二話 転校生はアンドロイドギャルそしてさよなら 花緖嶺サイド

 翌日。ホームルームで担任が「今日は転校生が来ます」と言うとクラス内が騒つく、斜め前の席の香峯子が「五美のことですわね」と誇らしげに言う。

「入ってきて」

 扉が開くと同時にプシューとスモークが勢いよく噴射する。

 中に入ってきたのはギャルだった。

「望杉五美でーす! みんなー、よっろしくー!」

「望杉?」

 衣智瑞君につられて香峯子に目を向けると、香峯子はふんぞり返って高貴に笑う。

「おーほっほっほっほ! どうですか愛斗さん! 新しい五美は」

「……昨日の今日で何があったんだ?」

「花緒嶺さんの意見を反映しただけですわ」

 え⁉ 私の意見?

「なに⁉︎ 久留那さんだと⁉︎」

 きゃっ。名前を呼ばれたわ。

 そんなことより、いえ……そんなことではないわ! 決して衣智瑞君をぞんざいに扱っているわけだは無いわ!

 だけど今は五美がギャルになった理由よ。確かに言った気がするわ。

「ねえ、香峯子。さすがにやりすぎだと思うのだけれど……」

 まさかこんなことになるとは……。

「昨日、五美に送ってもらった時、そこまで堅くしなくても大丈夫よって言っただけよ」

 香峯子は首を傾げると衣智瑞君に顔を向ける。羨ましいわ。

「……そうでしょうか? 愛斗さんはどう思います?」

「確かに、やり過ぎだとは思うけど……」

 衣智瑞君と意見が一致したわ!

「あっ、お嬢さまー。あたしの席ここなんで!」

 五美は私の隣の席に座るくとひらひらと手を振る。

「花緒嶺ー、昨日は楽しかったよー」

 話しやすいからいいかしら。

「まあ、別にいいけれど……」

 私は軽く息を吐く。すると五美が私に内緒話でもするかのように。

「あ、そうだ。昨日言ってた古代遺跡の削り節持ってきたよ」

「本当に⁉︎」

 楽しみにしていたのよ!

「ほんとほんと、マジだって」

 五美がやたらとぬいぐるみなどが付けられている鞄を漁る。楽しみだわ、相変わらず表情筋が仕事しないわね。

「コラそこ! さっきからうるさい。まだホームルーム中でしょうが」

 なんですって⁉

「ごめんなさーい」

 五美は慌てて鞄を閉じ、背筋を伸ばす。

 そして申し訳なさそうにはにかみむ。

「ごめん、後で見せるね」

 楽しみにしていたのに……、あんまりだわ。

「おい衣智瑞、いつまで後ろ向いているんだ」

 衣智瑞君に見られていたの⁉ 変に思われたらどうしましょう、今日は災難だわ。

「すみません!」

 衣智瑞君が慌てて前を向く。先生が呆れた目で衣智瑞君を見ている。なんなのかしらあの目。それにしても衣智瑞君を見つめられるなんて羨ましいわ。

 そしてそのあと先生が今日の連絡事項などを伝えると、朝のホームルームは終わりを告げた。

 一時間目が始まるまでの十分間。生徒が銘々に時間を過ごす中、私の頭を埋め尽くすのは衣智瑞君と古代遺跡の削り節よ。

「ねえ五美、見せてもらえるかしら」

 ほんの数分なのにすごく長く感じたわ。

「よしきた、ふっふっふっ」

 不敵な笑みを浮かべ、鞄を漁っていた五美は目的のものを見つけたらしく、鞄に入れていた右手を勢い良く引き出し、そのまま私の目の前に突き出す。

 突き出した手を見るとイチゴジャムとかが入っている瓶が握られていて、その中には古代遺跡の削り節が入っていた。見た目はかつお節とそっくりね。

「これが古代遺跡の削り節……初めて本物を見たわ」

 本物よ! 本物の古代遺跡の削り節だわ! 嬉しすぎて笑みが抑えられないわ、はしたなすぎて衣智瑞君には見せられないわ。

「その古代遺跡の削り節、いったいどこにあったのかしら」

 あら? 香峯子の冷たい声が聞こえたわね。

「や、やだなあ。お嬢様ったら、あたしがお嬢様の私物を勝手に持って来るわけないじゃないですかー」

「あらあら。いつ、わたくしが古代遺跡の削り節を持っているなんて言いました?」

 どういう意味かしら?

