良い。大きくなるとなかなかそれを楽しむ時間を取れなくなってしまうからね」
「俺もそう思います」
「君はまだ若いじゃないか」
先生は可笑しそうに笑って、ゆったりとした声で続ける。
「ピアノを弾きながらでも本を読みながらでも展望台で景色を眺めながらでも、それ以外でも。君に合う方法でゆっくりと自分と向き合って悩むといい」
「……本を、読みながら」
思わず復唱していた。
単純な言葉が頭の中に小さな隙間を作った。その隙間は一瞬にして浸食するみたいに頭の中の問いを書き換えた。反応した鼓動が一つ、強く打つ。
それに合わせて杜子春と先ほどの問いが思考の先頭に引きずり出された。根本的な話だったのかもしれない。
「答えが出るならそれでもいいよ。ただし、ゆっくりとは言っても早めに答えを出してもらえると助かるね。私も準備をしなきゃいけないから」
「はい、分かりました。今日はありがとうございました」
さようなら、と頭を下げて教室を後にした。
歩くスピードが自然と速くなる。ほんのりとした高揚感に背中を押されている。
本を読みながらでも自分と向き合って悩むことが出来る。そこから自分の気持ちを知ることが出来る。
つまるところ先生はそう言った。
きっと俺にはその方法は合わない。話の表面を追って単純に楽しむことしか出来ない俺には話の本質や自分の心を見据えることはきっと出来ない。
でも、もしそれを凪沙がやっていたのだとすれば。
早く時間が過ぎてくれるから本を読んでいると言っていた凪沙が、もし自分の心と向き合うために本を読んでいるのだとしたら。いや、自分の心中を杜子春の世界に反映していたのなら。
「凪沙は杜子春の中に何を見ていた?」
凪沙の読み取る力が秀でていてその分だけ解釈も深いところですることが出来たのだと思っていた。けれど本当は凪沙の自殺をしたいという気持ちのフィルターを通ったせいであの解釈に至っていたのならどうだ。でないと人のいない終末みたいな世界でただ惨めに杜子春が死んで終わるなんて結末に至ることはないのではないか。そこで死に行く杜子春に凪沙は自分を重ねていた。重ねたからあんな結末が見えたはずだ。
自殺しようなんて思い詰めているのだから当たり前だった。地獄の底から引っ張られるほど沈んだ心の持ちようなのだ、物語をどれだけ悲惨な見方をしたっておかしくない。
なら何を通して、どんな風に構成された自殺願望を通して凪沙の杜子春はあの形になったのだろう。
同じように瓦礫の海に浮かぶ月では、生き方を否定された梓の中にも自分自身を見いだして己の境遇と重ねていた。だから凪沙はどこか恨めしそうに否定された梓を気にかけていたのだろう。凪沙と先生の言葉が重なったのは偶然ではなかったという説得力が増してくる。
凪沙は杜子春は愛のない無慈悲な話だと言った。洛陽に人間はいないと言った。鉄冠師は悪魔みたいな性格をしていると言った。
仮にそれを現実に当てはめるのだとしたら愛も慈悲もないこの現実に人がいないというのはどういうことだろう。鉄冠師は誰になるのだろう。
そして凪沙は生き方の問題として一体何を否定されているのだろう。一体どんな感情を否定されているから人形になっているのだろう。
問いは形を変えながら輪郭を持ち始めて、凪沙へと近づいていく。
ようやく分からないだらけの中で考える方向性が見えた気がする。そんな手応えに震えそうになった。やはりレッスンに来てよかった。
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