1-2

 しばらく思案を続けていたエルミタージュであったが、やがて意を決したように堂々と玉座に座りなおし、


「ビルタンはおるかっ!!」


 と、宮殿中に響き渡る迫力のある声をあげた。

 すると、カブトムシと人間を組み合わせたかのような姿をした怪人が、全力疾走で転がり込むようにしてエルミタージュの前へと現れた。

 この怪人の名はビルタンといい、エルミタージュに長く仕えている部下であり、執事も兼用している働き者だ。

 ビルタンは、肩でゼイゼイ息をしながら、


「お、お呼びでございますか!!」


 と、怯えからくる震え声で言い、エルミタージュの前に、ははぁ~~~っとひれ伏した。


「下郎のせいで壁が壊れた。すぐに修復させよ」


 ははぁ~~~っとビルタンは、エルミタージュの下知を承った。ただ、内心は、いやいや、あなた様が手加減してくれればこんな余計な手間をしなくてすむのですが、と思ってはいたのだが、そんなことを臆面に出してしまえば命がない。

 とにかくなんでもいいから、ははぁ~~~っとひれ伏しておけば、主人は納得してくださるのだと、ビルタンは長い部下生活で心得ていたので、


「それでは、仰せの通りになさいますです、はい……」


 と早々に切り上げて立ち上がろうとした。だが、立ち上がろうするビルタンを、


「待て」


 と、エルミタージュは制した。ビルタンは肝を冷やして一段と深くははぁ~~~っと平伏する。やばい。なにか、主人の気に障ることでも、あたしがやっちまったかしらん?

 ビルタンは恐る恐る顔を上げ、


「な、なにか、まだあたしに御達しがございまして……?」

「あの調査の件はどうなっておるか?」

「ちょ、調査でございますか……?」


 ビルタンが質問にすぐ答えぬことに気を悪くしたエルミタージュが、左手をビルタンの方へと向ける。それに気づいたビルタンは慌てて、


「あ、ああ! ああ! あの地球とかいう惑星の調査の件でございますね?!」

「うむ――」


 エルミタージュが左手を下ろしてくれたことに、ビルタンはホッと胸をなでおろして、報告を続ける。


「原生民の文明レベルは下の中といったところでございます。武装レベルもそれに準じているため大したことはございませんが、戦術核にだけは注意すべきかと存じます。戦術核によるこちらの被害は大したことはございませんが、問題はそれを使用されることによる、地球の環境破壊でございます。こちらが占領した後に色々と面倒なことが多くなることでしょう。次に、地球の重力や環境についてですが――――」


 ビルタンの報告を、エルミタージュはずっと押し黙ったまま聞いていた。


「……以上でございますが、何かご不明な点はございましたでしょうか?」

「一つ、ある」

「ははぁ~~~っ。どの点でございましょうか?」

「余のほかに、地球を狙っておる勢力はあるのか?」

「ええっと……たしか、ジナビア星雲のジナビア星人の連中が狙っているとの情報がございます」

「なんだとッッ!!!!」


 衝撃波をともなうほどの強烈なエルミタージュの怒声。ビルタンはその衝撃波をまともに受けてしまい、ひぇぇぇ~~~~っ! と情けない声をあげながらゴロゴロゴロゴロと、後ろへと転がっていく。やがて壁に激突したところでビルタンの後転は止まった。

 キレた主人は何をするかわかったものではないと、ビルタンは急いで起き上がって、主人の御前へと戻ろうとするが、目を回しているせいで、その足取りはおぼつかない。やっとの思いで主人の御前へとたどり着くと、ははぁ~~~っと今日一番の低さの平伏をして主人へ問う。


「いいいい、いいい、いかがなされましたか……?」

「貴様の報告が確かならば、貪欲なるジナビアの者共のことだ、すでに地球へと向かっているのではないか?!」

「ははは、は、はい……おそらくそうかと思われますが……」

「ふざけおって……あの下郎共がッ!!!!」


 忌々しくてたまらないといった様子のエルミタージュ。そんなエルミタージュの様子にビビりながらも、ビルタンはエルミタージュに、


「ししし、しかし、あたしが調査した上では、地球とかいう惑星にはめぼしい資源やエネルギーはございませんでしたが……そのような価値のないところなど、ジナビアの者共にくれてやってもよございませんか? それに、エルミタージュ様がご支配なされておられる、この惑星クリシュナンからかなり遠方の銀河に、あの惑星はございます。他銀河への侵攻の拠点にするにしても、あまりよい場所だとは思えませんが――――」


 ビルタンの疑問は至極もっともなことであった。エルミタージュによる他銀河侵攻計画は、全宇宙ヒーロー協会から送られてくる刺客達によって、大幅な遅れをとっている。その遅れを打開するために地球について調べてこいと、ビルタンはエルミタージュに言われたのだが、地球という惑星を調べれば調べるほど、エルミタージュのいうような打開策が、地球という辺境の惑星にあるとは到底信じられないものへとなっていったのだった。

 エルミタージュは、腕を組んで、なにやら深い思案を始めたようであった。こいつぁ、余計なことを言っちゃったかな? あたしの命運もひょっとするとここまでなんて……というような不安をビルタンが抱き始めたとき、


「――アーシェルを呼べ」

「は、はい?」


 予想もしなかったエルミタージュの言葉を耳にし、思わずビルタンは聞き返した。


「聞こえなかったかッ!! アーシェルを呼べッ!!」

「は、はいぃぃっ!! たたたた、ただいまぁ~~~っ!!!!」


 ビルタンは、平伏したままカサカサカサカサとゴキブリのように玉座の間のドアの前へと移動し、来た時と同じように、転がり込むようにして玉座の間から出ていった。

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