1-3

 一人になったエルミタージュはというと、相も変わらず思案を続けていた。


 ――どうすべきか。だが、このままでは間違いなく、よからぬ方へとすすんでしまう。かといって、あれの好きにさせるのもまた問題が起きよう。


 うつむきながら、答えの出ぬ思案を続けているエルミタージュの耳に、


「――お呼びでございますか?」


 という、エルミタージュが最も愛する可憐な声が聞こえてきた。エルミタージュは顔をあげ、


「――来たか」


 と声の主へと告げた。

 声の主は、少女であった。

 青空に練乳をたらしたかのような、淡い青色をしたロングヘア―。意志の強さを感じさせる、少し切れ長の目の中に浮かぶ澄んだ青色の瞳。エルフを彷彿とさせるような尖った耳を持ち、ツンと持ち上がった自己主張の強いバストと引き締まった臀部を、漆黒のゴシック調のドレスで包み込んだその姿は、まさに美少女と呼ぶにふさわしい。

 エルミタージュは、少女の後ろで平伏していたビルタンに、さがってよいと告げ、ビルタンを玉座の間から追い出した。玉座の間には、エルミタージュと少女だけが取り残されている。

 少しの沈黙――それを少女の言葉が打ち破った。


「それで……なんの御用ですか? お父様――――」


 そう、この少女――アーシェルは、エルミタージュの一人娘であり、そしてエルミタージュの目下の悩みのタネでもあったのだ。エルミタージュはゴホンと咳ばらいをし、


「地球に、ジナビアの者共が向かっておるそうだ」

「地球に――ですか?」


 エルミタージュの言葉に、アーシェルは目を細めた。そしてアーシェルの周囲が陽炎のように揺らめき始めた。凄まじいまでの力が、アーシェルの全身から漏れ始めているのだ。


「ま、まあ、そう怒らないでおくれ、あーちゃん!」


 先ほどまでの威厳たっぷりだった口調はなりを潜め、今はただ、娘を溺愛してやまない甘い父親にしか過ぎぬ口調へと変わったエルミタージュがあたふたと言う。そんなエルミタージュをアーシェルは、キッ! と睨みつけ、


「その呼び方はおやめくださいと何度言えばいいのです! アーシェルはもう十六になるのですよ!」

「ど、どうしてだい? いくつになっても、あーちゃんはあーちゃんだろう? 余にとって何よりも代えがたい、可愛い可愛いあーちゃんだろう?」


 顔をすりよせようとしてくるエルミタージュを、アーシェルが逆平手で思いっきりひっぱたく。


「ぬぉっ!?」


 エルミタージュは驚嘆の声をあげながら、猛烈なスピードで宮殿の壁へと吹っ飛んでいき、そのまま轟音と共に壁へと激突した。激突した壁には、エルミタージュが激突した姿そのままの穴が、ぽっかりとあいてしまっており、それが激突の衝撃のすさまじさを物語っていた。

 しかし、当のエルミタージュはというと、


「わかっておるぞ、あーちゃん。あーちゃんは恥ずかしがりやさんだから、このような愛情表現になってしまうのだということを。うむ。今日もあーちゃんは元気でよいことだ。そもそも、若い娘というのは、少々おちゃめなくらいがちょうどよいものであってだな…………」


 などと、ぶつくさと愛しい娘の賛辞を好き勝手にほざきながら、自らの形の穴から何事もなかったかのようにひょこっと現れ、不機嫌そうに目をつりあげているアーシェルの前へと戻ってきた。


「お父様!!」


 声はかわいらしいが、エルミタージュを凌ぐほどの迫力をもった怒声が、エルミタージュへと向けられる。その誰もが見とれるような美しさと愛らしさを同居させた姿とは裏腹に、アーシェルは父であるエルミタージュを凌ぐほどの力の持ち主なのだ。

 そして、その性格も、エルミタージュすら閉口してしまうほどの残忍さを有していた。そんなアーシェルを本気で怒らせてしまってはたまらぬと、エルミタージュは優しく諭すような口調で、


「ほらほら、そんなに怒っては、可愛いあーちゃんの顔が、いつも怒ってるパパのような顔になってしまうよ?」

「……それはイヤです。わかりました、気を落ち着かせることにいたします」


 すー……はー……と深呼吸をするアーシェルを見て、エルミタージュの心はちょこっとだけ傷ついた。

 そこまでパパの顔がイヤなのか……。いや、これも恥ずかしがりやのあーちゃんのことだ、あんなことを言ってはいるが、本当はパパのことが好きでたまらないに決まっておる、という勝手にそう思い気分を持ち直した。

 アーシェルが深呼吸を終えると、アーシェルの周囲の陽炎もおさまった。どうやら、怒りは幾分かおさまったらしい。


「お父様。もう、議論の余地はございませんね? アーシェルは、これより地球へと向かわせていただきます」

「ううむ……しかし、なぁ……。あーちゃんよ、どうしても、あの地球でなければダメなのか? この惑星クリシュナンも、地球に勝るとも劣らずの美しい環境ではないか?」

「ええ、お父様の言う通り、ここは素敵な場所ですわ。ですがお父様――前からアーシェルが申しておりますように、アーシェルは別荘が欲しいのです。別荘というものは、できるだけ本宅よりも離れていた方が別荘としての価値があるものですわ」


