三話 わたしは神です

気がつくと俺たちは闇にいた。上下前後左右、全ての方角に闇で塗りつぶされている。

 なぜ『闇にいる』と認識できたのか、それは身体がハッキリと見えているからだ。

「なんだ、ここ?」

「なんですの……ここは」

 望杉も一緒みたいだ、とりあえず無事? なのかわからないが無事でよかった。

 それに、こんなわけのわからない場所で知り合いと一緒というのも心強い。

「愛斗さん、怖いですわ。わたくし……怖くて動けないですわ」

 望杉が蛇のように俺に絡みついてくる。ええい、邪魔だ。

「よく来ましたね、衣智瑞愛斗に望杉香峯子」

 その時、頭上から月明かりのような淡く優しい光が差し込む。

 見上げると古代ギリシャを彷彿とさせる服を纏った赤毛の長いウェーブがかった髪の女が手を広げながら、ゆっくりと降下してきていた。

「なんですの、アレ」

「神に向かってそのような口の利き方はどうかと思いますが……まあ、良いでしょう。わたし、慈悲深い神なので」

 なに言ってんだ? 神は久留那さんだろ。

「急にどうしたんですか? 自称神様」

 そう問いかけると俺たちの真正面に降りてきた自称神様は胸を張る。

「自称ではありません。正真正銘の神です」

 正真正銘の神は久留那さんです。唯一神です。

「どうでもいいので自称神様がなにをしに来たのか教えてくれませんこと?」

「だから自称では無いと言っているでしょう⁉︎ なんなんですかあなた達は!」

「それはこっちのセリフですわ」

「ムキィィッ」

 自称神は地団太を踏む(地面はない)

「短気ですわね。なにが慈悲深い神ですか」

「望杉、あんまり煽んな。話が進まん」

「愛斗さんったらお優しいですわ! まさに神様ですわね!」

「もうヤダこの人達……」

 おいおい、まだ出会ったばっかりだぞ。

「状況の説明をしてくれませんか?」

「へッ! どの口が言っているんですか! もう知りませーん。わたしもう帰りますー」

 なにこの自称神様。めちゃくちゃウザいぞ。

「うっぜえですわね」

「ウザくて結構!」

「開き直ったな」

「人間ごときになにを言われようが屁でもないわ!」

 もうコイツ放っておいてもいいよな……?

 闇の中に距離とかあるのかそこら辺の難しい事は置いておいて、俺と望杉は自称神様から距離を取ろうとする。

 おお! 離れた。

「愛斗さん」

 どこか疲れが混じった声音で望杉が俺を呼ぶ。

「どうした?」

「アレどうされます?」

「どうするって言われてもなあ。ここの事知ってるのアレしかいなさそうだし……」

「「はあ」」

 そろってため息をつく俺たち。その間も自称神様の「無視すんな!」「本当に帰りますから!」という声が飛んでくる。

「てゆうかなんで帰んないんだ?」

「寂しいのでは?」

「まさか、自称神様だぞ」

「かまってちゃんだからこそ、神様などと自称しているとは考えられんませんか?」

「ありそうだな……。じゃあアレに合わせてあげるか?」

「合わせてさっさと帰っていただきましょう。愛斗さんと二人っきりの世界の邪魔ですので」

「……やっぱり久留那さんのいる世界に帰りたいなあ」

 俺たちは自称神様のところへ向かう。

 自称神様は涙目になりながらこちらを睨みつけている。めんどくせえ。

 とりあえず神様扱いをしてみる。

「ここってどういう場所なんですか? 

「わたくしたち、気がつけばこのような場所にいて……なら、なにか知っているのではありませんか⁉」

 どうだ……?

