2-3


 ほっこりとする陽光。頬をなでる、爽やかなそよ風。辺りには清々しい鳥のさえずり。まさに、天気は日本晴れ。

 全宇宙ヒーロー協会・地球支部の横に備えられた公園は、まさに、まったりとするのにはうってつけといったロケーションとなっていた。

 しかし、そんなロケーションであるにもかかわらず、公園のベンチの周囲には、どよぉ~~~~んとしたよどんだ空気が取り巻いていた。その澱んだ空気の出どころは、ベンチに座っているミクの、


「はぁ…………」


 という、マリアナ海溝よりも深い深いため息によるものであった。

 あれからミクは、しつこく食い下がってくるレナードを、一人にさせてくれないと、おとうさんを大っ嫌いになりますからっ! と一喝して振り払い、全宇宙ヒーロー協会・地球支部の建物から出て、トボトボと全宇宙ヒーロー協会・地球支部のすぐそばに併設されている公園にやってきたのだった。


「はぁ…………」


 またも吐き出されるため息。それによって、より濃くなる澱んだ空気。周囲の家族連れも、空気を察してミクのそばに近寄ろうとはしないほどの澱んだ空気。

 深い深い、自己嫌悪。わたしって、どうしてこうダメなんだろう……。

 ミクがここまで深い自己嫌悪に陥っているのには、ちょっとしたワケがあった。

 そのワケは何かというと、それは先ほどのレナードとミクのやり取りとのことではなく、全宇宙ヒーロー協会でのミクの仕事の悩みからくるものであった。


 そもそも、ミクは全宇宙ヒーロー協会でどのような仕事をしているのか?

 だがその前に、全宇宙ヒーロー協会というものについてちょっと説明しておかなければなるまい。

 全宇宙ヒーロー協会の主な目的は、弱きを助け悪をくじくということに集約している。

 と、そう言えば聞こえはいいが、実際のところは、弱い者いじめをする悪い奴らは許さん!! と勝手にヒーローを派遣してくる、超おせっかい集団と、様々な星系の人々から微妙にうざがられているのが現実だ。


 とはいえ、派遣されたヒーローの手によって救われた人々も少なからず存在するので、まあ多少のウザさは大目に見ようと、様々な星系の人達もまあそこら辺は黙認してくれているらしい。

 それに、最近は帝王エルミタージュを始めとする宇宙の無法者がのさばりつつあるせいか、近年はいくらかは様々な星系の人たちも全宇宙ヒーロー協会の働きを見直しつつあるそうだが…………。だからといって、協力的にはなってくれないようだ。


 さてさて、ミクの仕事の話に戻るとしようか。

 全宇宙ヒーロー協会というものは、先ほども述べたように、様々な星系にヒーローを派遣している。だが、派遣されたヒーローがその派遣された星系や銀河について詳しくなければ、いくら歴戦のヒーローとはいえども、その力を発揮するのは難しい。

 そんな、現地で右も左もわからないといった状態のヒーローたちを援護するのが、オペレーターという役職である。


 では、このオペレーターの仕事は何かというと、現地へ向かったヒーローに対し、無線連絡にて現地の文化や現状についての説明や、やむをえず敵性存在との戦闘にヒーローが陥ってしまったときに、刻一刻と変化する状況を絶えずヒーローに伝えたりする戦闘補助の役割もになっている。

 いわば、ヒーローたちの生命線といった具合。そして、場合によって、オペレーターはヒーローたちの心のオアシスにもならなければならない。


 ヒーローというものは、その性質上、得てして孤独になりやすいもの。そんな時、孤独の闇に飲まれかけるヒーローを勇気づけることによって、オペレーターはヒーローにふりかかる孤独の闇を振り払うのだ。

 そんな役職であるからこそ、オペレーターは基本的に女性――それも、女の子、と形容するような年齢の女性がつくことが多い。例外もあるが、基本的に十六~二十二歳くらいの年齢だと思ってくれていいだろう。

