混沌ハイスクール

坂餅

衣智瑞愛斗編

一話 空から女の子が

放課後の空き教室、大半の生徒は帰宅しており、部活に所属している生徒も校舎の端っこにある、この空き教室にわざわざ来る理由もない。

 そんな空き教室に俺――衣智瑞愛斗いちずあいとがいる理由。それは、今日、告白するからだ。

 俺は意味もなく机の上に置いたスクール鞄のファスナーを開けたり閉めたりする。

 告白する相手は中学からの同級生――久留那花緒嶺くるなかおね

 そう、俺と久留那さんが出会ったのは中学二年生の時。――と一人想いを馳せようとした時、教室のドアが開き、鈴を転がすような声がした。

「ごめんなさい、待たせてしまったわね」

 後ろ手でドアを閉めると教室の真ん中にいる俺の前を横切って、窓の近くに立ち、スクール鞄を近くの机に置いた。

「いあやぜんぜんいやもうほんと来てくれてありゃとう」

 やってしまった。緊張のあまりもごもごと早口で喋ってしまい完全に不審者みたいになってしまった。だって放課後の誰もいない教室で好きな人と二人っきりとかこうなるのが当たり前だろ、マジヤッバい。

「衣智瑞くんに、呼ばれたから」

「ぐはッ」

 くそっ、優しくて可愛い! 可愛すぎて直視できない。でもこれから告白するんだ、俺が直視できなくてどうする! 真正面からこの気持ちを久留那さんに伝えることが大事なんだ。

 そう自身を鼓舞して久留那さんに目を向ける。窓から差し込む夕日が彼女の雪のように白い肌を薄く染める。あ、ダメ。可愛い。その均整な顔立ち、凛とたたずむその姿、腰ぐらいまで伸びている艶やかな黒髪、まさに国宝。付け加えるのなら、切れ長の目も相まって国宝クール美少女。

「久留那さん」

「……はい」

 意を決した俺は、久留那さんを真正面から見据える。

 心臓の鼓動が激しい。まるで喉で鼓動しているような感覚を覚える。

 静かに息を吸い込み、震える息を吐く。

 震える手足を抑え込み、再び覚悟を決める。

「俺……久留那さんのことが――」

 

 ――瞬間、轟音と共に地面が激しく突きあがる感覚に襲われ、窓がビリビリと震えた。

 

 一瞬の出来事に身構えることすらできなかった。

 ハッとして慌てて久留那さんに駆け寄る。

「久留那さん、大丈夫⁉ 怪我はない⁉」

「ええ……、大丈夫よ」

 久留那さんは怪訝そうな顔を窓のへ向けている。

「地震ではないみたいね」

 緊急地震速報が鳴っていないのでそういうことだろう。

 この教室からは見えないがグラウンドの方がなにやら騒がしい。グラウンドまでの距離を考えると相当な出来事があったということが窺える。

「衣智瑞くん、グラウンドの方へ行ってみましょう。隕石かもしれないわ」

「え、危なくない?」

 俺も気になるのだが、久留那さんを危険な目に合わすわけにはいかない。

 しかし普段はクールでも、こうして好奇心に目を輝かせている久留那さんも可愛い。

「確かに、謎の地球外生命体の可能性もあるわね、一人用のポッドとか……」

 顎に手を当てて思案している久留那さんも可愛い。

「それなら地球上のどこに逃げても意味がないな。よし、行こう」

 そう言うと久留那さんは顔を輝かせる(可愛い)その輝きに俺は目を細めながら神に感謝する。いや、神は久留那さんか? 久留那さんに感謝する。

 そして俺と久留那さんは並んで、グラウンドに向かった。

 

  久留那さんと二人っきりで移動するという至福の時を過ごした俺は、グラウンドに出るや否や目を見張る。丁度グラウンドの真ん中にクレーターができていた。砂煙が濛々としており、中心部がよく見えない。

