二話 転校生はアンドロイドギャルそしてさよなら
翌日。ホームルームで担任が「今日は転校生が来ます」と言うとクラス内が騒つく、隣の席の望杉が「五美のことですわね」と誇らしげに言う。
「入ってきて」
扉が開くと同時にプシューとスモークが勢いよく噴射する。
中に入ってきたのはギャルだった。
「望杉五美でーす! みんなー、よっろしくー!」
「望杉?」
隣の席のに目を向けると望杉はふんぞり返って高貴に笑う。
「おーほっほっほっほ! どうですか愛斗さん! 新しい五美は」
「……昨日の今日で何があったんだ?」
「花緒嶺さんの意見を反映しただけですわ」
「なに⁉ 久留那さんだと⁉」
「ねえ、香峯子。さすがにやりすぎだと思うのだけれど……」
背後からこの世で一番美しい音色が届く。
久留那さんは形のいい眉を軽く八の字にしながら、望杉に目を向ける。
「昨日、五美に送ってもらった時、そこまで堅くしなくても大丈夫よって言っただけよ」
「……そうでしょうか? 愛斗さんはどう思います?」
「確かに、やり過ぎだとは思うけど……」
「あっ、お嬢さまー。あたしの席ここなんで!」
五美は久留那さんの隣の席に着き(羨ましい!)ひらひらと手を振る。
「花緒嶺ー、昨日は楽しかったよー」
「まあ、別にいいけれど……」
久留那さんは軽く息を吐く。
「あ、そうだ。昨日言ってた古代遺跡の削り節持ってきたよ」
「本当に⁉︎」
「ほんとほんと、マジだって」
声を潜めた五美が言いながらやたらとぬいぐるみなどが付けられている鞄を漁る。久留那さんは表情こそ変わらないものの瞳を輝かせている。
「コラそこ! さっきからうるさい。まだホームルーム中でしょうが」
「ごめんなさーい」
五美は慌てて鞄を閉じ、背筋を伸ばす。
そして久留那さんに申し訳なさそうにはにかみむ。
「ごめん、後で見せるね」
しゅんとした久留那さんも可愛い。
「おい衣智瑞、いつまで後ろ向いているんだ」
「すみません!」
慌てて前を向くと先生が呆れた目でこっちを見ている。久留那さんが後ろの席にいるんだから仕方ないだろ。
そのあと先生が今日の連絡事項などを伝えると朝のホームルームは終わりを告げた。
一時間目が始まるまでの十分間。生徒が銘々に時間を過ごす中、俺が後ろを向いた時には久留那さんがは既に目を輝かせながら五美の方を向いていた。
「ねえ五美、見せてもらえるかしら」
「よしきた、ふっふっふっ」
不敵な笑みを浮かべ、鞄を漁っていた五美は目的のものを見つけたらしく、鞄に入れていた右手を勢い良く引き出し、そのまま久留那さんの前に突き出す。
突き出した手を見るとイチゴジャムの瓶が握られていたが、こちらからはラベルが邪魔で中身が見えない。
「これが古代遺跡の削り節……初めて本物を見たわ」
久留那さんからは中身が見えているようだ。
俺的に瓶の中身より久留那さんの喜んでいる顔のほうが見たかったので五美には感謝しないといけない。
五美から瓶を受けっとた見目麗しい久留那さんがわずかに微笑む。比ぶべくもない美しさが咲き誇り、俺の視覚を埋め尽くす。
「その古代遺跡の削り節、いったいどこにあったのかしら」
「や、やだなあ。お嬢様ったら、あたしがお嬢様の私物を勝手に持って来るわけないじゃないですかー」
「あらあら。いつ、わたくしが古代遺跡の削り節を持っているなんて言いました?」
「ええっとぉ……」
「人の物を勝手に持ち出すなんて、泥棒ですわよ」
「……ごめんなさい」
「……これは香峯子に返すわね?」
若干の戸惑いを見せつつ、久留那さんは手に持った瓶を望杉に渡す。
「まあ、せっかくですし出汁でも取っておきましょうか」
「飲んでいいの⁉︎ 」
「もちのろんですわ。愛斗さんも飲みますわよね! ね!」
久留那さんと望杉が同時にこちらを見る。そんなに見られると照れちゃう。
それにしても古代遺跡の削り節汁か……飲んだことないから飲んでみたい気持ちもある、高級品だし。
「おお、飲みたい」
「決まりですわ! 五美、持ってきてますわよね?」
