2-2

 シッチャカメッチャカな無法地帯になりつつある会議室の中で、ミクは吹っ飛んでくる議員たちを、きゃぁ?! わひゃぁ?! と悲鳴をあげつつも、なんとかかろうじて身をかわし、暴れ散らすレナードのそばへと駆け寄って、


「おとうさぁ~~~~ん! やめてぇ~~~!」


 えいっとレナードの足にしがみつく。これには無双の狂戦士と化していたレナードも、その動きを止め、


「ミク?! ここで何をしておる!!」


 と、その手に持ち上げていた議員を放り出し、足にしがみついているミクの肩を両手で鷲掴んで引きあげると、ミクはひゃぁ! と声をあげながらレナードの前に引き起こされた。


「ミク、ここに何をしにきたか?!」


 レナードの怒声に、きゃっ! と、ミクはたじろぎながらも、


「お、おとうさんこそ、何で会議室で暴れたりしてるんですか?」


 と反論した。それにレナードは、フン! と鼻息荒く、


「こやつらが志を忘れたわからず屋であるからだ!」

「わからず屋なのはお父さんですっ!」

「な、なんだと?!」

「わたしとの約束を忘れちゃったんですかっ?! おとうさんが怒りっぽいのは性格だからどうしようもありませんけど、だからといって、わたし以外の人にすぐ怒ったりしないでくださいねって、約束したでしょう! それに、おとうさん自身、ヒーローというものは、他者を思いやり、他者への寛容さと博愛をもってヒーローであるのだと、よく言っているじゃありませんか!」


 愛娘からの思わぬ反撃に、今度はレナードのほうがたじろいだ。


「む、むう……しかしだな」

「しかしもカカシも明石焼きもありません! あんなに何度もお願いした大事な大事な約束を破るなんて……おとうさんなんかキライですっ!!」


 ミクは頬を膨らませてプイっとレナードから視線をそらし、呆気に取られている議員たちの方へと体を向けた。


「あ、あのっ! 父がご迷惑をおかけいたしまして、本当に申し訳ありませんでした! 父にはわたしからよくよく聞かせておきますので、どうか父のことを許してあげてください……」


 深々とお辞儀をするミク。レナードはそんな愛娘の姿に、先ほどのたじろぎを忘れて憤慨し、


「お前が謝る必要などないっ!!」


 などと怒声をあげれば、すぐさまミクはレナードの方へときびすを返して、


「おとうさん!」


 と、レナードをたしなめる。だがレナードにだって言いことは山ほどある。ミクに向かって、


「よいか! そもそも私が怒っているのはだな――――」


 そう言いかけるレナードに、ミクは涙目になりながら、


「どんな理由があろうとも――約束をやぶるおとうさんなんて、キライですっ!!」


 そうして会議室から出ていこうとするミクに、レナードが慌てておいすがる。


「お、おいっ! まちなさいっ!」


 会議室から出ていく二人の後ろ姿を見送ると、議員たちは困ったもんだという思いと、やれやれやっと収まってくれたかという思いが入り混じったため息を一様にあげた。そんな中、議員の中でも一番の若手の者が、他の議員に聞く。


「前から気になっていたのですが、レナード氏とお嬢さんはまったくといって似ていませんね。それに、レナード氏には奥様もいらっしゃらないようですし、過去にそのような方がいらっしゃったという話も聞いたことがありませんのですが……。あのお嬢さんは、本当にレナード氏の娘さんなのですか?」

「なんだ、知らないのか? レナード氏とお嬢さんは確かに親子ではあるが、血はつながってはおらんのだよ。娘さんの性格と髪色を見たまえ。ちっともレナード氏に似ておらんではないか。それに、顔も似ておらんだろう? ――いや、顔は似ぬほうが幸せか」


 この一言で、議員たちは、どっと笑い出した。しかし、質問した若手の議員は生真面目そうに笑みも浮かべずに疑問を続ける。


「ということは、あのお嬢さんは養女なのですか? そうだとすると、珍しい話ですね。私の見たところ、あのお嬢さんは普通の人間のようにしかみえません。ヒーローが普通の人間を養子に迎えるなど、前例がないのではありませんか?」

