五話 週末なにする?

 寄り道しながら帰ると家に着く頃にはすっかりと日が沈む時分になっていた。

 帰宅してすぐ、手洗いうがいを済ませた俺は二階の自室へ向かい、ベットの上で正座をする。

 スマホは前に置き、暫し待つ。

 学校での望杉の言葉が頭で流れる。久留那さんに連絡……。そもそも連絡して良いものなのか? 久留那さんも交換に応じてくれたわけだし、連絡しても良いという事だろうけど!

 スマホに手を伸ばして、引っ込める。手を伸ばして、引っ込めるを繰り返す。

 やがてベッドの上でヘッドスピンをしていると一階からご飯ができたと声がかかる。

 渋々と一階に向かった俺は高速でご飯を食べ終え、直ぐに部屋に戻る。

 誰からも連絡は……ない。

 枕に顔をうずめ唸っていると不意にスマホから音が鳴る。

 久留那さんか⁉ と慌てて確認すると通知の主は望杉だった。

『花緒嶺さんに連絡しましたか?』

『できるわけないだろ!』

『だと思いましたわ』

 文面に若干の呆れが見えるが気にしないでおこう。

『いやあ……だってほら、迷惑じゃん?』

『別に迷惑ではないと思いますわよ』

『そうだとしてもさ、緊張するんだよ』

「どっちもどっちですわね……」

 ん? どっちもどっちてどういうことだ?

 久留那さんもそうなのか? いやいやいやいや、絶対違うだろ。

『そういえば。先日、花緒嶺さんを空き教室に呼び出してどうされましたの?』

『呼び出した? 俺にそんな勇気無いぞ』

 こいつは何を言っているんだ。俺にそんな勇気があれば連絡先ぐらいとっくに貰っているぞ。

『どういうことですの』

『それはこっちのセリフだ』

『五美が空から降ってきた日ですわよ?』

 …………あ。

 なんてことだ……なぜ俺はそれを忘れてしまっていたんだ!

 俺は急いで脳内に焼き付けた、夕焼けが照らす久留那さんを浮かべる。

 久留那さんの記録は完璧だ。

 あれだな、久留那さんの破壊力のおかげだな。

『安心しろ! その日の久留那さんは覚えてる! 今なら連絡できる気がして来た、マジでありがとう!』

『それならよかったですわ』

 俺はその勢いのまま久留那さんのトーク画面を開く。

 どう打とうかと一瞬止まりかけたが、あの日、久留那さんを呼び出したんだ、あの時の勇気を思い出せ!

 意を決して送信ボタンを押す。

『週末の事決めよう』

『こんばんは。終末の事で連絡させて頂きます』

 ぐはッ、久留那さんと……同時だと……⁉

 これはもはや運命と言って差し支えないのでは?

『ごめんなさい週末の間違いでした』

 しかも誤字! カワイイ!

『大丈夫、問題無いです』

 ダメだ、なんか緊張してきた。

『ありがとうございます』

 久留那さんとのやり取り、二人っきり……っは! 危ない危ない、天に召されるところだった。

『久留那さんはなにかやりたいことありますか? 俺も何個か候補は出しました』

 よしここは久留那さんに合わせて文字を打とう。

『そうなんですか。私も候補はあります』

『久留那さんからどうぞ』

『卓球。カバディ。ツチノコ探しの三つです。衣智瑞君の候補はどのようなものがありますか?』

『鬼ごっこ。アルティメット。かくれんぼの三つです』

『私の候補はいいので衣智瑞君の候補を採用しましょう』

 俺は久留那さんの出してくれた遊びをしたいです。

『久留那さんの候補を採用したいです』

 そしてしばらくの間が空く。

 やってしまった。久留那さんを困らせてしまった。いや、怒らせてしまった!

 合計六つ……ギリいけるか?