 もちろん、女性だけではなく、男性のオペレーターも存在する。ヒーローの中には、女性であるヒロインもいるため、その場合は男性オペレーターがつくことになっているのだ。当然、その男性オペレーターも、男の子と称するにふさわしい年齢や容姿であることは言うまでもない。

 このような関係性であるがゆえ、一人のヒーローに一人のオペレーター、というような状態で、ヒーローは派遣されることになっているのだ。

 そしてミクは、そのオペレーター志望たのだが……とある事情で、今は全宇宙ヒーロー協会・地球支部の受付係をやらされている。


 そのとある事情というのはなんだというと、それはミクの性格が大きな要因であった。

 オペレーターはその性質上、はきはきとしたような性格じゃないと、とても務まるものではない。しかも、ただはきはきしていればいいというものでもなく、他星系のことに詳しい博識さと、突発的な事象に対して臨機応変に対応するという冷静沈着な一面も求められるものである。

 だが、ミクの性格は、超好意的にみてやったとしても、とてもオペレーターに向いているとは言い難いものであった。


 人見知りで引っ込み思案の赤面症。さらにおっちょこちょいを絵に描いたようなドジっ娘ぶり。

 当初はレナードの娘だということで、周囲からそれなりに期待されていたのだが、そのあまりのポンコツさに、今となってはどのヒーローも、ミクをオペレーターに据えることだけは勘弁してくださいと土下座しながら嘆願する始末。

 博識という面では素養がないことはないが、それだけではオペレーターという役職は務まらぬ。

 オペレーターにもっとも必要な素質は、冷静沈着な状況判断と、それをすぐにヒーローへと伝える迅速果断じんそくかだんな実行力。少しの判断の遅れがヒーローを窮地に陥らせ、少しの伝達の遅れがヒーローに死という結果をもたらしてしまうのだ。

 ミクのあまりのポンコツぶりに、さしもの娘を溺愛してやまないレナードも、いくら我が娘とはいえ適材適所の原則を崩すわけにはならぬと考え、ミクにもこなせるような役職をミクに与えよ、という無茶な下知を人事部にくだした。


 さあ、こいつはとんでもないことになってしまったぞと、人事部は頭を抱えた。今までのミクの働きぶりを鑑みて、人事部が出したミクの人事の最適解は、さっさとヒーロー協会をクビにしてどこぞの巨乳好きの資産家にでも嫁がせろ、というものであったが、そんなことをレナードに伝えるほど人事部は命知らずの集まりではない。

 ともかく、全宇宙ヒーロー協会・地球支部のどこかの部署にミクを配属させねば、あの血気盛んなハゲジジイのことだ、どんな被害をこうむるかわかったものではない。人事部は、かたっぱしに他部署へ、ミクをどうにか使ってもらえないか? と打電したが、その答えは惨憺たるものであった。

 戦闘部からは「ふざけてるのか?!」と怒号を浴び、教導部からは「多少は知識はあるのだろうが、それぞれの専門家には劣る」と冷静にNOを突き付けられ、経理・事務部からは「トロくて使えないし、なにより胸がでかいのがムカつくからイヤ」と女同士のドロっとした嫌味でもって断られ、もうどこにもミクの配属場所が無いと思われた時、


「ならばいっそ、彼女のために一つ新部署を作ってしまえばいいのではないか?」


 という、ピンチを好機へと変える、ヒーローならではの逆転の発想を人事部長が提案したのである。

 それだ!! と人事部一同、この提案にやんややんやと喝采をあげながら飛びつき、早速ミク一人で成り立つ部署について話し合い始めたのだった。

 最善は、ミクがじっとしているだけでも成り立つ部署。

 それについて様々な意見が飛び交い、飛び交う意見は切磋琢磨を繰り返しながら洗練されていき、洗練された意見は人事部全員が納得できる結論へと昇華され、その結論はすぐにレナードへと取り次がれ、レナードはミクを呼びつけて人事部が決定した人事をミクへと告げた。