「もっちろんじゃないですか」
そういうと五美は鞄を漁り、中からステンレスのボトルを取り出した。
それを受け取った望杉はボトルの蓋を開ける。ボトルの中から湯気が立つ、すかさず瓶の中身をボトルに入れ、しっかりと蓋を閉めた後、五美に返した。
「お昼休みには飲めますわ」
ちょうどその時に一限目が始まるチャイムが鳴る。
これから五十分は久留那さんを視界に入れることができないのか……。
「昼休みが楽しみね、衣智瑞君」
「おうぇあっふうぅぅ‼︎」
顰めた声が耳に触れた瞬間、身体に電流が走り、意識を刈り取ろうとその鎌を振るう。
なんとか意識を保とうと抵抗していた俺の身体が不意に揺すられる。
「愛斗さん、しっかりしてくださいまし」
「やっばなにこれ、ちょーウケるんですけど」
「衣智瑞君、大丈夫?」
呆けた頭に久留那さんからの心配する声が急速に染み渡り、何が起きていたのかを瞬時に理解する。
久留那さんは優しい――ではなく、いや優しいけど。
どうやら久留那さんの破壊力に意識が刈り取られていたようだ。あれを思い出すだけでも頬が緩む。脳に刻み込まなければ。
「大丈夫、大丈夫。めちゃくちゃ元気」
「それならよかったわ」
ホッと息を吐く久留那さんに見惚れていると
「もうお昼休みですわよ」
「えっマジ⁉︎」
教室の時計に目を向けるとすでに正午を過ぎていた。かなり長い時間気を失っていたみたいだ。
「愛斗君マジでハンパなかったよ。なにしても起きないんだもん、仏像かよって」
五美が何を言おうがどうでもいい。重要なのは一限、二限、三限の休憩時間を逃したということだ。各十分、合計三十分、久留那さんを視界に入れることができなかったという事実が俺の心を削っていく。
「くそッ……なんてことだ‼︎」
「本当に大丈夫? もし体調が悪いのなら保健室に行きましょう?」
やっぱり意識失っててよかった!
浮き足立つ心を必死に押さえつけ、平静を装う。
「いや大丈夫……。それより昼飯食べよう」
久留那さんが楽しみにしていたからね!
鞄からコンビニの菓子パンを取り出し机を並べていると。
「愛斗君、机くっつけないの?」
愚問だな五美、久留那さんとご飯を食べるなんてできるはずなかろう。
「このままでいいよ」
「そんなこと言わずにさー。せっかくみんなで食べるんだし」
「そうですわよ愛斗さん。さあ、わたくしと見つめ合いながら食べましょう!」
既に五美と望杉は机をこっちに向けていた。
なるほど、これなら久留那さんを真正面から見ることもないから意識は持つ……はず。ならばやるしかあるまい。
俺は机を動かし望杉と向かい合う。程なくして久留那さんも机を動かし、五美と向かい合う。つまり俺の隣だ。
おおう……、これはなかなか。
前を見ると望杉は四人分出されたカップにボトルから琥珀色の出汁を注いでいた。
湯気が立つカップを五美がそれぞれの机に置いていく。
「飲んでいいかしら?」
「ええ、楽しみにしていましたものね」
「いただきます」
カップをふーふーしているその姿、直視できないぜ……。
久留那さんを横目で見ると、恐る恐る出汁を口にするところだった。
カップに口をつけ、傾け一口。
「イチゴ味ね」
頬をほころばせ、どこか満足したようにつぶやく。
「香峯子、ありがとう」
「満足いただけたようでよかったですわ」
「衣智瑞君も飲んでみて!」
俺は頷くとカップに口をつける。ゆっくりとカップを傾け、口に含む。
「あ、いちご味」
ただのいちご味だ、鰹節や昆布からとった出汁みたいに口の中に広がる旨味とか風味とか全く無い。
いちごをそのまま液体にしたようななんというか、本当にただのいちご。
深みの無い味なんだが……。
「美味しい……のか……?」
「癖になる味でしょう?」
「うん。不思議だ」
「あたしはイマイチかなあ。花緒峯あげるー」
「――ッ⁉︎ ありがとう!」
「愛斗さんはどうですか? わたくしの分を飲まれますか? なんなら口移しでも良いですわよ!」