「怪我人は?」

 久留那さんは近くにいた、恐らく運動部の女子に問いかける。

 その女子生徒曰く、幸いにも運動部は休憩でグラウンドんの端にいたらしく、誰も巻き込まれておらず、怪我人もいないらしい。

 そうこうしているうちに砂煙が晴れていき、クレーターの中心が露わになっていく。

「「ん?」」

 久留那さんと声が被った、嬉しい。というのは心の引き出しにそっと入れる。

 クレーターの中心で女子生徒が片膝立ちでいたのだ。誰も巻き込まれていないのでは? などと考えているとその女子生徒はゆっくりと立ち上がった。

「デデンデンデデン……?」

 久留那さんが何を言いたいかはわかる。それなら逃げたほうがよさそうだけど。

「おーほっほっほっほ! 驚きましたか愛斗さん、花緒嶺さん」

 なにやら背後から高貴な笑い声が聞こえてきた。……情報量多いなあ。

 振り向くとそこには、金髪縦ロールの女子生徒――望杉香峯子もちすぎかねこがいた。

「あら、香峯子じゃない。あなたが関係しているの?」

 久留那さんが眉をひそめる。久留那さんに見とれていた俺はクレーターの中心に目を向ける、よく見るとうちの高校の制服を着ていた。

「そうですわ! あれは我が望杉家の開発したアンドロイドの五美いつみですわ!」

 力強く言った望杉はしたり顔を浮かべている。

 望杉は指をパチンと鳴らす。するとクレーターの中心に立っていた五美は砂煙を巻き上がらせながらこちらに走ってきた。

 「詳しい話は生徒会室でいたしましょう」

 望杉は五美を連れ、校舎へ歩いていく。

「衣智瑞君、行きましょう」

 久留那さんにそう言われたら行くしかあるまい。

 再び二人っきりで移動するという至福の時を得た俺は、ルンルン気分で久留那さんの横に並び、生徒会室へ向かうのだった。

「あ、その前に。鞄を取りに行きましょう」

 空き教室へ向かうのだった。

 

 生徒会室があるのは四階、正確に言うと屋上を増築して、生徒会室にしている。屋上全体が生徒会室になっているというかなりの広さ。入口はもちろん、屋上へ続く両開きの扉だ。その扉も増築の際、取り替えられており、ステンドグラスがはめ込まれて木製の扉になっている。

 その扉を開け、久留那さんと共に中に足を踏み入れる。

 そして、久留那さんと二人っきりの時間は終わりを迎える。

 生徒会室はとても広く、シャンデリアの明かりが正方形の部屋を照らす。床一面には臙脂のカーペットが敷かれており、奥にはアンティークな執務机があり、スタンドライトと数枚の紙が乗っている。その手前にはテーブルを挟んでソファが向かい合っている。他には壁の半分が本棚になっているぐらいだ。部屋の広さに比べれば物が少ないと思う。それにしても高級な物特有の圧が凄い。

 望杉は五美と並んでソファに座っている。入ってきた俺たちを認めると、向かいのソファを手で示す。

 俺たちがソファに座り、足元に鞄を置くと同時に望杉は勝気な笑みを浮かべる。

「驚きましたか?」

「ええ。まさか隕石ではなくアンドロイドが降ってくるなんて、思いもしなかったわ」

 久留那さんは腕を組み大仰に頷く。普段クールな久留那さんのこのような姿はなかなか見られない。もの凄いギャップ、眼福、この瞬間、この表情を網膜に焼き付ける!

「愛斗さんは驚きましたか?」

 望杉はテーブルに身を乗り出し、瞳を輝かせている。

「驚いたよ、それに怪我人がいなくて良かった」本当に久留那さんが怪我しなくてよかった。

「はうッ。優しすぎますわ!」

 胸を抑えながら身体をのけぞらせる望杉。

 久留那さんに目を向けるといつも通りのクールな表情に戻っていた。俺は幻覚を見ていたのか……⁉

 いかんいかん。ここに来た目的を思い出すんだ。

「なあ望杉。そのアンドロイドどうしたんだ?」

「開発したって言っていたけど?」

「ああ、忘れていましたわ」

 忘れちゃダメだろ……。

「五美はわたくしのボディガードとして開発されましたの」

 ほう、ボディガード。俺も久留那さんのボディガードになろうかな。

 いやその前に、なんでボディガードにアンドロイドなんだ?

「どうしてボディガードにアンドロイドなのよ?」

 久留那さんと同じ事を考えていただと……⁉

「中学の頃は離れた場所で黒服達が守ってくれていましたけれど。どうも離れて見られるのが落ち着かなくて……造ってもらいましたのよ」

「年が近くてボディガードできる人はいないの?」

「そう都合よくいませんわ。それに、仮にいたとしても戦闘力と耐久力に難ありですわね」

「ということは、そのアンドロイドが生徒として学校に通うの?」

「そういうことになりますわ。本当は一緒に入学をと思っていましたけれど、わたくしがこの学校を牛耳った後のほうが、何かと都合がいいと思いまして」

 久留那さんの美声に耳を傾けているとふと何か大切なことを忘れているような感覚を覚える。

「ということで。五美、自己紹介を」

「初めまして、望杉五美と申します。衣智瑞愛斗様、久留那花緒嶺様、いつもお嬢様がお世話になっております」

「「おお」」

 折り目正しく挨拶をする五美、その姿は人間と比べても遜色はない。本当にアンドロイドなのか?

