2-4
全宇宙ヒーロー協会地球支部の救護室のベッドの上に、救護班によって運ばれてきたアーシェルが横たえられていた。
時折、うぅ~ん……うぅ~ん……という、うめき声をあげているアーシェル。それを、ベッドの横にパイプ椅子を持ってきて座り、気づかわしげに見つめているミク。
もう大丈夫だろうと、救護班は二人を室内に残し、さっさと他の現場へ行ってしまい、救護室の中にはミクとアーシェルしか残っていない。そんな二人のそばに、救護室の室長がやってきた。それに気づいたミクが、
「あっ、先生っ。そのっ、この子の容体はどうなんでしょうか?」
「ああ、身体的にはいたって健康そのものだよ。ただ……」
初老の優しそうな白衣の紳士の室長が、困惑した表情を浮かべる。
「ただ……なんでしょうか?」
「ミク君の報告通りだと、この少女は空から落下してきたということだが、それは本当かね?」
「はっ、はいっ! この子の落下地点がもう少しずれていましたら、わたくしも危険な状態になっておりましたっ!」
パイプ椅子から、がたたっ! と立ち上がり敬礼するミク。
「うん。それについては実に運が良いことだと思うよ。ミク君の日頃の行いがよいのだろうね。まあ、それはさておき――ということは、公園のあのクレーターを作ったのも、この少女ということになるわけだね?」
「はっ、はいっ! この子の落下の衝撃により、あのクレーターが形成されたのでありますっ!」
「う~ん……だとすると、だねぇ……」
チラリと救護室の窓に目をやる室長。この救護室は公園側に位置しており、窓から公園の様子が一望できるのだ。つまり、問題のクレーターもここから見えるわけ。
「あんな巨大なクレーターができるほどの衝撃というのは、結構なものだよ。それを、おそらくだけど、脳天にまともにくらっておいて、命に別状もない上に傷一つないなんていう方がおかしいんだがねぇ」
「きっ、きっと、あの子は石頭なんですよ」
「いやいや、石頭などという一言で済ませていいレベルでは――――」
室長がそこまで言いかけたところで、ガチャリと救護室のドアが開かれた。ドアの方へと目をやる室長。
「ああ、レナード殿。御心配なさらずとも、御息女にはかすり傷ひとつございませんよ」
「そうか、それはよかった。それで、その空から降ってきた少女というのは、どこかね?」
きょろきょろと辺りを見回すレナードに向かって、
「こっ、こちらです~~!」
と、レナードに手を振って見せるミク。それに気づいたレナードがアーシェルの寝ているベッドに近づいていく。そして――――ベッドに寝ているアーシェルの顔が見える位置に来たところで、その足を止め、
「なっ?! なんとっ?!」
と、耳をふさぎたくなるほどの大声を上げたのであった。
「おっ、お父さんっ! 静かにしなきゃダメですよっ!」
しーーーーっ! と人さし指をたてるミク。いやいやミクよ、なればお前もそんな大声をあげてはならんだろうが――って!! 今はそのようなことを言ってる場合にあらず!!