望杉が矢継ぎ早になにか言っているがよくわからんな。
癖になるけど別にいっぱい飲みたいというほどでもないしな。
「いや、この一杯だけで十分」
「愛斗君照れてんなよー」
五美がにんまりとしたギャル微笑みでこちらを見る。
「なにに照れるんだよ、わけわからん事言うな」
やめてくれ、隣に久留那さんがいるんだよ。
出汁を飲み終えた俺はため息をつくとパンの袋を開ける。
メロンパンのバターの香りがふわっと広がり、食欲を掻き立てる。
そのメロンパンを口に運びながらそれぞれの昼飯を見る。
小食の久留那さんは小さな弁当だ。半分ご飯、もう半分はおかずという構成だ。赤いウインナーと鮮やかなブロッコリー、イカ墨を使ったのか黒いスクランブルエッグなどが入っている。
次に五美の方を見ると、鞄からカップ焼きそばと電気ケトルを取り出していた。ケトルのプラグを咥えるとあっという間にお湯が沸いた。
アンドロイドって便利だな。
封を切ったカップ焼きそばにお湯を注ぎ、三分間待ってやるという風に腕を組む。
「三分間待ってやる」
最後に正面を見る。机の上にはおでん鍋が置いており、望杉はちくわにかぶりついていた。
「愛斗さんも食べますか? おすすめはコンニャクですわ」
「え、いいの?」
「もちのろんですわ」
そう言うと紙製の器にコンニャクと出汁を少し入れ、渡してくれた。
「ありがとう。それにしてもよく食うよな」
「お嬢様は健啖家だしね。うっし三分たったー」
五美は席を立つと窓を開け「うおりゃぁぁ!」と外の木にむかって湯を投げると、木から「あっっっつッ」と男の声が響き、人影が落ちていくのが見えた。
ちゃんとボディガードしてるんだなあ。
「私はそんなに食べられないから、少しうらやましいかも……。そうだ香峯子、おかず交換しない?」
「ええ是非! どれを食べますか?」
「私もおすすめのコンニャクを食べてもいいかしら?」
「もちのろんですわ! わたくしはイカ墨の使われたスクランブルエッグを頂いてもよろしくて?」
「えっあっうん。お皿、貸してもらえるかしら」
ちょっと待て望杉! それはうらやましすぎる。久留那さんとおかず交換だと⁉
俺も久留那さんとおかず交換を――クソッ、パンだ……。
「愛斗君どしたの。やっぱ調子悪い感じ?」
「大丈夫、至って健康だ」
コンニャクを食べながら俺は答える。お、おでんのコンニャクって出汁が染みてる印象はないけど、このコンニャクは出汁が染みこんでいてめっちゃ美味い。さっき飲んだ古代遺跡の削り節の出汁を飲んだ後だと尚更出汁の深みが味わえる。
久留那さんもコンニャクを口にする。
並んで座って同じものを食べる……⁉ まるで夫婦じゃないか!
コンニャクを食べた久留那さんはこちらを見て微笑むと。
「美味しいね」
あっ――。
この世の音が遠のいていき、世界の彩度が急速に低下していく。
ふわりと身体が重力から解き放たれたのかすごく軽い。
見下ろすと久留那さんがいる。おい隣に座ってるやつ、そこは俺の席だ。ん? あれは俺だ。マジか本当に浮いてるぞ。死ぬの? 俺死ぬの? 死因は『久留那さん微笑みの美味しかったね』悪くないな。
「――斗さん……愛斗さん!」
「あれ、望杉⁉」
正面に目を向けると望杉も浮いていた。
「なんでいるんだよ」
「卵焼きを食べたらこうなりましたわ」
「羨ましい!」
「だんだんと光が近づいている気がしますが。どうなるんですのわたくしたち」
「多分死ぬと思うぞ」
「愛斗さんと心中するということですわね!」
「心中しないし、望杉は立場的にやばいんじゃないの?」
「んなことどうでもいいですわ! 愛斗さんと二人っきりなら地獄でも天国ですわ!」
「わからんがとりあえず掴まれ」
「ええ! 二人の愛のために!」
慌てて望杉に手を伸ばすと望杉はガシッと俺の手を掴む。
その瞬間、光が俺たちを包み温かなものが全身を駆け巡る。
そして——世界が闇に満ちた。
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