「ようやく理解しましたか。これだから人間は」

 途端に尊大な態度をとる自称神様。こいつマジうっざい。

「し・か・た・な・く! 頭の弱い人間ちゃまにこの慈悲深い神の! 女神の! わたしが! 教えてあげますね☆」

「……もう殺ってもよろしいですわよね?」

 自称神様に聞こえない声量で、不の感情を押しつぶした声で望杉が俺に言う。

「望杉の気持ちはよくわかるが、殺るのは情報を吐き出させてからだ」

「……愛斗さんがそういうのなら」

 望杉は苦虫を噛み潰したような表情で押し黙るが、滲み出る殺気は自称神様に刺さったらしく、冷や汗を垂らしていた。

「そ、それではこの場所の説明ですね! ええ」

 自称神様は命乞いをするかのように早口でまくしたてる。

「ここはあの世への入口です。そう、あなたたちは死んでいるのです!」

 ほう……入口。それにしては何もないよな。

「あれ……驚かないんですか? 二人は死んだんですよ……?」

「いやまあ、死に方が死に方なので」

「ええ、自覚ありですわ。それで、ここのどこがあの世への入り口ですの?」

「え……あ……そ、そうですよねえー。死んだ方はまずここに来るんですよね、そしてわたしのような神が迎えに来るんですよお……、そしてえ。ぐすっ……あの世に行くかあ、異世界に転生とか転移とか希望をきいてえ……。そんな怖い顔しないでくださいぃ」

 涙目になりながら必死で説明をする自称神様。

 俺からは望杉は微笑んでるように見えるが自称神様にはそう見えないらしい。

 なんだか少し可哀想になってきた。

「あの神様? 生き返ることはできないんですか?」

「死んだ人間は生き返らないです」

 やっぱり死んだらそれで終わりだもんな。

の力とやらで生き返らすことはできませんの」

「ヒッ‼ で、できますできます」

「それなら、わたくしと愛斗さんを生き返らせてくださいまし」

 にこりと、自称神様に微笑みかける望杉。

 顔面蒼白の自称神様はガクガクと首を縦に振る。

「急いで準備してきます!」

 そう言うと再び頭上から月明かりのような淡く優しい光が差し込む。自称神様は慌ててその光に飛び込む。

 それを見送った後、望杉は笑顔でこちらを見る。

「ちょろいですわね」

「半ば脅しだろ」

「自業自得ですわ」

「確かにそうだな」

 程なくして戻ってきた自称神様は真っ白なトンカチを二つ持っていた。

「お待たせしました! ぜえ……ぜえ……。 このトンカチで足元を思いっきり叩いてください。そうすれば生き変えることができます」

 自称神から俺たちはトンカチを受け取る。大して重くない、真っ白なトンカチだ。

「それでは、わたしは」

 再び光に飛び込む自称神様。再びこの場には俺と望杉の二人だけしかいなくなった。

「そういえば、なんで生き返らせる選択肢を取ってくれたんだ? 自分で言うのもあれだが、俺と二人だけの世界がいいんじゃなかったか?」

「あら、そのことですか。だって愛斗さん、花緒嶺さんのいる世界に戻りたいと、そうおっしゃったではありませんか」

 さも当然のことのように。

「二人っきりの世界でも、愛斗さんは花緒嶺さんの事ばかり思うでしょう? それは、悲しいことですわ」

 胸に手を当て、目を伏せて――そして、笑顔の花を咲かせる。

「わたくしにデレデレのメロメロのぞっこん惚れさせてからですわ!」

 例え、それほど好かれていようと。

「俺は……俺は、久留那さんが好きだ」

「それでこそ愛斗さんですわ!」

 ――俺は幸せ者だな。

「望杉、ありがとう」

 望杉は一瞬目を見張ったがすぐに穏やかな表情を浮かべる。

「それでは帰りましょう」

「ああ」

 俺たち二人は同時にトンカチを足元に向かって振り下ろすと闇がガラスのように砕け散り、そこから光が差し込む。

 そして、その光が俺たちを包み込み、温かなものが全身を駆け巡る。

 

 そして――世界が闇で満ちた。

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