慌ててミクのそばに駆け寄り、ミクの腕をひっつかむレナード。
きゃっ?! と驚くミクを無視し、
「室長! すまぬが、ちょっとそこで待っていてくれ!」
と室長に言い、ミクを救護室の外へと引きずり出した。救護室の外に出たところで、
「ミクよ!! あの小娘が誰かわかっておるのかぁ!!」
と、スキンヘッドに青筋をはしらせ、仁王像のごとき表情でミクを一喝。レナードにいきなり怒られ、わけがわからないミク。珍しく父が本気の怒りを自分に向けてくることに怯え、声を震わせながら、
「しっ、知りませんよぉ……」
「知らぬだと?! いや、知らぬからこそ、あの小娘をこの全宇宙ヒーロー協会地球支部の中に入れるなどという暴挙ができたわけだな!! まったく!! お前はなんということをしでかしたのだぁ!!」
ビリビリと空気が震えるほどの怒号をうけ、ミクは涙目になりながらも、この理不尽なレナードの怒りに一矢報いようと反撃する。
「で、でもぉ……救護班を呼んで、あの子を中に入れたのはお父さんですぅ……」
「む、むぅ……いや! それは、お前の報告を受けたからであって、あの小娘の正体を知っておれば救護班など送ることなどなかったのだ!! あの小娘の正体がわかっておれば、むしろ、ワシが直接出向いて小娘にトドメをさしてやっていたことであろう!!」
「そっ、そんなっ?! あんないたいけな可愛い女の子をやっつけちゃうなんて、お父さんはいつからそんな残虐非道な人になったのですかっ!!」
「残虐非道なのはあの小娘のほうである!! お前も全宇宙ヒーロー協会の一員ならば、全宇宙ヒーロー協会の仇敵の顔くらい覚えておれ!!」
「全宇宙ヒーロー協会の……仇敵……?」
首をかしげるミク。
「まったく……!! まだわからぬか!!」
そう言って、廊下の壁を指さすレナード。レナードの指さしたほうへと顔を向けるミク。そこには、とあるポスターが貼られてあった。
『この顔に、ピンときたら命乞い!!』というキャッチフレーズの下にある、二つの顔写真。
一つは、帝王エルミタージュの顔写真で、もう一つは…………、
「あ……? あぁ……?! あ~~~~~!!!」
大声をあげて驚くミク。それもそのはず、帝王エルミタージュの横にある、もう一つの顔写真というのは、救護室で寝ている少女と同じ顔をしていたからだ。しかも、最上級要注意人物、と赤く注釈までそえられている。
「わかったか!! お前が助けた小娘は、帝王エルミタージュの娘である、アーシェルなのだ!!」
絶句するミク。どこかで見たことあるなぁと思ってたのは、こういうことだったのですね……。己が招いた事態の重さに気づき、カタカタと震えながら、
「どっどどどっどどっどうしましょう…………」
大きな瞳に大きな涙を浮かべてレナードに訴える。だがそんなこと言われても、レナードだってすぐには対応策が思いつかぬ。とにかく、まずは互いに落ち着くべきだ。
「と、とにかくだな――――」
レナードがミクを落ち着かせようと声をかけた時、救護室のドアがガチャリと開き、室長が救護室から現れた。思わず飛びあがって驚くレナードとミク。
「おや? どうされましたか?」
「い、いや、なんでもない――それより室長、中で待っていてくれと頼んだはずだが」
「ええ、そうなのですが、少女が目を覚ましたので、それをお知らせしようかと思いましてね」
「めっ、目を覚ましたのですかぁ?!」
「んん? 目を覚ましちゃいけない理由でもあるのかね?」
慌ててミクの口を手でふさぐレナード。
「娘は少々気が動転しているゆえ、気にせんでもらえると助かる。それで、目を覚ましたアーシ――いや、少女の様子はどうなのかね? 暴れたりとかしそうな様子はあるのかね?」
「暴れたりできるような状態ではありませんよ。というより、少々厄介な症状に見舞われております」
「厄介な症状――ですと?」
「まあ、ご説明するより、その目で拝見するとよいでしょう」
そう言って、室長はレナードとミクを救護室の中に入るよう促した。
「ほっほほうはん……」
口をふさがれたままレナードを呼ぶミク。その表情には、どうしましょう?! どうしましょう?! というとてつもない焦燥の色が浮かんでいる。
「何も言うな……こうなった以上、まずは相手の出方を見なければなるまいて」
ミクの口から手をはなすレナード。ぶはぁ! と大きく息をし、何か言いたげなミクを目で制するレナード。とにかく、まずは中へ行くのだ。力なく頷くミク。
「では――拝見させていただくとしようか」
覚悟を決めた表情になっていうレナード。そんなレナードの様子に、あの少女に何かあるのか? と室長は首をかしげたが、まあさして気にすることもなかろうと、レナードとミクをそのまま救護室へと招いた。
救護室の中に入り、アーシェルのベッドへと近寄る三人。
室長の言う通り、アーシェルは目を覚まし、ベッドから身を起こしていた。ただ、その身体は窓側へと向いており、アーシェルがどのような表情を浮かべ、どのようなことを考えているかを、その背中から推し量ることはできなかった。
「して、室長。厄介な症状とは――――」
レナードが室長に問いかけると、レナードの声に気づいたか、アーシェルが、はっ! と身体をピクリと跳ねらせ、くるりと三人に向かって振り向いた。
そして――――ふわふわした可愛らしい口調でもって、自らの症状を申告した。
「ここは……どこぉ? わたしは……だぁれぇ?」
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