2-5
「見ての通りの症状です」
ほへぇ~☆ とした表情で首をちょいっとかしげているアーシェルを見ながら、室長がレナードに言う。
「記憶喪失――だというのか?!」
驚愕の声をあげるレナード。その声に、きゃっ、と身体を跳ねらせるアーシェル。
「こ、このおじいちゃん……こわぁい……」
あうぅ……と涙目で訴えるアーシェルに対し、レナードはというと、
「せ、せめておじちゃんと呼べいッ!!」
スキンヘッドに青筋立てて一喝し、なおさらアーシェルをきゃうぅ?! と怯えさせるしまつ。
むぅ、やはりここは、少女は少女同士のほうが話が弾むだろうとレナードは考え、きょとんとしているミクの腕をひっつかみ、
「すまぬが、ここのところはお前に一任させてもらう」
と、怯えて震えているアーシェルの前に、ミクをぐいっと放り出した。
「おっ、お父さんっ?!」
ミクの非難じみた声を無視し、レナードは一歩後ろに下がって、室長と共にこれからどうなるかと事の顛末を傍観する構えをみせた。
一任させてもらうって……わたし、どうすればいいんですかぁ……。
うぅ~……と困り果ててアーシェルを見つめるミク。
カタカタと小刻みに震え、恐怖によるおびえのためか、キュッとシーツを握りしめて、大きな瞳から大粒の涙をこぼしながら不安そうにミクを見つめ返すアーシェル。
わぁ……あらためてこうしてみると、ほんっとぉに可愛いなぁ……。
思わず、ほわぁっと顔をほこらばせてしまうミク。すると、それを見たアーシェルが、
「あ……」
と、小さな声をひとつあげて、立っているミクの方へと身体を前のめりに乗り出した。
「どっ、どうしたの?」
反射的にアーシェルに対して前かがみになって応対するミク。奇しくも、その体制は、グラビアイドルが思いっきり胸元を強調するような格好になってしまっていた。
「えへへぇ……」
ミクの巨大な谷間を、にへぇ~とだらしない笑顔で見つめるアーシェル。すると突然、何を思ったかアーシェルはミクの巨大な谷間に、ずぼっ! と自分の右手を突っ込んだ。
「ひゃ?! ひゃぁ!!」
びっくりして飛びのくミク。
「えへへぇ……お姉ちゃん、おっぱい大きいなぁ♪ ママみたいだよぉ♪」
悪びれるようすもなく、だらしない笑顔を浮かべたまま平然とそう言い放つアーシェル。
「無垢な少女とはいいものですなぁ。うん。実にうらやましい……」
思わずそうこぼす室長に、ジロリ、と殺気をはらんだ視線を向けるレナード。
「ゴ、ゴホンッ!! これは失言でしたな……」
笑ってごまかす室長。
そんな室長を尻目に、えへへ♪ と頬をリンゴのように赤く染めて無邪気に笑っているアーシェルに、ミクが今度は胸元をしっかり両手でガードしながら前かがみになって問いかける。
「ね、ねえ、アー――――」
アーシェルの名前を呼ぼうとしたミクの声にかぶせるように、ウォッホン!! エッホン!! とレナードが大きな咳ばらいをした。
そ、そっか……名前を呼んじゃいけないんだ……。
ミクも、レナードを真似て、お、おほんっ! と咳ばらいをして会話を仕切りなおした。
「ね、ねえお嬢ちゃん。今、お嬢ちゃんは、わたしにママみたいって言ってたけど、お嬢ちゃんのママって、どんな人なのかなぁ?」
おお、うまいぞ娘よ。誘導尋問をして、小娘が本当に記憶を失っておるのか確かめようというのだな。うんうん、と頷くレナード。
「ママ……」
うぅ~~~ん? と首をかしげて考える素振りを見せるアーシェル。だが、すぐに、
「わかんなぁい……ママ……どんなママだったか……覚えてないよぉ……」
えぐっ……えぐっ……と、大きな瞳をうるませはじめた。そして、ミクの胸元を指さして、
「でもぉ……ママ……おっぱいがすごく大きかった……そんな気がするのぉ……」
「そっ、そうなの……」