「ええっとぉ……」

「人の物を勝手に持ち出すなんて、泥棒ですわよ」

「……ごめんなさい」

 まさか……無断で持って来たの⁉

「……これは香峯子に返すわね?」

 返すしかないわね……。仕方ないわ、香峯子のものだもの。

「まあ、せっかくですし出汁でも取っておきましょうか」

「飲んでいいの⁉︎ 」

 ありがとう香峯子!

「もちのろんですわ。愛斗さんも飲みますわよね! ね!」

 香峯子につられて私も衣智瑞君の方を見る。変に思われてないかしら。自然に衣智瑞君を拝むことができた気がしたのだけれど。

「おお、飲みたい」

 やったわ! 衣智瑞君と同じものを飲めるなんて。

「決まりですわ! 五美、持ってきてますわよね?」

「もっちろんじゃないですか」

 そういうと五美は鞄を漁り、中からステンレスのボトルを取り出した。

 それを受け取った香峯子がボトルの蓋を開ける。するとボトルの中から湯気が立ち昇る、香峯子はすかさず古代遺跡の削り節をボトルに入れてしっかりと蓋を閉めた後、五美に返した。

「お昼休みには飲めますわ」

 ちょうどその時に一限目が始まるチャイムが鳴る。

 お昼休みを楽しみに待ちましょうか。

 これから五十分は衣智瑞君を視界に入れる時間ね……。

「昼休みが楽しみね、衣智瑞君」

 きゃっ、私ったら大胆だわ。

 なんでこんな耳元で囁くなんて恥ずかしいことをしてしまったのかしら。今日はベッドでもだえる日ね。


 それからの時間、衣智瑞君は凄まじい集中力で授業を受けていた、休み時間も一向に動く気配が無く、声をかけるのも憚られた(声をかけるのは素面じゃ無理だけれど)

「愛斗さん、しっかりしてくださいまし」

 ずっと後ろから見ていたから気付かなかったけれど、衣智瑞君は眠っていたみたい。勘違いしたって仕方ないわ。

「やっばなにこれ、ちょーウケるんですけど」

「衣智瑞君、大丈夫?」

 もしかしてずっと寝ていたのかしら?

「大丈夫、大丈夫。めちゃくちゃ元気」

 あ、かっこいいわ。衣智瑞君が生きているならそれでいい。

「それならよかったわ」

 私はホッと息を吐く。危うく生きる意味を見失うところだったわ。

「もうお昼休みですわよ」

「えっマジ⁉︎」

 ふふっ、マジよ♡

「愛斗君マジでハンパなかったよ。なにしても起きないんだもん、仏像かよって」

 え、そうなの? ちょっと五美、なにをしたの?

「くそッ……なんてことだ‼︎」

 もしかして毒を盛られたの⁉

「本当に大丈夫? もし体調が悪いのなら保健室に行きましょう?」

「いや大丈夫……。それより昼飯食べよう」

 そうよ! お昼だったわ!

「愛斗君、机くっつけないの?」

 え?

「このままでいいよ」

「そんなこと言わずにさー。せっかくみんなで食べるんだし」

 衣智瑞君と机を並べて食べるの⁉

「そうですわよ愛斗さん。さあ、わたくしと見つめ合いながら食べましょう!」

 既に五美と香峯子は机をこっちに向けていた。

 なるほど、これなら机を動かさないわけにはいかないわね。

 衣智瑞君が机を動かして香峯子と向かい合う(羨ましいわ)

 私も机を動かして五美と向かい合う。隣に衣智瑞君がいる……⁉。

 いいわね、正面に座れば私の顔面は燃え上ってしまうわ。

 前を見ると香峯子が四人分出されたカップにボトルから琥珀色の出汁を注いでいた。ついに来たわね!

 湯気が立つカップを五美がそれぞれの机に置いていく。

「飲んでいいかしら?」

 楽しみすぎて表情筋が仕事しないわ。

「ええ、楽しみにしていましたものね」

「いただきます」

 私はカップをふーふーして少し冷ますと、恐る恐る出汁を口にする。

 出汁が口の中から喉を通る。

 この味は⁉

「イチゴ味ね」

 嬉しさで表情筋が崩壊してふにゃふにゃの笑顔になってしまう、こんな表情見せられないわ。それにしても美味しいわ、世の中のどんなイチゴ味飲料よりもイチゴね。イチゴそのものだわ。

 癖になるこの味、満足したわ。

「香峯子、ありがとう」

「満足いただけたようでよかったですわ」

 本当に満足よ! 全て飲み干してしまったわ。

 そしてテンションアゲアゲになった私はとんでもないことをしてしまった。

「衣智瑞君も飲んでみて!」

 やっちゃったわ!