 それにしてもまた久留那さんと被ってしまった。これはもう運命といっても差し支えないのでは?

「なんかこう、丁寧に挨拶されるとむず痒いな」

「衣智瑞君の言う通りね……」

 久留那さんも同じ気持ちだと⁉ まさかこれが……運命……⁉

「とてもアンドロイドには見えないわね、声の感じ、髪や肌の質感も……それに表情もあるとは、人間と見分けがつかないわ」

 五美の髪や肌をぺたぺた触りながら感嘆の息を漏らす久留那さんを見て、俺も感嘆の息を漏らす。

「愛斗さんの感想も是非お聞かせくださいまし!」

 望杉は、なにか期待するような目を俺に向ける。

「え、おれ? 久留那さんと同じ感想だぞ」

 望杉が残念そうに目を伏せる。

 やがて久留那さんはポケットからスマホを取り出し、画面を見る。そして、はっとした表情を浮かべる。

「ごめんなさい、今日はもう帰らないと」

 申し訳なさそうに、立ち上がる久留那さん。

 自然と久留那さんを見上げる形になってしまう。久留那さんの気高さがスレンダーな体系と相まってより一層強調されている。

 待て、見とれている場合ではないのだ。せっかく久留那さんと一緒にいるのだ。送らねばなるまい。

「久留那さん、送っていくよ」

 立ち上がった俺を一瞥した久留那さんは、少し口をもにょらせながら、望杉のほうを向く。

 無視……だと……。

「ねえ香峯子? その、五美に送ってもらいたいのだけれど……」

 まさか嫌われたのか……?

「かまいませんわ」

「やった、ありがとう!」

 久留那さんの笑顔が眩しい。

「衣智瑞君は五美が戻ってくるまで、香峯子と一緒にいてあげてね」

 久留那さんにお願いされたのなら仕方がないよな、うん。

「うん……わかった、気を付けて」

 鞄を肩にかけた久留那さんは小さく手を振り(可愛い)、出口へ向かう。五美も続き、二人は生徒会室から退出した。

 再び腰を下ろした俺はソファに深く沈み込み、天を仰ぐ。

「久留那さんに嫌われたかな」

「そうだとしたら、どうしますの」

「だとしても、気持ちは変わらんよ」

「それでこそ愛斗さんですわ」

 途端にソファの背が倒れた。超絶ふかふかソファなので衝撃は全くと言っていいほど感じなかった。

「ねえ、愛斗さん」

 いつの間にか隣に座っていた望杉は仰向けに寝ている俺の顔を覗き込む。

「もっとわたくしのことを見てくださいまし……」

 その声はか細く、意識して聴かなければ、すぐに溶けていきそうな声音だった。

「愛斗さんはいつも花緒嶺さんばかり見ていますわ」

 確かにいつも久留那さんのことを目で追っている自覚はある。

 こうして望杉に顔を覗き込まれていても久留那さんのことが頭をよぎる。

 別に望杉のことが嫌いだとかどうでもいいとは思っていない。

 ただ、久留那さんが好きだから。

「それに、今も花緒嶺さんのことを考えていますわね?」

 生返事をしていると金色の髪が顔にかかった。

 どうやら床ドンの体勢になっているらしい。

「やっと、見てくれましたわね」

 僅かに頬を緩ませた望杉はぐっと顔を近づける。

 なんとか距離を取ろうとしたが、望杉の真摯な瞳を見ればその気をなくしてしまう。

 互いに息がかかる距離のまま――。

「わたくし、愛斗さんのことを、好いていますのよ」

 僅かに震え、絞り出すように発した言葉。そして、どこか諦めを感じさせるその声音。

「それを、わたくしの気持ちを、愛斗さんが知っているという事を、知っていますわ」

 そう言うと望杉は顔を離し、俺の手を取り、起き上がらせる。その時、ブロンドの髪から赤く染まる耳が覗く。

 目が合うと望杉はツンとそっぽを向き、髪を手櫛ですいている。

「それでは、家まで送ってくださいまし」

「……わかったよ」

 俺たちは鞄を肩にかけ、生徒会室を後にした。

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