「全宇宙ヒーロー協会地球支部・支部長、レナード=アレクサンドラ=クラスノヴァが、栄えある全宇宙ヒーロー協会の一員であるミク=アレクサンドラ=クラスノヴァへと命ずる。本日をもって、そなたは新設された部署である“広報・PR部”の部長として配属することとする」


 と、このような顛末でもって、ミクは広報・PR部の部長という肩書をもった、全宇宙ヒーロー協会の受付係として来客者に一生懸命に愛想を振りまいてる毎日を送っているという次第。人見知りのミクにとっては、地獄のような日々である。


「はぁ…………」


 またも吐き出されるため息。

 本来なら、受付係なんかやりたくない。

 元々オペレーター志望だったミクにとって、今の自分の現状が歯がゆくて歯がゆくて仕方ない。しかし、どれだけ歯がゆく思っても、どれだけ努力しても、もって生まれた性格だけはどうしようもない。

 しかも皮肉なことに、ミクが受付係をやるようになってから作成されたPRビデオのおかげで、地球における全宇宙ヒーロー協会の好感度が相当数UPしていた。こうなると、ミクの役職が受付係から変更されることなど、絶対にありえないだろう。

 それを考えれば考えるほど、ため息が出てしまう。考えれば考えるほど、不甲斐ないと思ってしまう。


「……わたしも……お父さんのような、すごいヒーローさんのオペレーターを……やってみたいなぁ……」


 ミクがそう呟いて、空を見上げた、その時であった――――、


「……うぅん?」


 雲一つない青空の中に、キラリと何かが光った。

 お星さま? でも、こんなお昼にお星さまなんて、おかしいなぁ。

 ミクが空を見上げたままそんなことを思っていると、またしても空の同じ場所でキラリと何かが光った。そして、その光はどんどん大きくなり……、


「あれ……? 光が大きくなって……?」


 ミクが首をかしげると、突如として、ものすごい衝突音と爆風がミクのそばで巻き起こった。


「ひゃぁぁぁああ~~~~~~?!」


 爆風によって座っていたベンチごと吹っ飛ばされるミク。公園の生垣が吹っ飛ぶミクを受け止めてくれたが、ベンチのほうは吹っ飛んだ先で地面に激突し、見るも無惨に四散してしまった。


「う……うぅん……」


 不意の突然の衝撃に目を回すミク。


「な……なにが起こったのぉ……?」


 なんとか現状を把握しなきゃと、必死に生垣からはいずって出てくるミク。そして、目の前に広がっている光景に、思わず、


「なっ、なにこれぇ?!」


 と、大きな声をあげた。

 なぜなら、今まで自分がベンチに座っていたすぐそばに、地面をえぐる大きなクレーターが出来ていたのだ。


「いっ、隕石でも落ちたのかなぁ……?」


 そうだとしたら、あともう少し隕石の落ちた場所がずれてたら……。恐怖に身震いするミク。ああ!! 神様!! 感謝します!!

 ひとしきり神に感謝の祈りをささげると、ミクはここが全宇宙ヒーロー協会の敷地内であったことを思い出し、それと同時に、全宇宙ヒーロー協会の一員として、現状を把握し報告する義務があることにも気がついた。

 よ、よぉしっ! と両手をぐっ! と握って気合をいれ、恐る恐る砂煙がまだ巻き起こっているクレーターを覗き込むミク。


「あっ……!」


 クレーターの中心に、何かの影が見える。巻き上がっている砂埃のせいでよくわからないが、どうやら人が倒れているらしい。


「たっ、助けなきゃっ!」


 慌ててクレーターの中の影へと駆け寄ろうとするミク。そんなミクの姿を他の全宇宙ヒーロー協会の者が見れば、あの影が悪人であればなんとする、なんと迂闊うかつな行動だと罵られることだろう。

 しかし、ミクは困っている人がいればそれが善人だろうが悪人だろうが関係なく、手を差し伸べてしまうような性格であった。それがまたオペレーターとして不適格だとされているのだが、ヒーローとしての心構えとしては間違ってはいないと言えるだろう。


「だっ、大丈夫ですかぁ?!」


 クレーターの中心地に向かって声を張り上げるミク。しかし、返事はない。

 急がなきゃっ! 早く、救助してさしあげなきゃっ!

