六話 やはり意識は遠く

遂にこの日がやって来た……そう! ピクニック! 楽しみすぎて集合時間より一時間早く来たぜ!

 土曜日の自然公園は人であふれかえっているかと思ったが朝も早いせいかそこまで人は多くない。

 俺はベンチに腰を掛けながら目を閉じ、私服久留那さんの破壊力に耐えられるように準備する。

 その時、俺の聴覚が僅かな空気の揺れを察知した。この声は考えるまでもない。脊髄反射よりも早く答えが導き出せる。

 声の主はそう――。

「おはよう、衣智瑞君」

 久留那さんである!

「おはよ――うっ」

 一瞬意識を失いかけたが何とか持ちこたえる。意地でもここで倒れるわけにはいかないんだ。

 久留那さんは黒のブラウスに黒のスキニージーンズという格好だ。恐らく汚れが目立たないように敢えて黒で統一しているのだろう。シンプルイズベスト!

 俺が半ばパニックになりながらその姿を脳内に保存していると同時に次に何を言うべきなのか思考する。

 しかしパニック状態のため口から出た言葉は自分を殴り飛ばしたくなる言葉だった。

「望杉たちは?」

 馬鹿野郎! 俺は自分で自分を殴った。

「だっ大丈夫……⁉」

 久留那さんが心配してくれている……自分を殴るのもいいかもしれない。

「や、あ、大丈夫ごめん」

 もしや今の「大丈夫」は「頭が大丈夫」の省略形なのでは? それは非常にまずい。

「とりあえず久留那さんも座ろうよ」

 一度脳内液体窒素を使って冷静になった俺はベンチの端に寄り久留那さんに座るように提案する。

 軽く頷いた久留那さんはベンチに腰を掛ける。くそっ、この距離を詰めたいぜ……。

 しかし離れていると久留那さんの全身を視界に入れることができるのでこの距離も悪くない。

 そんな久留那さんはなにやらスマホをポチポチしている(可愛い)

「香峯子達はギリギリになるみたい」

 その時、俺の心が痛んだ。

 俺の愚かな発言のせいで、久留那さんに気を遣わされてしまったのだと。

 申し訳なさがリミットブレイクしそうになった俺は慌てて手を振る。

「わざわざ聞いてくれなくても良かったのに」

「あ――ごめんなさい……」

 そう言った久留那さんは一瞬だけ痛みに堪えるような表情を浮かべた。

「大丈夫⁉」

 反射的に問いかけた。すると久留那さんは僅かに目を瞠る。

 今日の久留那さんはよく表情が変わるなと、俺は少し冷静になる。

 ……最高だ。

「ねえ、衣智瑞君?」

 久留那さんと二人っきりの状況で不意に声をかけられ、声を発することができなかった俺は、しぐさだけで聞き返してしまう。

「今日は、楽しみね」

 楽しみでぇぇぇぇぇぇぇすっっ。

「だね」

 久留那さんの破壊力と気恥ずかしさにやられた俺はそんな簡素な返答しかすることができなかった。なので全力で首を縦に振る。ロックンロール。……ロックンローラー衣装の久留那さんもいいな。

 陶器のように滑らかな手で桜色の艶のある唇に当て、久留那さんは微笑む。見惚れたのは一瞬、瞬時に意識を変え、その光景を脳内に保存する。

「私ね、青空の下で卓球をしてみたかったの」

「球が真っ直ぐ飛ばないもんな」

「そうなのよ、その難しい軌道を読んで打ち返す。かっこいいわ」

 少しうっとりとした表情で話す久留那さんをうっとりとした表情で見る。休日の公園のベンチに座ってこの和やかな会話……いい!

 不規則な軌道に翻弄される久留那さん、最高峰の芸術だな。

「でもそんな軌道の球を難なく返すことができるのが五美だとおもうのよ」

「アンドロイドだしな、そうは見えないけど」

「本当にそうなのよ!」

 得意げに胸を張る久留那さん。ああ、凛々しい。

「それにカバディとツチノコ探し、どのようなことが起きるのか楽しみだわ」

「うん、今日は楽しもう」

「ええ、ツチノコを見つけてみせるわ、世紀の大発見が私を待っている気がするの」

 いつも以上に饒舌な久留那さん、久留那さんのこんな姿を初めて見た。久留那さんにこんな一面もあったのだと、俺は成層圏を突破しそうなほどの勢いで嬉しさが噴出する。

 今日は久留那さんの新たな一面を見られた記念日にしよう。

 気づくと久留那さんの声が止んでいた(名残惜しい!)

 どうしたのかと久留那さんに目を向ける。久留那さんは俺のいる方とは逆方向に体を向け、額に手を当てていた。

「大丈夫⁉ 具合でも悪いの⁉」

 反射的に腰を浮かべる俺を制すように久留那さんは俺に手を突き出す。

「だ……だいじょうぶ……」

 大丈夫と言うが、力なく答える姿を見て大丈夫だとは全く思えない。

「香峯子……早く来て……」

 ポツリと吐かれたその言葉が俺に雷を打ち落とす。

 あまりの衝撃に、塵になりそうな自我を必死で保つ。

 これは……嫌がられている……のか?

 今日、久留那さんに会ってからの映像を超高速で再生し、何かいけないことがあったのかを脳内管制室五人体制で確認する。

 導き出された結論は一つ、それは相槌。

 不思議なことなどが大好きな久留那さんにとって俺の相槌はとてもつまらないものだったのかもしれない。

 ダメだ、意識が――。

「愛斗さぁぁぁぁぁぁぁん!」

 遠くなる瞬間に軽い衝撃。望杉だった。

「あぁん、会いたかったですわー」

 望杉は俺に絡みつく。ほどく気力もわかない。

「やほー、二人とも来るの早すぎでしょ」

 五美は軽く手を振りながらこちらに歩いてきた。

 されるがままになっている俺と額に手を当てたままの久留那さんを一瞥する。

「なに、どしたの。めちゃ疲れてそうなんですけど」

「それは大変ですわ! 愛斗さん、今すぐベッドへ向かいましょう! わたくしが添い寝致しますわ!」

「いや……間に合ってます」

「今、膝枕でもよろしいですわよ!」

 そういいながら望杉は俺と久留那さんの間に座り俺を膝枕しようとする。

「香峯子、全員揃ったのだし行きましょう」

 俺の頭が望杉の膝に着く寸前久留那さんが早口で捲し立てる。くそっ久留那さんが見えない!

 望杉の息を吐く音が聞こえる。

「そうですわね、行きましょうか」

 そう言って望杉は斜めになった身体を起こす。

「花緒嶺早くいこー」

 五美は久留那さんを立ち上がらし、手を引く(ずるい!)

「愛斗さんも、行きましょう」

 先に立ち上がった望杉が俺に手を差し伸べる。気力が回復しきっていない俺はその手を取る。

 そして、立ち上がった瞬間、俺の腕に望杉が腕を絡める。

 立ち上がったことで五美に引っ張らっれる久留那さんを見ることができたので、気力が回復した。俺は望杉の腕を引っぺがすと小走りで久留那さん達の後を追った。

「待って下さいまし、愛斗さぁぁん」

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