ギャラクシーガール・アホカリプス
日乃本 出(ひのもと いずる)
1章 宇宙の帝王の娘・その名はアーシェル
1ー1
「全宇宙の悪の根源である、帝王エルミタージュッ!! 私が来たからには、貴様の悪業も命運も今日で尽きることになると知れッ!!」
全宇宙ヒーロー協会からやってきた、特製のバトルスーツを着た若きヒーローの、重々しくもステレオタイプな口上が、宮殿の玉座の間に響き渡る。
そんなやる気満々な若きヒーローとは対照的に、呼びかけられたエルミタージュは心ここにあらずといった様子で、煌びやかな装飾の玉座に、神の雷すら歯がたたぬという黄金色に輝く甲冑を身にまとい、深く腰を沈めて思案顔を浮かべていた。
「おい!! 聞いているのか?!」
エルミタージュに無視されていると感じ取った若きヒーローは、ちょっぴり羞恥心を覚えつつも、なんとかエルミタージュにかまってもらおうと、己のあらん限りの声で叫んだ。しかし、エルミタージュはというと、ヒーローの呼びかけに完全にシカトを決め込んで、考え事を続けていた。
「ええい!! ヒーローたるもの、不意打ちをするわけにはいかんのだ!! おいエルミタージュッ!! こっちを向けッ!! なあ、こっちを向いてくれッ!! お願いですから、こっちを向いてくださいッ!!」
若きヒーローは必死の体で、シカトをきめこんでいるエルミタージュのそばへと、一声かけるごとに近寄って行った。
そして、若きヒーローがエルミタージュの手の届く距離まで近づいた時、エルミタージュは初めて若きヒーローの存在に気付いたかのようにチラリとヒーローの方へと顔をあげた。
エルミタージュの視線と、若きヒーローの視線が絡み合ったその瞬間、エルミタージュはただ一言、
「……失せよ」
と、燃え盛る若きヒーローの熱い正義の心を凍てつかせてしまうような迫力をもってして、ヒーローにそう吐き捨てた。
その想像以上のエルミタージュの迫力に、ヒーローは刹那、恐怖を覚えて後じさりをした。
だが、ヒーローというものは、強大な敵を前にしてしり込みすることなど許されぬ。むしろ、強大な敵だからこそ、ヒーローというものは向かっていかなければならぬのだ。
それこそが、ヒーローというものであり、そして栄えある全宇宙ヒーロー協会の一員としての、大きな使命でもあるのだ。
若きヒーローは己に課せられた大いなる使命を思い出し、エルミタージュに抱いた恐怖を、その持ち前の克己心にて払拭した。
そして、その場から勢いよく跳躍し、エルミタージュから存分に距離をとって、今一度、口上をエルミタージュへと浴びせかけ始めた。
「よくぞ、私に気づいてくださいました!! よぉ~く聞け、エルミタージュよッ!! 全宇宙ヒーロー協会の期待のホープとして絶賛活躍中の、この私がきたからには――――」
しかし、若きヒーローが口上を始めると、エルミタージュは若きヒーローから視線を外し、玉座の肘置きに肘をつき、ほおづえをしながら考え事を再開させたのである。まるで若きヒーローなど、帝王の眼前には存在せぬといったような感じである。
そんなエルミタージュの態度に、若きヒーローは激昂した。ここまでコケにされてしまっては、ヒーローとして、そして全宇宙ヒーロー協会の一員としてのプライドにおいて、許しておくことなどできぬ。
「よくも……よくも……!! エルミタージュッ!! 貴様は一度、私の方を向いたから、今から私が貴様に攻撃したとしても、もう不意打ちになどにはなりはせぬ!! ちゃんと、口上もしたしな!! 聞いてませんでしたぁ~~なんていう言い訳は通用しないぞ!!」
寂しがり屋の若きヒーローが、シカトされ続けていることに対する、ちょっとした皮肉を交えた怒声を叩きつけると、それに反応したか、エルミタージュがほおづえをしたまま、チラリと若きヒーローの方へと視線を向けた。
それに気をよくした若きヒーローは、一層声を張り上げ、
「どうやら、ようやく貴様も私の実力を認めたようだな!! だが、もう遅いぞ!!」
と高らかに叫び、全身を光り輝かせながら、己のヒーローエネルギーを極限にまで高め始めた。
ヒーローエネルギーの奔流が大きくなっていくにつれ、若きヒーローの身体の輝きが増していく。それにつれ、宮殿も若きヒーローエネルギーの奔流によって、まるで身震いしているかのように揺れ動き始めていた。
だが、そんな状況になっているにも関わらず、エルミタージュはまたしても若きヒーローから視線を外し、さらには瞳すら閉じて深い思案の虜へと戻ってしまったのだった。
そんなエルミタージュの姿に、もはや光の塊になりつつある若きヒーローは、宮殿の床がほげるほどに地団駄をしながら叫んだ。
「ゆ、許さん……!! 許さんぞ、エルミタージュッ!! 貴様の悪行によって命を落とした哀れな民達の怒りッ!! 正義の名のもとに貴様と相対し、その崇高なる命を貴様によって散らされてしまった同胞の想いッ!! そして、意思のある者全てが恐怖する、“無視される”という行為を受け続けた私の哀しみッ!! とくとその身に味わえッ!!」
哀しみのオーラを身にまとい、若きヒーローは跳躍した。
そして、玉座に深く腰を鎮めているエルミタージュを、視線の斜め下へと捉えた時――両手をエルミタージュの方へと向け、咆哮した。
「必殺ッ!!
