久留那花緒峯編

一話 空から女の子が 花緖嶺サイド

 昼間の喧騒とは打って変わって、緩慢な時の流れる放課後の廊下、大半の生徒は帰宅しており、部活に所属している生徒が窓から見える。

 私――久留那花緖嶺くるなかおねは校舎の端にある空き教室へ向かっている。

 そんな空き教室になぜ向かっているのか、そうね……どこから話そうかしら。

 などと思っていると目的の空き教室にたどり着いてしまった。

 教室のドアを開ける「ごめんなさい、待たせてしまったわね」人から呼び出されていたのよ!

 私の中学からの同級生で最愛の人――衣智瑞愛斗いちずあいと君に!

 後ろ手でドアを閉めるとそそくさと教室の真ん中にいる衣智瑞君の前を横切って、窓の近くに立ち、スクール鞄を近くの机に置いた。なんで呼び出されたの⁉ 放課後の空き教室よ、まさか……いえ、そんなことはないわ。

「来てくれてありがとう」

 衣智瑞君の心地よい声が私の耳から入って、脳を溶かしていくようだわ。だって放課後の誰もいない教室で好きな人と二人っきりになるなんて、明日は隕石でも降るのかしら。

「衣智瑞くんに、呼ばれたから」

 どうしましょう、かっこよくて直視できない、それに名前を呼んでしまったわ! 頑張るのよ花緖嶺、今は二人っきりなのよ、衣智瑞君しか見るものがないのよ、これは仕方ないのよ。それにしても顔の筋肉が仕事をしないわ。

 そう自身を鼓舞して衣智瑞君に目を向ける。窓から差し込む夕日が衣智瑞君の姿を隠してしまう。あ、ダメ。チカチカするわ。

「久留那さん」

「……はい」

 名前を呼ばれてしまったわ。

 心臓の鼓動が激しい。私の心臓働きすぎではないかしら。

 静かに息を吸い込み、震える息を吐く。あ、衣智瑞君のくせ毛可愛いわ。

「俺……久留那さんのことが――」

 必死にその思考を排除していたけれど、それは、まさか、そういうことなのかしら。私も覚悟を決めないといけないわね。さあ、来なさい!

 

 ――瞬間、轟音と共に地面が激しく突きあがると、窓がビリビリと震えた。

 

 一瞬の出来事に身構えることすらできなかったわ。

「久留那さん、大丈夫⁉ 怪我はない⁉」

「ええ……、大丈夫よ」

 なんて優しいの、衣智瑞君は! ときめいてしまったわ。それにしても一体何が起こったのかしら、まさか本当に隕石でも落ちたのかしら。でも早すぎるわ、もう少し待てなかったのかしら。

 いけないわ、私はなにを考えているのかしら、これは衣智瑞君に優しくされたおかげでおかしくなったんだわ。

 私は外を睨む。

「地震ではないみたいね」

 一度だけしか揺れていないからそうなんでしょうけど。

 それにしてもグラウンドの方がなにやら騒がしいわね。まさか本当に隕石? 本当に隕石なの⁉ 衣智瑞君ともっと一緒にいたいけれど、隕石だとしたらそれは見なくてはならないわ。

 私には衣智瑞君がいるのに、好奇心に負けそうなの。いけない子だわ、私って。

「衣智瑞くん、グラウンドの方へ行ってみましょう。隕石かもしれないわ」

「え、危なくない?」

 私の心配をしてくれているのね、好き。

 でも安心して、隕石なら危なくないと思うわ。隕石だけなら。

「確かに、謎の地球外生命体の可能性もあるわね、一人用のポッドとか……」

「それなら地球上のどこに逃げても意味がないな。よし、行こう」

 衣智瑞君なそう言うと思ったわ!

 そうと決まれば行きましょう。

 

 私と衣智瑞君はグラウンドに出るや否や目を見張る。丁度グラウンドの真ん中にクレーターができていた。砂煙が濛々としていて、中心部がよく見えない。

「怪我人は?」

 私は近くにいた、運動部かしら? 女子生徒に聞く。

 その女子生徒曰く、幸いにも運動部は休憩でグラウンドの端にいたらしく、誰も巻き込まれておらず、怪我人もいないらしい。

 そうこうしているうちに砂煙が晴れていき、クレーターの中心が露わになっていく。

「「ん?」」

 クレーターの中心で女子生徒が片膝立ちでいたのだ。

 そしてその女子生徒はゆっくりと立ち上がった。

「デデンデンデデン……?」

 まさか……未来から?