褒められてる……のかなぁ? 自分の胸が大きいことに、少々コンプレックスを抱いているミクにとっては、なんとも複雑な気持ちである。
「ひっく……ママぁ……パパぁ……思い出せないよぉ……ここ、どこぉ……わたし、だれぇ……うう……ううううう~~~~~……」
ついに耐え切れなくなったアーシェル。大粒の涙をこぼしながら、びぃ~~~~!! と辺りはばからず大声で泣き始めてしまった。
それを見たレナード、慌ててミクのそばへとよって耳打ちをひとつ。
「お、おい、ミクよっ! なんとかあの小娘を泣き止ませてくれ!! このまま泣きつづけ、癇癪でも起こされたら、とんでもないことになりかねん!!」
「そっ、そんなことを言われても……!」
どっ、どうしよう?! と、うろたえるミク。その間も、アーシェルの泣き声は止むことはなく、むしろ、どんどん泣き声が大きくなっていく。
「お、おい! まずいぞ! 早くなんとかしろ!」
「な、なんとかって……!」
必死に打開策を考えるミク。どうすれば、泣き止んでくれるのかな。そうだ! ここは、あの子の気持ちになって考えてみましょう。
記憶喪失……。きっと、自分が誰かもわからなくて、家族の顔も思い出せなくて、自分の大切なものも思い出せないんだ。それって、すごく怖いよね。寂しいよね。悲しいよね。
じわり……と、ミクは自分の目頭が熱くなっていくのを感じた。
可哀想だよぉ……。わたしだったら……絶対、耐えられないよぉ……!
アーシェルに対する、哀れみの感情で胸がいっぱいになるミク。思わず、泣いているアーシェルをぎゅっ! と抱きしめる。
「大丈夫だよ……。お姉ちゃんが、絶対に守ってあげるから……」
「ひっく……ひっく……うん……お姉ちゃん……ありがとぉ……」
ミクの豊満な胸に顔をうずめてむせび泣くアーシェル。そんなアーシェルの頭を優しくなでてあげるミク。その光景は、まるで、子供をあやす聖母のような光景であった。
「ふぅむ……おっぱいセラピーとでも言いますか」
そんな感動的なシーンに、室長のセクハラ発言が水を差す。
しまった! 口が滑ったか! と慌ててレナードの方を見たが、どうやら室長の余計な一言はレナードの耳に届いていないらしく、やれやれ……と安堵の表情をレナードは浮かべていた。それを見た室長も、やれやれ……と安堵の表情を浮かべた。
しかし、レナードの安堵の表情は、アーシェルの頭をなでているミクの思わぬ一言によって消し飛んでしまうことになる。
「もう、落ち着いた? アーシェルちゃん?」
「みっ、ミク!!」
なんてことを!! と、驚愕の表情を浮かべるレナード。呼びかけられたミクは、ふぇ? とキョトンとしたが、すぐに、あっ……! という顔をレナードに向けて見せた。どっ、どうしましょう……。
「……お姉ちゃん」
「なっ、なぁに?」
「……わたしの名前、アーシェルっていうのぉ……?」
涙目になって上目づかいでミクを見るアーシェル。
「え、えっとぉ……そ、そのぉ……」
うん、そうだよと言ってあげたいところだけど、それをするとお父さんが怒っちゃうし、かといって、違うよだなんて嘘をついちゃうと、この子を傷つけちゃうし……どうしよう……どうしよう……。
その時、ぴかーんっ! とミクの頭に豆電球。
「そ、そうっ! あなたの名前はあーちゃんっ! あなたはあーちゃんっていうのよっ!」
フルネームがまずいのなら、愛称で押し通しちゃえ! という力技。
「あーちゃん……わたしの名前は、あーちゃん……」
自分に言い聞かせるようにつぶやくアーシェル。そして、
「あーちゃん……わたしは、あーちゃんっ!」
まだ涙目ではあったが、頬をそめて嬉しそうな笑顔をミクに浮かべてみせるのであった。
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