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「うふふふふ……もぉ~楽しみでしかたありませんわっ♪」


 漆黒と虚無の広がる宇宙空間を、七色の光を帯びた流星となったアーシェルが駆けていた。


「お父様は何か勘違いなさっておいでですわ。アーシェルは別に地球が欲しいわけでもありませんし、地球を滅ぼすつもりなんかもありません。それに、地球を滅ぼしてなんかしまえば、アーシェルが地球へ行く目的もなくなってしまいますわ」


 そんなことをつぶやきながらも、急げや急げとすさまじいスピードで地球へと一直線にむかうアーシェル。

 普段ならばちょっかいをかけたくなるようなきらびやかな宇宙船が近くを通ったときも、綺麗な宝石の数々が地表に散らばっている鉱石の惑星の近くにきたときも、それらには目もくれず、ただひたすらに地球への旅路を急ぐ可憐な虹のパステルをまといし流星の少女。


 ――――こうまでアーシェルを地球へと駆り立てるものとは、いったいなんであろうか?


 うん? その前に、なぜアーシェルが真空の宇宙空間にもかかわらず生きていられるのか、だって?

 その秘密は、アーシェルが真空状態でも活動が出来る秘密は、彼女がまとっているフリルのついた黒いレオタードスーツにある。

 このスーツ、見た目こそ、ただの可愛いフリルの装飾のついたレオタードのように見えるのだが、実はこのスーツ――アーシェルの故郷である、惑星クリシュナンの科学技術の粋を結集して作られた、アーシェル専用のスペシャルオーダーメイドスーツなのだ。

 そんな特注のスーツゆえ、様々な便利機能が搭載されており、その中の一つである、『アーシェルの周囲に酸素がなくなると、アーシェルの全身を酸素の膜で包み、真空状態でも活動可能にする』という機能によって、アーシェルは宇宙空間でも活動が可能となっているのである。ちなみにこの膜は、宇宙線の遮断も担っている。

 とまあ、このスーツには他にも様々な便利機能があるのだが、一つ一つ説明していくと、それこそアーシェルがさっさと地球に到着してしまうので、ここらで説明を切り上げて話を本題に戻すことにしよう。


 なぜ、アーシェルが宇宙の中でも辺境の星ともいうべき地球へと興味を持つことになったのか? それはやはり、本人の口から聞くのが一番であろう。

 おあつらえ向きに、今のアーシェルは超ゴキゲン。自然と口も軽くなるというものだ。ほら、こっちが聞くまでもなく、誰かに聞いてもらいたいのか、アーシェルがきゃっきゃと地球への想いを抱くことになったきっかけを話し始めたぞ。


「思い起こせば二年ほど前だったでしょうか。地球から来たというヒーローを、お父様がいつものように消し炭にしたその時でした。アーシェルは、その時初めて、地球という星の存在を知ったのです。アーシェルの知らない星――それはいったいどのようなところでしょう? そんな好奇心が、アーシェルが地球へと思いをはせるきっかけになるなんて、夢にも思っていませんでしたわ。そして、まさかこうして、実際に地球に行けるようになるなんて――それこそ当時のアーシェルが知ったら、どんな思いを抱くことでしょう?」


 クスクスクス、といたずらっ子のような愛らしい笑みを浮かべながら、アーシェルは続ける。


「そのヒーローが乗ってきたという宇宙船をビルタンが回収してきた時、アーシェルはビルタンにお願いして中を見させてもらいました。中を覗いてみて、最初は少し残念に思ったものです。だって、宇宙船の中にあるものは、アーシェルたちクリシュナンの人々と、そう大して変わらない日用品の数々。いくら違う惑星とはいっても、同じ人類。やっぱり、違いなんてないのでしょうか? と、ちょっぴり寂しくなった、その時でした――――」


 アーシェルは突然、ギュンッ!! と急停止した。そして両手を胸の上にあてて目をつぶり、まるで大事な宝物でも愛でているかのような、何かを愛おしむ柔和な笑みを浮かべて、当時のことを回想しはじめた。


「映像モニターのそばに大量に積み上げられていた、キラキラと光る円形の記憶媒体――地球では、DVDと呼ばれているそうですね――を見つけたのです。その時はそれがなんなのかはわかりませんでしたが、ビルタンが解析してくれたおかげで、それが記憶媒体とわかりました。あぁ! アーシェルの知らないステキなものが、この小さな記憶媒体につまっているんだ! そう思えば思うほど、アーシェルの胸の高鳴りもどんどん大きくなっていったものです」