「おーほっほっほっほ! 驚きましたか愛斗さん、花緒嶺さん」

 なにやら背後から高貴な笑い声が聞こえてきた。

 振り向くとそこには、金髪縦ロールの女子生徒――望杉香峯子もちすぎかねこがいた。

「あら、香峯子じゃない。あなたが関係しているの?」

「そうですわ! あれは我が望杉家の開発したアンドロイドの五美いつみですわ!」

 得意げに胸を張った香峯子は指をパチンと鳴らす。するとクレーターの中心に立っていた五美は砂煙を巻き上がらせながらこちらに走ってきた。

「詳しい話は生徒会室でいたしましょう」

 香峯子は五美を連れ、校舎へ歩いていく。

 どんな話を聞けるのかしら。あの五美に搭載されている機能かしら。

「衣智瑞君、行きましょう」

 反射的に衣智瑞君を誘ってしまったわ、来てくれるのかしら……。

 そんな心配は杞憂だったらしく、衣智瑞君は私の隣に立ってくれる。

「あ、その前に。鞄を取りに行きましょう」

 私達は空き教室へ向かうのだった。

 

 生徒会室があるのは四階、元は屋上だったのを増築して、生徒会室にしているというビックリ設計。屋上全体が生徒会室になっているというかなりの広さ。入口は、屋上へ続く両開きの扉のまま、でもその扉も増築の際、ステンドグラスがはめ込まれている木製の扉に変わっている。

 その扉を衣智瑞君が開けてくれる(優しい)

 よく考えると、グラウンドに向かうのも生徒会室に向かうのも衣智瑞君と二人で並んで歩いていたわ、これはもうデートね、デート。

 生徒会室はとても広く、シャンデリアの明かりが正方形の部屋を照らしている。床一面には臙脂のカーペットが敷かれていて、奥にはアンティークな執務机がある、その上にスタンドライトと数枚の紙が乗っている。ファンタジーね。そして執務机の前にはテーブルを挟んでソファが向かい合っている。他には壁の半分が本棚になっているぐらいのシンプルな部屋。

 香峯子は五美と並んでソファに座っていて、入ってきた私たちを認めると、向かいのソファを手で示す。

 私たちがソファに座り、足元に鞄を置くと同時に香峯子は勝気な笑みを浮かべる。

「驚きましたか?」

 私は腕を組んで頷く。

「ええ。まさか隕石ではなくアンドロイドが降ってくるなんて、思いもしなかったわ」

「愛斗さんは驚きましたか?」

 香峯子は私の隣に座る衣智瑞君の方へテーブルに身を乗り出す。瞳が凄く輝いている。

「驚いたよ、それに怪我人がいなくて良かった」

 うぐっ、優しいわ!

「はうッ。優しすぎますわ!」

 そうよ香峯子、これが衣智瑞君の優しさよ。

 私が悶絶していると衣智瑞君が私の方を見たような気がした。いけないわ、引かれていないかしら。惹かれてほしいけれど、引かれたくないわ。

「なあ望杉。そのアンドロイドどうしたんだ?」

 よかったわ、引かれていないみたいです。

「開発したって言っていたけど?」

 どうしてアンドロイドを開発なんてしたのかしら。

「ああ、忘れていましたわ」

 香峯子はポン、と手を打つ。

「五美はわたくしのボディガードとして開発されましたの」

 確かに……香峯子の家は凄いところでしょうけど。

「どうしてボディガードにアンドロイドなのよ?」

 こういうのは学校で護衛達が先生、生徒として香峯子を護衛しているというのがあり得ると思うのだけれど。

「中学の頃は離れた場所で黒服達が守ってくれていましたけれど。どうも離れて見られるのが落ち着かなくて……造ってもらいましたのよ」

 香峯子は困ったように指を顎先に当てる。

「年が近くてボディガードできる人はいないの?」

「そう都合よくいませんわ。それに、仮にいたとしても戦闘力と耐久力に難ありですわね」

 戦闘力と耐久力……なんだか胸が躍る言葉ね!

「ということは、そのアンドロイドが生徒として学校に通うの?」

「そういうことになりますわ。本当は一緒に入学をと思っていましたけれど、わたくしがこの学校を牛耳った後のほうが、何かと都合がいいと思いまして」

 学校生活が楽しくなりそうね。

「ということで。五美、自己紹介を」

「初めまして、望杉五美と申します。衣智瑞愛斗様、久留那花緒嶺様、いつもお嬢様がお世話になっております」

「「おお」」

 凄く自然に話すのね、人間と遜色ないのではないかしら。

 少し丁寧すぎる気もするけれど。

「なんかこう、丁寧に挨拶されるとむず痒いな」

「衣智瑞君の言う通りね……」

 まさか衣智瑞君も同じ気持ちだったの⁉ 相変わらず表情筋が仕事しないわ!

「とてもアンドロイドには見えないわね、声の感じ、髪や肌の質感も……それに表情もあるとは、人間と見分けがつかないわ」

 私は五美の髪や肌をぺたぺた触る。思わず感嘆の息を漏らしてしまう、髪の毛サラサラで、お肌ももっちりと吸い付くわ。

「愛斗さんの感想も是非お聞かせくださいまし!」

 香峯子はなにか期待するような目を衣智瑞君に向ける。

「え、おれ? 久留那さんと同じ感想だぞ」

 衣智瑞君もわかってくれたわ! そうよね、そのとおりよね!

