2章 地球での騒動
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ところ変わって、地球は日本の東京のとある埋め立て地に建てられている、全宇宙ヒーロー協会・地球支部のビル。
東京都庁と変わらぬほどの大きさを有するそのビルの第一会議室にて、とある会議が行われていた。
会議の議題は、地球に迫りくる危機に対し、どのような対応をすべきかというものであった。
「誰か、何か良い案でもないのかね?!」
会議室のテーブルを、全宇宙ヒーロー協会地球支部の支部長であるレナードが、忌々しげにたたきつける。それを会議に出席していた他の議員たちは、ただ苦々しく見つめることしかできなかった。
「今、地球にはあの残虐非道かつ醜悪極まるジナビア星人の宇宙船が向かっているのだぞ?! そして、それに呼応するかのように、あの帝王エルミタージュの娘も地球へと向かいはじめ、もうすぐそばにまで迫っておる!! それなのに、これは――どういうことかッ!!!!」
レナードは手元にある報告書を、他の議員たちに見えるよう、高々しくかかげながら怒声を張り上げる。
「なぜ、ヒーローの増員が認められぬ?! ヒーローというものは、こういう有事に備えていてこそであろうが?!」
「お言葉ですが――」
議員の一人が挙手をして、レナードに意見を言う。
「最近、惑星クリシュナンの帝王エルミタージュの部下による被害が増大しており、ヒーローたちはそれらの対応に追われているのが現状です。それに――――」
ゴホン! と咳ばらいをして、議員は続ける。
「地球などという、辺境の星ごときに割く人員はない――という、本部からの返答がございまして……」
「何を言うかッ!!」
議員の意見に、レナードがくるりとカールした自慢のヒゲを震わせながら反論した。
「辺境の星であろうが、本部の星であろうが、困っているものを救うのがヒーローであるッ!! 諸君らは忘れたかッ?! 諸君らのその身を包む純白のスーツに込められた正義の意味をッ?! 諸君らは忘れたかッ?! 諸君らの胸に燦然と輝く、全宇宙ヒーロー協会のバッヂの重みをッ?!」
レナードの言っていることは至極もっともであり、まさにヒーローが常に持つべき高貴な精神というものを端的に表していた。だが、ヒーローがいなければどうしようもないというのが現状だ。
(まあ、しょうがないんじゃないの?)
(このまま地球がダメになってくれれば、別な星の担当になれるというものさ)
(やれやれ……これでやっとこのド田舎惑星への単身赴任も終わってくれるかね?)
といった、なんともやる気も覇気もない、全宇宙ヒーロー協会の一員としてあるまじき感情がありありと浮かんでいた。議員のそれらの表情を見て取ったレナードは、さらに激昂して、
「諸君らは…………それでも全宇宙ヒーロー協会の一員かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!!!!!」
と、雄たけびをあげながらテーブルを激しくたたきつけ、テーブルをものの見事な破壊音と共に粉砕してしまった。
「お、落ち着いてください支部長!!」
駆けよる議員をレナードは振り払い、
「諸君らがそのような態度なら、私にも考えがあるッ!! ヒーローの増員がないというのならば、この不肖レナード=アレクサンドラ=クラスノヴァが、あの帝王エルミタージュが娘の相手を
「おやめください! いくら支部長が元ヒーローとはいえ、支部長は引退してからもう二十年も経っているではありませんか!」
アーシェルが何をしにこの地球へ向かっているのかわかっていないのに、こんな血気盛んなハゲジジイがいきなりケンカをふっかけてしまえば、それこそ地球の破滅はまぬがれない。
とばっちりはごめんだと、会議に出席していた全ての議員が、年寄りの冷や水を熱湯に変えかねない熱さのレナードに、いっせいに飛び掛かっておさえつけにかかる。
「ええいッ!! 放せッ!! 放さんかぁッ!!」
飛び掛かってくる議員たちを、レナードは、ちぎっては投げ、ちぎっては投げの大暴れ。
会議室内は、レナードの怒声と議員たちの大声と、投げ飛ばされた議員たちの悲鳴と、調度品のぶっ壊れる音が入り混じった、てんやわんやの大騒動。
このままでは、本当にアーシェルに対して、レナード一人で立ち向かっていきかねない。
ええい、めんどくさい爺さんだ! なんとか、このわからずやの唐変木をどうにかできないかと、議員たちがなんとか必死に押しとどめようとしていたところ、
こんっ――こんっ――。
と、会議室の入口ドアを、ひっじょぉ~~~~に申し訳なさげに叩く、小さなノックの音が響いた。
しかし会議室内は大騒動の真っただ中であり、そんな極小なノックの音にだれも気付くわけもなく、相も変わらずどったんばったんがっしゃらこんと、レナードと議員たちのしのぎを削るやりとりが続いていた。
すると、もう一度、
こんっ――こんっ――。
今度は、先ほどよりも気持ち強めのノック。
しかし、やはり誰も気づいてくれない。
どうしましょう……。
ノックの主は考えた。そして、勇断をくだした。
お声がけを……させていただきましょう……。
普通に考えれば、至極当然の決断であるが、ノックの主にとっては、たくさんの人たちに向かってお声がけをすることは、清水の舞台から飛び降りるほどの勇気を要するのだ。
すー……はー……と、何度も深呼吸をして決意を固め、そしてノックの主は、
「あ……あのぉ……おっ、お茶を……そ、その……おもちしました……」
と、蚊の鳴くような小さな声で言った。当然そのような声量では、会議室内の渦中の人間たちに聞こえるはずもなく、誰からの応答はなかった。
どうしよう……。なんだか、すごいお取込み中のようだし、勝手に開けちゃやっぱりいけないよね……。ううん……。でも、このままだと皆さんのお茶が冷めてしまうし……。
ノックの主がドアの前で、議員たちへのお茶を乗せたお盆を手に持ったまま、どうしようかな、どうしようかな、とオロオロしていると、
――――おぉぉぉぉおおわぁああぁああああっ!!