『ごめんなさい、五美に相談してみます』

 慌てて久留那さんにメッセージを送った俺はすぐさま五美のトーク画面を開く。

『土曜日何して遊ぶのかなんだけど、候補が六つある』

『言うてみ』

 コイツ、早いな。

『卓球。カバディ。ツチノコ探し。鬼ごっこ。アルティメット。かくれんぼの六つ、さすがに多いよな?』

『いーじゃん。ぜんぶやろーよ』

『マジ?』

『マジよ、じゃその六つ準備するね』

『お願いします』

 五美のスタンプでこの話は終わった。

 俺は久留那さんとのトーク画面を開く。

 久留那さんから『ごめんなさい』と送られてきたが、久留那さんに謝る要素は無いのでスルーさせてもらおう。

『五美が六つともできるとのことです』

『わかりました。ありがとうございます』

 ………………何か返した方がいいのか? スタンプを送るか? いや、迷惑か?

 と、うだうだすること五分。さすがにこのタイミングでスタンプ送るのは気持ち悪いよなと思い、放置していた望杉に報告することにする。

『終わった』

『お疲れ様です』

 コイツ、早いな。

『当日の準備ありがとう。何から何まで二人に任せっきりなってしまって』

『そう思うのなら、手伝いに来ますか? 超絶歓迎いたしますわよ!』

『前言撤回はしないけど、やめとくわ』

 久留那さん他以外の女の家には行けるわけがない。

『そう言うと思いましたわ』

 望杉もそれはわかってくれているらしい。

『ありがとう』

『その言葉だけでじゅうぶんですわ!』

 俺はスタンプを送るとスマホを置き、なにか二人にお礼しないといけないなと考えながら部屋のカレンダーを見る。

 今日は火曜日。土曜日が待ち遠しい……。

「なんか、今日は長いなあ」

 不意に口から出たその言葉には高揚と疲労が混じっている気がした。

「疲れた、風呂入って寝よう」

 そして風呂に入った俺はベッドに潜り込むと泥のように眠った。



 夢を見る理由は諸説あるが、人間は普段の生活で起きた出来事や脳に蓄積したあらゆる情報を整理するために夢を見ると言われている。調べたから多分そうだ。

 ということは俺の見る夢は全てが久留那さんに関係しているということ。

 幸いにも覚えている夢の内容全てに久留那さんが関係しているため、この仮説は正しいのだろう。

 しかしなぜか今日は久留那さんが関係していない夢を見ている。妙に現実感がある気もするが、夢ってこういうもんだろと納得することにする。服装も制服だし、教室にいるし。

 初めは学校での夢かと思った俺だが、久留那さんがいない事に気づき、訝しみながら教室を見回すと、一人の女子生徒が教室に入ってきたところだ。

「なにやつ?」

 俺の夢に久留那さん以外いらない!

 女子生徒はジト目で俺を見ると近づいてきた。赤毛の長いウェーブがかった髪はどこかで見たような気がしないでもないが、夢だしそういうもんだろと納得する。ちなみに久留那さんは艶めく黒髪ストレート。

「もう一人はいないですよね?」

「はい?」

 もう一人? なに言ってんだこの人。

「あの、どちら様ですか?」

 久留那さんがいない夢なんて見る意味なんてない! 俺は起きる。

「え……」

 え、そんな目で見るなよ。やだこの人怖い。

「あの、起きても良いですか?」

「なんで神のことを忘れているんですか!」

「いや、今日は夢に神が出てこないので起きようと思っているんですけど。初めてですよ、神のいない夢なんて」

「ぐすん」

 うわ、泣き出したよ。

 そもそも知らない人が夢に出てくるとかどういう状況だよ、夢なんだし仕方ないのかもしれないが。

 とにかく久留那さんがいない夢なんて見たくない。起きる。



「……なんだったんだ」

 俺は枕元に置いてあるスマホを手に取り、時刻を確認する。まだ日付は変わっていない。

「長すぎる……」

 疲労が滲んだ声を漏らしながら俺は再び目を閉じ、夢の世界へと向かっていく。

 いつも通り、久留那さんの関係する夢を見れますようにと思いながら。

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