 それに、アーシェルはお父様がいないところで一人ゆっくりと羽を伸ばしたいのです、という喉元まで出かかった言葉を押しとどめながらアーシェルは言った。いかに残忍な性格とはいえ、さすがに父に対しては多少の気づかいのできる優しさは持ち合わせている。なんだかんだといっても、そこはやはり少女であり、そして娘ゆえの優しさであろう。


「むぅ…………」


 一々、理にかなっているアーシェルの言うことに、エルミタージュはただ唸ることしかできなかった。

 エルミタージュとしては、アーシェルを常にそばに置いておきたい。それはエルミタージュが、父として娘を溺愛しているのも理由の一つだが、最も大きな理由はそれとは別なところにあった。


 アーシェルを野放しにしてしまえば、いったいどのような破天荒を働くか予想がつかないのだ。

 以前も、今回のように「少し遊んできますわ」と言って一人で出ていった時には、他銀河の植民地惑星をめちゃくちゃにしてきたし、「花火が見たいですわ」と言ったかと思うと、これまた他銀河にて超新星爆発を引き起こしてくるなど、ともかくやることが一々大がかりで、エルミタージュからすればハラハラのしっぱなしなのだ。


 それに、そんな破天荒の数々から、アーシェルが全宇宙ヒーロー協会から目をつけられていることを、エルミタージュは知っていた。ゆえに、アーシェルが外出したとなれば、即座に全宇宙ヒーロー協会からの刺客が次々とアーシェルのもとに送られることになるだろう。

 まあ、全宇宙ヒーロー協会ごときがアーシェルに何かできるわけがないと確信はしているが、そこはやはり親心。大丈夫だとわかってはいても、心配で心配でたまらないのである。


 だからといって、このままアーシェルを引き留めてしまえば、娘がかねてより欲しがっていた別荘は、あの四本足で紫の体色をした醜いジナビア星人の手によって、奴らと同じかそれ以上の醜い星へと作り替えられてしまうだろう。そうなってしまえば、娘はきっと、父を許さないばかりか、大癇癪を起こして近隣の銀河や星系を無茶苦茶にしてしまうに違いない。さすがに、そんな宇宙規模の大惨事だけは避けなくてはならない。

 エルミタージュは決心した。

 仕方がない……ここはあーちゃんのわがままを聞いてやるしかなかろう。


「わかった――あーちゃんの好きにするがよい」


 この言葉に、アーシェルは年相応の無邪気な笑みを浮かべながらエルミタージュの腕に抱きついて、


「ありがとうっ! だから、アーシェルはお父様のことがだぁ~~い好きなのですっ!」


 と、愛嬌たっぷりにエルミタージュへと投げかけた。数年ぶりに娘から甘えられて、エルミタージュの心はまさに天にも昇るといった心地になり、とても他人には見せられぬほどのだらしのないニヤケ顔を浮かべた。だが、顔を振ってすぐに気を取り直し、


「しかし、十分に気をつけるのだよ? 恐ろしいことがあったり、困ったことがあったら、すぐにテレパシーでパパに助けを求めるのだよ?」

「はい、わかっていますわ」

「それと、ママとの約束事も守るのだよ?」

「無駄に蹂躙しない。無駄に破壊しない。無駄に戦わない。無駄に相手を挑発しない。でしょう? わかっていますわ」


 口うるさいエルミタージュの腕から、アーシェルがささっと飛びのく。そして、その場でくるりと回ったかと思うと、着ていた漆黒のゴシックドレスが、フリルのついた漆黒のレオタードスーツへと変化する。アーシェルの身体にジャストフィットしたそのスーツは、アーシェルのスタイルのよさをこれでもかと言わんばかりにアピールしていた。


「それでは、お父様――――行ってまいります」


 エルミタージュに向かって、アーシェルが育ちの良さを彷彿とさせる礼儀の良い一礼をした――が、その刹那――――、


 ズドォォォォォォォォンッ!!!!!!


 という、とてつもない爆発音とそれに伴う爆風を周囲にまき散らしながらアーシェルは跳躍した。

 そして、そのまま宮殿の天井をぶちぬいて、一挙に大気圏を突破し、意気揚々と遥か彼方の目的地である地球へと、光速の流星となって向かっていくのであった。

 アーシェルが空けた天井の穴を、落ちてくる瓦礫を避けることなくエルミタージュは見つめていた。


 ――――なにやら、胸騒ぎがする。それも、今まで、余が感じたこともない、強烈な胸騒ぎが。


「だが……あーちゃんに限って、その身に何か起こるとは考えにくいが……」


 となれば、あーちゃんが地球近辺で大暴れをするかもしれぬという、そういう胸騒ぎであろうか?

 あの醜いジナビア星人が地球に向かっていることを考えれば、確かにそう考えるが妥当と思える。あーちゃんは、醜いものがこの世で一番キライなのだからな。


「ふん……汚い星の美しい爆発が見れるかもしれぬな……」


 胸騒ぎをおさえ、エルミタージュはビルタンを呼びつけて天井の修理を下知した。そして、誰にも気づかれぬように、エルミタージュは愛しい娘の無事を心の中で祈るのであった。

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