「そうか……君はそのことも知らないのか……」


 周囲の議員たちは、若い議員に話してやるべきか? と目配せを交わす。それを見て取った若い議員は、


「差し支えがなければ、お教えいただけませんか?」


 と、どうしたものかと戸惑っている議員たちの背中を押した。すると、議員たちの中でも一番の古手の議員が声をあげた。


「知らぬなら、教えてやりたくなるのが人情というもの。そうは思わんかね、諸君?」


 この一声に議員たちは、「まあ、そうおっしゃるのなら……」、「たしかに、知っておくほうがよかろうよ」などと、異口同音に古手の議員に賛意を示した。


「お聞かせ、願えますか?」

「うむ。君は、レナード氏が二十年前にヒーローを引退したことは知っているね?」

「ええ、もちろん。当時のレナード氏はちょうど四十になったばかり。ベテランとして、まだまだその手腕を発揮できる力を持っていたのに、突然の引退劇でしたからね。誰もが驚いたものです」

「然り。ワシもレナードの引退の一報を耳にしたときは、年甲斐もなく、声をあげて驚いたものだよ」


 当時を懐かしんでいるのか、古手の議員は、長く伸ばしたあごヒゲを触りながら柔和な笑みを浮かべる。だが、若手の議員は、古手の議員を問い詰めるような口調になって、


「しかしです――レナード氏が引退したことは誰もが知るところですが、その引退の理由となると、誰もその理由を知りません。それゆえ、当時はレナード氏の引退劇に対し、様々な憶測が流れたのもご存じでしょう?」

「陰謀論まで流れていたな。あれには参ったものだった。あのクソ真面目な男の周囲に、そのような噂の煙が立つのは、ワシとしても非常に腹立たしいものであった。しかし、レナード本人と、あの娘の将来を思えば、レナードの引退の理由を公表するわけもいかんかったのだよ」

「つまり――レナード氏の引退の理由に、何か好ましくない問題があったと?」

「そういうことだな。ワシもあまり詳しくは話したくない内容ゆえ、簡潔に話させてもらうことにしよう。二十年前、この地球にはレナードがずっと追いかけていた悪の組織の本拠地があってな。そこでレナードは敵の首領と最終決戦をして勝利したのだが――なんと、その悪の首領には生まれて間もない赤子がおったのだよ」

「ですが、ヒーローならば悪を滅ぼすのは当然の職務でございましょう? 例えその悪に家族がいたとしても、それは仕方のないことではありませんか? いうなれば、戦場の兵士が一々感傷にひたってはいられないことと同じです」

「それが出来なかったのだよ、あの男は。たしかに悪を滅ぼした。だが、それは赤子の父を己が殺してしまったのだという事実でもあった。ゆえに、レナードは葛藤した。長い間の葛藤の末、レナードが下した決断が、引退であったのだよ。そしてそれは、その赤子を己の手で育ててみせるという誓いを立てた瞬間でもあった」

「ということは、レナード氏のお嬢さんは、その悪の首領の娘ということですか?」

「そういう、ことだな」


 はぁ。と若手の議員はため息を吐いた。


「わたしには、わかりませんね。そこまでする理由が、見当たらない。悪は滅ぼされるべきなんだ。たとえそれが赤子であろうとも、悪の血を引いているのならば、悪の血筋を立つのがヒーローというものではありませんか?」


 そういう若手の議員の眼には、いささかの疑念の色も見えなかった。たしかに、彼の言うことももっともだ。だが、それだとあまりにも心がないではないか。レナードのセリフではないが、ヒーローには慈しみの心というものが必要だ。

 だが、ここでそのような議論をおっぱじめても始まらない。とりあえず、ワシはこの若造が知りたがっていたことを教えてやった。後はどう考えようが、それはこの若造の自由というのものだ。自由――それもヒーローの重要なファクターの一つであるのだからな。


「さて、諸君。レナード――いや、支部長が帰ってくるまでに、我々の意見をまとめておこうではないか。そして、我らの意見の総意を支部長に示し、それから支部長に最終判断をくだしてもらうというのが、現状で一番の上策と思わんかね?」


 古手の議員のこの言葉に、他の議員たちも、それが一番であろうと思い、レナードによって吹っ飛ばされていた椅子やテーブルを元に戻し、各々の席へと座りなおした。


「それでは、諸君――この地球に迫りつつある問題だが…………」


 古手の議員が音頭を取り、地球に迫りつつある二つの大きな問題に対しての善後策を講じるため、議員たちはやる気なさげに会議の続きを始めるのであった――――。

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