という議員の悲鳴が、ドップラー効果を伴いながら近づいてきた。
「……ふぇ?」
ノックの主がドアの方を向いて、素っ頓狂な声をあげると、
ドォォ~ン!! っとドアが勢いよく開き、開いたドアからレナードによって投げ飛ばされた議員の一人がノックの主に向かって飛んできた。そしてノックの主が持っていたお盆をその身体でもってふっとばし、そのままノックの主へどし~~んとぶつかった。
「ふみゃ?!」
妙なうめき声をあげながら、ノックの主が議員ともみくちゃになりながら転がっていく。
廊下の壁にどんと突き当たって止まったところで、ううむ……と議員がうなりをあげた。
――くそぉ、あの爺さんめ。部屋のそとまで投げ飛ばすなんて、無茶をやりやがる。顔面からドアにぶつかってしまったじゃあないか。まったく、都合よく柔らかいクッションがあったからよかったものを、それがなかったら大怪我だ。
そのクッションに顔面を押し込んだ議員はそこまで思案したところで、頭の中に一つの疑問を浮かべた。
――うん……? クッションなんて、そんなものがあったか? それに、やけにやわらかくて良い匂いがするな……。
衝突のショックを見事に吸収してくれた巨大な二つのやわらかくて弾力のあるクッションに、議員は手をついて顔を引き抜こうとした。
手をつくことで、改めてこのクッションの見事なやわらかさと弾力の織り成すハーモニーにを感じ、議員は思わず舌を巻いた。許されるならば、一日中でも揉みしだいていたくなるような好ましい感触と中毒性だった。
――ううむ。これはなんという上質なクッションか。本星に帰る時の宇宙船の座席のクッションに採用したいものだ。
などということを考えながら顔をクッションから引き抜く。すると、目の前に広がる光景に議員は思わず、
「こ、これは?!」
という声をあげた。
なぜなら、議員の目の前には全宇宙ヒーロー協会の女性事務員が着用する、日本の警察の婦警とよく似たタイトな制服を着た少女が倒れていたのである。そして、その少女の胸はタイトな制服が今にもはちきれそうなほどに豊満であった。
議員は先ほど己の顔と手に感じた感触を思い起こしながら、目の前に倒れている少女を見つめた。
――まさか……先ほど、私が顔をつっこんでいたところというのは……。先ほど、私が手をついて、ついでに少し揉みしだいてしまったモノは……。
その答えは言うまでもないだろう。議員が顔を突っ込んでいたところは少女の胸の谷間で、揉みしだいたモノは少女の破壊力抜群の大きさの胸である。
――こいつは得した。爺のかんしゃくからの思わぬラッキー展開だ。
と、議員は未だやわらかい感触が残る手をにぎにぎして弄んだ。
だが体つきはホットだが、その顔は果たしてどんなものかな? 議員は倒れている少女の顔を改めて注視した。
度の強そうな大きなまんまる眼鏡に、右目の下にぽつんとついている泣きボクロ。髪は腰まで届くつややかなロングヘア―に、この少女のトレードマークというべき、サクラの花の飾りのついた桃色のカチューシャと広いおでこ。
少女の顔を確認して、議員は戦慄した。
なぜなら、倒れているこの少女というのは、レナードの一人娘である、ミク=アレクサンドラ=クラスノヴァだったからである。
「みっ、ミクお嬢さん?!」
倒れて目を回しているミクに慌てて駆け寄る議員。すでに彼はさっきの幸運に対する余韻など消えてなくなり、あるのはただ、娘のおっぱいを揉みしだいたことをレナードに知られた時の、己の身に降りかかるであろう死の恐怖のみ。
「お嬢さん!! お嬢さん!! 大丈夫ですか?!」
ミクを抱きかかえ、必至にミクの体をゆする議員。それに合わせてたゆんたゆんと揺れる、ミクの二つの危険物。むううう、目に毒だ!! 早く起きてくれよ、お嬢さん!!