 片足をあげてまるでフィギュアスケートのように優雅に滑るように移動しながらウットリとした表情となって、アーシェルは歌を歌うかのようにささやいた。


「そしてアーシェルは、お父様やお母様、それにビルタンにも気付かれないように気をつけて、記憶媒体をもちだして地球の宇宙船の中に忍び込みました。なぜなら、宇宙船の中の映像モニターについているレコーダーでなければ、その記憶媒体の中を見ることができなかったからです。アーシェルに、このレコーダーを扱うことができるのかしら、と心配しましたが、思いのほかレコーダーの操作は単純で、すぐにレコーダーの中に記憶媒体をいれることができました。そして響く、レコーダーが記憶媒体を読み込んでいる音――まるで、未知の世界の到来を奏でる、厳かな楽器の音のように感じたものです…………」


 くるくるとその場でスピンをはじめるアーシェル。


「やがて、映像モニターに、記憶媒体に記憶されている映像が映し出されました……。それを見た時の、アーシェルの驚きといったらありませんでしたわっ!!」


 アーシェルはスピンをやめ、ロケットのように上方へとビューーーンッ!! と高速移動すると、前方に大小様々な大きさの小惑星によって形成された、小惑星帯アステロイドベルトが広がっていることに気が付いた。


「まあっ! この小惑星帯は、木星と火星との間に広がっている小惑星帯ではありませんかっ! もうこんなところまで来たのですねっ♪」


 ビルタンをおどして作らせた地球への航路図を、擦り切れるまで何度も何度も眺めていたことで、アーシェルは地球への航路と、その間にある小惑星帯や惑星まで完全に記憶していたのである。

 もう少しで地球が見えますわっ♪ と、ルンルン気分でアーシェルは小惑星帯までひとっとびし、すぐさまその中に入り込んで、きょろきょろと何かを探すように周囲を見渡した。

 あっ♪ と弾んだ声をあげるアーシェル。どうやら、目的としているものを見つけたようらしい。

 つつーーっ、と滑るように移動するアーシェル。その先には、アーシェルが腰かけるのに最適な大きさの小惑星が浮かんでいた。

 その小惑星のそばへと行くと、アーシェルは小惑星の表面を手で丁寧にはたいて綺麗にし、綺麗にしたところへ、ちょこんとおしとやかに腰かけた。


「ああ……その時のことを思い出せば思い出すほど、アーシェルの地球へのあこがれは強くなっていきます」


 足をパタパタとさせながら、アーシェルは両手を腰の後ろの地面へと置き、まだ見ぬ目的地である、地球の方角の方を見上げた。


「この先に、アーシェルが夢にまで見るほどに焦がれた地球があるのですね……。そして、その地球には、このアーシェルが二年もの間、焦がれに焦がれ続けたアレがあるのですわ……」


 しばらくの間、アーシェルは地球の方をじっと見上げつづけ、地球への想いをはせた。

 いや、正確に言えばちょっと違う。アーシェルの想いが地球へと向けられているのは確かだが、今のアーシェルが強く想いをはせているのは、地球でしか作られていない、あるモノに対してであったのだ。

 さて、その、あるモノとは…………?


「あの、アニメとかいうモノっ!! あれはなんと素晴らしいモノでしょう!! アーシェルがおチビさんだった頃から、いつかはアーシェルの前に現れてはいただけないかしらと夢想を続けていた王子様!! あのアニメというモノは、そんなアーシェルの理想そのものの王子様を、映像の中で見事に描き出していました!! しかもそればかりか、映像の中で生き生きと動かすことができるなんて……!!」


 感極まり、アーシェルは思わず両手を頭上高く掲げ、頬をほわっと薄紅色にそめながら、きゃぁぁ~~~! と黄色い声をあげた。

 そう、アーシェルがどうしても地球に行きたかったその理由とは――――地球からやってきたアニオタヒーローが持っていた、アニメDVDの続きが見たいというものだったのである。

 なんだ、たかがそんなことかと思われるかもしれないが、父親がアレなせいで、幼少の頃より友達が一人もいなかったアーシェルにとって、アニメを見ているときが一番の幸せな時間であったのだ。

 それゆえ、DVDが焼き切れるほど、何度も何度も同じアニメを繰り返し見つづけ、セリフも全て暗記してしまうほどのいれこみよう。それこそ、地球のアニオタなんて足元にも及ばぬほどである。