 すり鉢状のクレーターを滑るようにして中心地へと向かう。そして、砂煙を手で払いのけながらクレーターの中心地へと到達したとき、ミクが予想もしなかった光景がそこにあったのであった。


「おっ、女の子……?」


 そう、クレーターの中心地に倒れていた人影とは、彗星に頭をぶつけ、意識朦朧いしきもうろうとしながらも、なんとか地球へと到達し、そこで力尽きてしまって墜落してきたアーシェルだったのだ。

 目をぐるぐる回しながら、きゅぅ……と倒れているアーシェルを優しく抱きかかえてあげるミク。


「だっ、大丈夫?」


 呼びかけてみるが、応答はない。どこか、怪我をしてるところとかないのかな?

 ひととおりアーシェルの全身を見てみたが、どこからも出血していないようだ。


「……あんなすごい衝撃だったのに? 怪我ひとつ、ないの?」


 アーシェルの可愛い見た目とは裏腹に、その頑丈さに舌を巻くミク。そしてしげしげとアーシェルの顔を見つめ、


「……この子、どこかで見たことがあるような……?」


 どこで見たのだったかなぁ? と必死に記憶の糸をたどろうとしたが、今はそんなことをしている場合ではないとすぐに思いなおし、慌てて制服のポケットから携帯電話を取り出した。そしてメモリから、ある番号を呼び出し、コールする。呼び出し音が一度だけ鳴ったところで、番号の主が応答した。


「おお、ミク! いやいや、さっきはお父さんが悪かった――――」


 という、レナードの猫なで声に、ミクのあわあわとした口調がかぶせられる。


「おっ、お父さんっ! たたっ、大変ですぅ~! そっ、そそ空から女の子が降ってきたんですぅ~~~!!」

「な、なんだと?」


 普通の人間なら冗談はよせと言うところだろうが、様々な星系で長いヒーロー生活をしていたレナードにとっては、その程度のことなど日常茶飯事なことに等しいものだ。慌てふためいてるミクに対し、


「ミクよ、まずは落ち着け。そぉら、深呼吸をひとつしろ。大きくだぞ? うむ。よし。では、ゆっくりとお父さんに状況を説明しなさい」


 冷静沈着なるレナードの言葉に、ミクも落ち着きを取り戻し、かくかくしかじかと巻き起こった惨事について説明した。


「ふぅむ……。ミクよ、その娘さんの身体には大事ないのか? 脈はしっかりとしているか?」


 レナードから促され、アーシェルの脈をとるミク。…………よかった、大丈夫そう。


「はっ、はい。大丈夫なようです」


 安堵のため息と共にレナードに報告するミク。それを聞き、電話の向こう側で首をかしげるレナード。

 クレーターを形成してしまうほどの速度で地面に激突しておいて、無傷である少女……間違いなく、地球の者ではないな。かといって、ヒーロー協会の者とも思えぬ……。まあ、ともかく、その少女をそのまま放っておくわけにもいくまい。


「ミクよ、今から救護班を向かわせる。お前はその少女のそばについて、救護班の到着を待て」

「はっ、はいっ! 了解いたしましたっ!」


 電話越しに敬礼をするミク。レナードが通話を切り、ツーツーという不通音が鳴りだしたところで、ミクも通話を切り、ポケットに携帯をおしこんだ。そして、しげしげと、自分の膝の上で目を回しているアーシェルの顔を覗き込む。


「やっぱり……どこかで見たことがあると思うんだけどなぁ……」


 首をかしげ、釈然としない思いを抱きながらも、ミクはレナードの指示通り、救護班の到着を待つことにした。

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