 こうなればとことん衣智瑞君にアタックするしかないわね。後悔は帰ってするわ!

 衣智瑞君は頷くとカップに口をつける。そしてゆっくりとカップを傾け、出汁を口に含む。

 好き。

「あ、いちご味」

 そうなのよ! イチゴ味なの!

「美味しい……のか……?」

「癖になる味でしょう?」

「うん。不思議だ」

 衣智瑞君と会話してしまったわ。これは両想いではないのかしら。

「あたしはイマイチかなあ。花緒峯あげるー」

「――ッ⁉︎  ありがとう!」

 五美……ありがとう。

「愛斗さんはどうですか? わたくしの分を飲まれますか? なんなら口移しでも良いですわよ!」

 香峯子の言葉に私の頭はショート寸前。

「いや、この一杯だけで十分」

 ――ッ⁉ 断ったの⁉

「愛斗君照れてんなよー」

 五美がにんまりとしたギャル微笑みで衣智瑞君を見る。

「なにに照れるんだよ、わけわからん事言うな」

 なんなの⁉ プロポーズされているの⁉

 出汁を飲み終えた衣智瑞君はため息をつくとパンの袋を開ける。

 メロンパンのバターの香りがふわっと広がる。いい香り、衣智瑞君が食べるメロンパンは最高級品ね。

 私は小さなお弁当箱を広げる。半分ご飯、もう半分はおかずという構成。赤いウインナーと鮮やかなブロッコリー(いずれも湯がくだけ)そして手作りの卵焼き。

 他の人のお弁当を見ようと五美が、鞄からカップ焼きそばと電気ケトルを取り出していた。まさか⁉

 五美がケトルのプラグを咥える、あっという間にお湯が沸いた。

 アンドロイドなら当然の機能ね。

 五美が封を切ったカップ焼きそばにお湯を注ぎ、三分間待ってやるという風に腕を組む。

「三分間待ってやる」

 言ったわ。

 私の斜め前に座る香峯子の机の上にはおでん鍋が置いてあって、香峯子はちくわにかぶりついていた。

「愛斗さんも食べますか? おすすめはコンニャクですわ」

「え、いいの?」

「もちのろんですわ」

 そう言うと紙製の器にコンニャクと出汁を少し入れて渡す。羨ましいわ。

「ありがとう。それにしてもよく食うよな」

「お嬢様は健啖家だしね。うっし三分たったー」

 五美は席を立つと窓を開け「うおりゃぁぁ!」と外の木にむかって湯を投げる、すると木から「あっっっつッ」と男の声が響き、人影が落ちていくのが見えた。

 さすがアンドロイドね。

 私も衣智瑞君と同じコンニャクが食べたいわね……。

「私はそんなに食べられないから、少しうらやましいかも……。そうだ香峯子、おかず交換しない?」

「ええ是非! どれを食べますか?」

 香峯子が快く頷いてくれて良かったわ。

「私もおすすめのコンニャクを食べてもいいかしら?」

「もちのろんですわ! わたくしはイカ墨の使われたスクランブルエッグを頂いてもよろしくて?」

「えっあっうん。お皿、貸してもらえるかしら」

 これは卵焼きのはずなのだけれど……。

 香峯子は勘違いをしているわね。どこからどう見ても卵焼きなのに。

 別にいいけれど。

 私は卵焼きを香峯子のお皿に乗せる。そして空いた隙間にコンニャクを乗せた。

「愛斗君どしたの。やっぱ調子悪い感じ?」

 え⁉

「大丈夫、至って健康だ」

 良かったわ。

 衣智瑞君はコンニャクを食べる(かっこいい)

 衣智瑞君に見惚れていた私は急いでもコンニャクを口にする。

 並んで座って同じものを食べる、まるで夫婦ね! 狙い通りだわ!

 私はコンニャクを食べ終えると、衣智瑞君に満面の笑みを向ける。

 今日は大胆に行くわ! 覚悟を決めない花緒峯!

「美味しいね」

 言ってしまったわ! 顔からマグマが溢れ出ているかと錯覚するほど顔が熱いわ。

 今日は自分でもおかしい程大胆になってしまうわ。

 古代遺跡の削り節が楽しみすぎたせいでテンションがおかしくなっていたのかしら?

 私は恥ずかしさを紛らわすため、ご飯を食べることに集中することにした。

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