四話 いざ青春へ

「あ、お嬢様。あたしのカップ焼きそばと糸コンこうかんしましょーよ。……お嬢様?」

「……天に昇りましたわ」

 カップ焼きそばのソースの香りが教室中に広がっている。

 どうやら、こちらでは少しだけしか時間が経っていないようだ。

 望杉と目が合った。どこか疲れたような、ホッとしたように苦笑する。

 俺も疲れたしホッとした。久留那さんのいる世界に戻って来られてよかった……。

 残りのコンニャクをもにゅもにゅと食べる。うん、美味しい。

「ご馳走様でした」

「花緒峯食べるのはっや⁉︎」

「そ、そうかしら?」

「めっちゃ早いよ、ちゃんと味わった?」

「味わったわよ、コンニャク美味しかったし」

 そうなのか、久留那さんは食べるのが早いのか……知らなかったぜ。なんせ緊張して久留那さんの食事場面は見たことないからな!

 俺も早いところ食べてしまおう。


 

 昼食を食べ終えた俺たちは、五美が残りの昼休みは腹ごなしの運動をしようと言ったため、グラウンドへ来た。

「それで、なにをやりますの?」

「キャッチボールでもしようかなーって」

「ああ、ちょうど芝に変わったものね」

「そう花緒峯その通り! せっかくの芝生、有効活用しないと」

 晴れた日、芝生の上で腹ごなしのキャッチボール。ピクニック感が凄いなあ。いつか久留那さんを誘ってピクニックに行ってみたい……。

「場所は――」

 グラウンドを見渡すと四人でキャッチボールをするスペースは十分に確保できそうだ。広くて良かった。

「適当に広がりましょうか」

 久留那さんがそう言うと、各々広がっていく。久留那さんの楽しそうな様子に心満たされながら俺も間隔をとる。

「それじゃあ。はっじめっるよー☆」

 正方形に広がると五美がボールを掲げながら開始を告げる。

 五美が望杉に向かってボールを投げる。ボールは弧を描き望杉に向かって飛んでいく。

 縦ロールを伸ばしてボールをキャッチした望杉はそのまま、俺の方に向かってボールを投げる。

「愛斗さーん。わたくしの愛をお渡ししますわー!」

 ボールは緩やかな弧を描き、吸い込まれるように俺の手に収まる。

 ボールは顔にあたっても怪我をしないように柔らかい素材でできている。

 そのボールを久留那に向かって投げる。スポンジのように柔らかい素材にも関わらず軽すぎず、風に煽られることもない。

 久留那さんはボールをキャッチすると五美に向かって投げる。

 しばらくその順番にキャッチボールをしていると、五美が不意に。

「そろそろ身体があったまってきた。お嬢様行きますよ!」

 そう言うと、どこからか取り出したバズーカにボールを込め、上空に向けて発射した。

 しばらくすると風を切る音と同時にボールが望杉の少し前へ落ちてきた。

 そこそこの高さから落ちてきたにも関わらず、落ちた時に音もしなければ地面を抉ることもない。さすがメイド・イン・望杉。

 望杉はボールを拾い上げると久留那さんに向かって投げる。

 ボールをキャッチした久留那さんは俺の方を向く。

 よくやった望杉! さあこい! 久留那さんからのボール、絶対に受け取ってみせる!

 久留那さんがボールを投げる(もちろん投球フォームなど何から何までこの目に焼き付けて心の奥底に保存した)

 緩やかな弧を描きボールが飛んでくる。落としたら死。落としたら死。落としたら死――。取ったあぁぁッ。

 俺が感涙に咽ぶ思いでいると昼休み終了を告げる予鈴が鳴った。

「あら、早いですわね」

「ええー、もう終わりなの」

 残念そうな声を上げる望杉二名。久留那さんは額に浮かぶ汗を拭っている。

「教室に戻りましょう」

 俺たちは揃って教室へ向かう。

「ねえ、また今度さ。みんなでピクニックに行かない?」

 なんですと⁉︎

「良いですわね!」

 今……なんと……?

「なんだって?」

「また四人でピクニック行って、キャッチボールとかしたいなあって」

「おお、それはいいな」

 ピクニック、私服の久留那さんに会えるし、四人だから緊張して死ぬことはない。五美ナイス!

「花緒峯は?」

「ええ、私も行きたい」

 きぃぃまぁぁしぃぃたぁぁ‼︎ よしよしよし、あー幸せ。

「それじゃあ放課後に日程とか色々決めよー」

「では生徒会室で決めましょう。よろしいですわよね?」

「わかった」

「うん」

 もう午後の授業なんてどうでもいい! 早く放課後になれ!