 そんなアーシェルが地球に行きたいと思うのは自明の理。むしろ、家出同然に勝手に出ていかなかっただけ、マシだといえるだろう。もし、そうしていたならば、娘に嫌われたと勘違いしたエルミタージュによって、全宇宙はとんでもない八つ当たりをうけていたに違いない。


 きゃあきゃあと、小惑星の上で頬を淡く染めながら身もだえする今のアーシェルの姿は、誰がどう見ても、恋する乙女の姿。

 もし、こんなアーシェルの姿をエルミタージュが目撃してしまえば、それはもう卒倒ものだ。そして、現実には存在しない、アーシェルが想いをよせる王子様をぶっ殺してやると、涙ながらに咆哮しながら全宇宙を恐怖の渦に飲み込んでしまうことうけあいだ。

 そういう意味では、アーシェルがエルミタージュのそばを離れたのは、宇宙の平穏のためにも喜ばしいことといえる。そのかわり、エルミタージュの心の平穏が乱されてはいるのだが、そこはまあ我慢していただくしかあるまい。


 ひとしきりきゃあきゃあと声をあげると、アーシェルはゆっくりと立ち上がり、誰にでもなくおしとやかなお辞儀をひとつした。そして、座っていた小惑星から飛び上がり、またも超光速の七色の流星へとその身を変え、地球という楽園への旅路を再開させた。

 どんどんと地球が近づいてくるにつれ、アーシェルの心の中も七色の光にそまっていくようだった。


「地球についたら、まず何をいたしましょう? アニメもみたいですし、アニメの聖地とかいう場所へも行きたいのですが――――とにもかくにも、まずは、アニメを作っていらっしゃる方のもとへと行かなければなりません。そして、お願いするのです……あのアニメの中で、理想の王子様とアーシェルの恋愛模様を描いていただいてもらえませんかとっ!! 様々な障害を乗り越え、王子様と結ばれるアーシェル……そして、やがては結婚式を挙げ、その後は…………」


 純情可憐な十六歳の少女が妄想することのできる、限界いっぱいいっぱいのイケナイ妄想を浮かべ、アーシェルはリンゴのように頬を真っ赤に染め上げて、両手で顔を抑えながら、きゃぁ~~!! きゃぁ~~!! と、イヤイヤをするように悶えながら、今までで一番のスピードで宇宙を駆ける。


 だが――その時であった――――。


 宇宙の意志によるものか、はたまた神のいたずらとでも言うべきか――アーシェルの進路に、蒼い尾をひく巨大な彗星が突如として飛び込んできたのである。

 いつものアーシェルなら、あぶないですわ、と軽く身をひるがえして易々と避けていたことだろう。

 しかし、今のアーシェルは妄想の世界に浸る、前方不注意な箱入り娘。速度をゆるめることなく――むしろ、彗星へと向かってぐんぐん加速していく始末。

 近づいてくる彗星。気づかぬアーシェル。

 両者の距離がどんどん近づいていく……そんな両者の激突までのカウントダウンが始まった。


 三……。

 二……。

 一……。


 ――――そして、運命の瞬間がおとずれた。


 がーーーーんっ!! と脳天から彗星に激突するアーシェル。妄想の世界から現実の世界へと呼び戻されるにはいささか強烈なショックに、アーシェルは思わず、


「んぎいっ?!」


 と、淑女レディにあるまじき声を出してしまった。

 次いで、アーシェルと彗星を中心に、激突による衝撃波が、水面に石を投げ込んだ時の波紋のように広がっていく。


 すさまじい衝撃。すさまじいエネルギー。


 衝撃波は途方もない距離まで広がっていき、近隣の小惑星をその力でもって弾き飛ばし、弾き飛ばされた小惑星は近くの惑星へと隕石となって落下していった。

 アーシェルに激突した彗星も、激突の衝撃によって粉々になり、いくつもの小惑星となって辺りに吹き飛んでいった。

 そんななか、アーシェルの方はどうなったかというと――――、


「あぁ~~……うぅ~~~……」


 と、目をグルグルまわして、ヘロヘロな声をあげながら、あっちにフラフラ、こっちにフラフラと頼りなさげに辺りを漂う根なし草。

 意識は薄れ、力が体から抜けていく。

 そんな薄れる意識の中でもアーシェルは、


(ち、ちきゅ、う……へ……い、いく……の、です……わ……)


 と、地球への熱い想いを糧に、必死に意識をつなぎとめながら、今や目と鼻の先の場所になりつつある地球へと、フラフラ、フラフラと向かっていくのであった。

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