 その傍らで、香峯子の顔が暗くなるのが見えた、少し罪悪感が湧いてしまう。香峯子も衣智瑞君のこと、好きだもの。

 私はポケットからスマホを取り出すと時間を確認する。

「ごめんなさい、今日はもう帰らないと」

 私は立ち上がる。

「久留那さん、送っていくよ」

 え? 送ってくれるの⁉ 放課後デート? 私は思わず衣智瑞君を見てしまう。

 いえ、ダメよ。衣智瑞君には悪いけれど……。私はなにか言おうとするが少し口をもにょらせただけ、香峯子のほうを向く。

「ねえ香峯子? その、五美に送ってもらいたいのだけれど……」

 香峯子は少し目を見開いたあと、微笑むと頷く。

「かまいませんわ」

 香峯子も衣智瑞君と一緒の時間を過ごしてほしいのもあるし、私も五美のことを色々知りたいのもあるの。そう、これはウィンウィンよ。半ば自分に言い聞かせるように、でもこれも本心。

「やった、ありがとう!」

 今は五美のことを知ることができる、という感情で満たそう。

「衣智瑞君は五美が戻ってくるまで、香峯子と一緒にいてあげてね」

「うん……わかった、気を付けて」

 私は鞄を肩にかけて小さく手を振ると出口へ向かう。五美も続き、私と五美は生徒会室から退出した。

 

 生徒会室を後にした私と五美は昇降口へ向かう。

 靴を履き替えるとクレーターを避けて正門へ向かう。クレーターの影響か部活動はすでに終わっているらしく、生徒の姿はほとんど無い。

「ねえ、五美」

「どうされましたか?」

「ついてきてくれてありがとう。香峯子のボディガードなのに」

「心配には及びません、生徒会室は核シェルターより頑丈ですので」

「それなら安心ね」

 正門から出て私の家へ向かって歩を進める。

「花緖嶺様、ありがとうございました」

「私、なにかした?」

 感謝されるいわれはないのだけれど。

「花緖嶺様は、お嬢様と愛斗様を二人きりにしてくださりました」

「そのことね。別に、感謝されるようなような事はやっていないわ」

 私の意図を見透かされていたのかしら。少し胸のあたりが締め付けられる。

「それより五美に聞きたいことがあるの」

 少し強引だな、と思いながら話を変える。

 別に深い意味はない。目的を達成するだけ。

「さっき香峯子が、年の近いボディガードがいたとしても戦闘力と耐久力に難があるって言っていたけれど、五美の戦闘力と耐久力はどれ程なの?」

「詳しいことは言えませんが、現代の技術では攻撃、耐久の面でわたくしにはかなうものはありません」

 断言しちゃったわ。これは五美が最先端ということかしら? いえ、オーバーテクノロジーと考える方が面白いわね。それにこの言い回し、私たちは首を突っ込んではいけない事なのね。

「そ、そうなの。たっ例えば、どれぐらいの強さとか!」

 落ち着くのよ花緖嶺、未知へ対する好奇心は時に身を亡ぼすわ。

「そうですね……」

 五美は手を唇にあてて少し考えるような仕草をとる。人間と何ら変わりないわね、処理速度は人間を超えているはずなのに、凄いわ……。

「ある方の戦闘データを元にしてあるとしか……申し訳ございません」

「仕方ないわよ、未知の技術は秘密だもの」

 思ったより聞けることがなさそうね、どうしようかしら。

 そんなことを考えながらも、私の家へと少しづつ近づいていく。

「次の曲がり角から子供が二人」

 五美が声を発する。少しびっくりした私。

 次の曲がり角に目を向けると本当に子供二人が曲がり角から出てきた。

「まさか高性能レーダー⁉」

「その通りでございます」

 得意げに五美が微笑む。

 もしかして、五美なりに気を使ってくれたのかしら。

「でも、私が知っても良かったの?」

 気を使ってくれたにしても、秘密を明かさせてしまったのだとすれば記憶を消されるしかないじゃない。

「このような基本機能はいずれにしても察せますので心配はありません」

「そう、それならよかったわ」

 その後もとりとめのない話をしながら道を進む。

 やがて私の家へとたどり着く。

「五美、今日は送ってくれてありがとう。楽しかったわ」

「わたくしの方こそありがとうございます。明日は古代遺跡の削り節をお持ちいたしますね」

「ええ! お願い!」

「それでは、さようなら」

 五美は手を振る。

「ええ、また明日」

 私も手を振り返す。

 五美は踵を返し学校へと向かう。

 衣智瑞君と香峯子はどうしているのかしら。なにか忘れている気がするけれど、楽しかったし良しとしましょう。

「古代遺跡の削り節楽しみだわ」

 私は浮き立つ気持ちを楽しみながらドアを引く。

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