 

 帰りのホームルームが終わると俺たちは揃って雑談しながら生徒会室に向かう。

 全員がソファに座ると五美がバンッとノートをテーブルに置き、口を開く。

 ちなみに久留那さんは隣に座っている。

「それじゃあピクニックの計画を立てよーう。まずお弁当はどうする?」

 その瞬間、俺の頭で一つの考えが煌めく。

 もしや、久留那さんの作ったお弁当が食べられる……?

 まさに千載一遇のチャンス。

「お弁当はわたくし達が準備いたしますわ」

 おい望杉! 自分だけ久留那さんのお弁当を食べたからってずるいぞ!

 俺が心の中で抗議していると、久留那さんが申し訳なさそうに。

「全員で持ち寄らないの? 香峯子達の負担が大きくなると思うのだけれど……」

「四人分のお弁当を作るなんてちょちょいのちょいですわ」

「あたしも作るしだいじょーぶ!」

「そう? それなら、お願いします」

 決まってしまった……。

「じゃあさ、その代わりに。花緒嶺と愛斗君で何して遊ぶか決めてよ」

 そうだ、ピクニックお弁当だけが全てじゃあない!

 ん? 俺と久留那さんで?

「決まったらあたしに連絡ちょーだい。道具とか必要なら持ってくから」

 そう言うと五美はメッセージアプリを起動し、QRコードを表示させる。

 俺と久留那さんはそのコードを読み込み、五美を友達登録する。

 この流れ……、久留那さんとも交換できるのでは……?

「くっ久留那さんも交換しよう、なにをするのか決めるときに必要だと思うし」

 少しテンパりながらも久留那さんに交換を提案することに成功する。

 久留那さんは少し考えるように目を閉じる。

「そうね……交換しましょうか」

 マジか⁉ 交換できた……⁉

 俺は震える手でスマホを持ち、久留那さんのスマホに表示されているQRコードを読み込む。

 俺の友達リストに花緒嶺の三文字が登録されている。

 ダメだ、頭の中が真っ白になって何も考えられない。

「それじゃあまず日程を決めていこう」

 五美の声で、頭の中に色が戻り始めた。

 日程に関しては特に指定はないな。

「俺はいつでも大丈夫だぞ」

「私も、いつでも空いているわ」

 ……運命かな?

 いかんいかん。これしきの事で調子に乗っては。連絡先を交換できたことでテンションが上がってしまう。

「わたくしもいつでも空いていますわ! それでは愛斗さん、今週の土曜日、二人でデートなど――「あ、じゃあ今週の土曜日で決定。 二人はだいじょーぶ?」

 身をくねらせる望杉を遮るように五美が日時を決定する。

 俺と久留那さんは頷く。

「後は場所だね」

 この近くでピクニックできる場所は多くない、そこに高校生四人が遊べる場所が必要となれば、一つしかない。

「自然公園だな」

 久留那さんも同じ考えらしく頷く。同じこと考えていたなんてこれは運命と言いたいところだが。

「だよねー」

 五美も同じ考えだった。……必然か。

「こういうの青春っぽくていいよねー」

「そうだな」

 その青春の一ページを久留那さんと過ごせるなんて。俺はなんて幸せ者なんだ!

「それでは、今日はこれで解散ですわね」

「ええ! お嬢様なに言ってるんですか! 放課後にだべるのも青春じゃないですか!」

 え、もう久留那さんが隣に座る時間が終わるの?

 久留那さんをちらりと見ればきょとんとしている(可愛い)

「せっかく連絡先を持っているんですのよ。夜に家で連絡を取り合う……そういうのも青春ですわよ」

 そういうことか! 家にいながら久留那さんと連絡を取るということは一対一で話すということ! それに直接話すわけではないので意識を保っていられる。

 さすが望杉だ……。

「え、二人はお嬢様の言っていること理解できるの?」

「え、ええ……」

「まあ……」

「そういうのも青春っていうんだあ……」

 どこか遠くを見ていた五美は大きなため息をつく。

「帰る方向は同じだし……みんなでかえりましょう?」

 久留那さんナイス提案!

「よし、帰るか」

 俺が立ち上がるとそれを見た三人も立ち上がる。

「はあ、もう帰るのー」

「帰りにコンビニでも寄りましょう?」

 立ち上がったものの帰り渋る五美を見かねた久留那さんが素晴らしく魅力的な提案をする。

「それは放課後、夕日が染めるコンビニでだべる、買い食いという青春イベント⁉」

「そ、そんな感じね。コンビニの邪魔になるから溜まりすぎるのはよくないけれど」

「それなら早く帰ろう! 三人とも急いで!」

 言うや否や部屋を飛び出した五美は頭だけを扉から覗かせている。

「わたくし達も行きましょうか」

 呆れたような様子でそう言った望杉と一緒に、俺と久留那さんも出口へ向かう。

 今日はまだまだ続きそうだ。

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