そんな議員の必死の願いが通じたか、
「う……ううん……?」
と、ミクがゆっくりと意識を取り戻しはじめた。
「ああ、よかった。お嬢さん。どうです、どこか痛いところなんかありませんか?」
「ふぇ……? あ、はい。痛いところはないみたいです……」
意識がまだあまりはっきりしていないせいか、きょとんとした表情でミクは言った。だが、やがてじわじわと意識がハッキリしてくるにつれ、自分が置かれている状況に気づき始める。
あれ? わたし……どうして議員さんに抱きかかえられてるんだろう……? えっと、なんだか悲鳴みたいなのが聞こえてきたら、ドアがどぉぉぉ~~んって開いて……。
そこまで思ったところでミクは、あっ!! という表情をして、抱きかかえてくれている議員の腕からするりと抜け出し、あたふたと地面にジャンピング土下座をし、おでこを地べたにこすりつけるほどに頭を下げた。
「ごっ、ごめんなさい! ごめんなさい! あ、あのっ! わわわ、わた、わたしっ! そのっ、皆さんにお茶をお持ちしたのですが、えっと、なにやらお取込み中のようでしたから、そ、外で待っていたのですけど! で、ででで、でもっ! あ、あの、お茶が冷めちゃったら、おいしくないかなって思いましてっ! でっ、ですから、そのっ! ドアにノックをさせていただいたのですが、そっ、そしたら、どぉぉぉ~~んってドアが開いてっ! お、お盆がぴゅ~~~んって飛んじゃって、そのっ! つ、つまり……そのぉ……お茶は、えっと……全部、こぼれちゃって……すっ、すみません! ごめんなさい! 申し訳ありません! お詫びの言葉もございません! なにとぞご容赦のほどを!」
何度も何度も頭を上げ下げしながら、まるでマシンガンのごとき繰り出される、怒涛の謝罪の言葉の連続。その途中、ミクは勢い余って何度かおでこを地べたにぶつけていたが、そんなことなど何するものぞと、おでこをほんのり赤く染めながら、神に許しを請うかのごとく謝罪を繰り返し続ける。
しかし、謝りたいのは議員のほうである。まさかの土下座に謝るタイミングを逸した議員であったが、そこは年の功というべきだろう。ミクの土下座に最初はとまどっていたが、
――こうやって謝ってるってことは、さっきのおっぱいの一件には気づいてないか? じゃあ、ヘタに謝るより、彼女の謝罪を受けてやって許してやるという形にするが上策か……。
と、状況を冷静に分析し、
「いえいえ。お嬢さんがそんなに気に病む必要などないのですよ。全部、水に流しましょう」
と、謝り続けるミクに向かって、微笑みながらそう告げた。
「ほっ、ほんとうですか? あっ! ありがとうございます……!」
今度は許されたことに対し、涙目になりながら土下座の姿勢のまま深々と頭を下げた。
よしよし。これであの爺に何かされるような心配はなくなったな。と、議員はしたり顔。その瞬間、議員の頭にひらめきの閃光が走った。
――待てよ……。あの爺は、この小娘のお願いにはめっぽう弱い。となれば、利用しない手はあるまいよ。
ピンチをチャンスに変えるのがヒーローというものである。この議員もまた、昔はヒーローとして、それなりにブイブイ言わせていた剛の者。さっそく、思いついた悪知恵を実行しようと、ミクに言う。
「ところでミクお嬢さん。これは少し言いにくいことなのだが――」
急に深刻そうな声を出す議員。
それを見てミクは、ああ! やっぱり、わたしがお茶を出さなかったことに怒っていらっしゃるんだ! と、またもガトリング謝罪を放とうとするが、それを議員が慌てて制止し、
「いやいや! お嬢さんのことではありませんよ! 実はですね――お嬢さんの御父上が会議室でちょっとお暴れになっておりまして」
「ふぇ?! ま、またですかぁ?!」
「ああ、そうなのだよ。なんとか機嫌をなおしていただこうと、私たちもやっきになっているのだが、どうにも機嫌をなおしてくださらない。そこで、お嬢さんになんとか御父上の機嫌をとりなしてもらえないかと思っているのだが――――」
議員がここまで言ったところで、ミクは飛び上がるようにして立ち上がり、
「わっ! わかりましたっ! 不肖わたくし、ミク=アレクサンドラ=クラスノヴァっ! 全宇宙ヒーロー協会の一員として、議員様の勅令っ! つ、つつつ、謹んでお受けいたしますっ!」
そう言って、ミクは膝に頭をぶつけるほどのお辞儀をして、
「おっ、おとうさぁ~~~~ん!」
と叫びながら、あわわわわっ! と、渦中の会議室の中へと飛び込んでいった。議員はミクのその姿を見届けると、
――よし、これで中はなんとかなるだろう。私はこのまま帰って、本星によびだされた時の準備でもするとしよう。
そう心の中で呟き、安堵のため息一つ吐き出して、さっさと自分の家へと帰ってしまったのであった。
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