若きヒーローの両手から繰り出される、目のくらむほどのまばゆい閃光。そして、閃光は収束し、大気を轟音で揺らす光の波となって、エルミタージュへと向かって襲い掛かる。
あっというまに、エルミタージュは玉座ごと光の波に飲み込まれてしまい、その姿は光の中へと消え去ってしまったのだった。そして、間髪入れずに光の波は巨大な爆発を引き起こし、辺りは爆発の粉塵によって覆われていく。
勝利を確信した若きヒーローは、己も粉塵に包まれていきながら、
「ハ~~~ッハッハッ~~~~ッ!! ついにッ!! ついに悪の帝王エルミタージュを成敗したぞッ!! ほかでもないこの私がッ!! 全宇宙ヒーロー協会の若手のホープであるこの私がッ!!」
と、高らかに勝利の雄叫びをあげるのであった。
確かに、今の状況はアニメやゲームであれば、ラスボスを主人公が倒した感動の瞬間といっても差支えはないだろう。実際、若きヒーローはここにたどり着くまでに、気の遠くなるほどの鍛錬の日々と、エルミタージュの部下たちとの長い闘いの日々を経てきたのだから。
そんな若きヒーローの苦難の道を紹介するムービーが流れ、それが終われば画面がブラックアウトしてからのエンドロールが流れ出す……というのが、アニメやゲームのお馴染みの展開なのだが、ところがどっこい、そうはうまくいかないのが現実である。
それを証明するかのように、やがて粉塵が収まってくると、粉塵の中から若きヒーローの予想だにしなかった光景が浮かび上がってきたのである。
なんと、光の波の中へと飲み込まれた時とまったく同じ姿勢のまま、玉座にほおづえをついて思案し続けているエルミタージュの姿が浮かび上がってきたのだ。しかもよく見ると、エルミタージュの甲冑には傷一ついていないし、なんと玉座にすら傷一つついていない。
「ばっ……ばかな……!! そんな……そんな……!!」
エルミタージュの、そのすさまじいまでの力の強大さに、若きヒーローは戦慄した。そう、現実は厳しいのである。宇宙の真理は、“正義は必ず勝つ”などという夢物語ではなく、“力のある者が勝つ”という至極当然な真理によってなりたっているということを、この若きヒーローはまだまだわかっていなかった。
ならば、教育をしてやらねばならぬだろう。
弱者が強者に逆らえばどのようなことになるかということを、帝王たる余が直々に、この愚か者に教えてやらねばならぬ。
エルミタージュは、ゆっくりと玉座から立ち上がり、若きヒーローに向けて一歩踏み出した。
エルミタージュのその一足は、宮殿の床にめり込むほどに力強く、エルミタージュから発せられるすさまじいまでのエネルギーによって、エルミタージュの周囲の次元はゆがみ、さながら陽炎のように揺らめいていた。
「あ……あ……」
古来より、生物というものは、己の絶対なる死を確信した時、逃げることもせず、やがてくる死をただただ受け入れるのみだと言われている。
まさに、今の若きヒーローがそれだった――――。
数秒後に訪れる、絶対なる死という運命。それを、若きヒーローは生物の本能として感じ取り、その意識は恐怖の二文字によって塗りつぶされ、その総身は絶望によって羽交い絞めにされていた。
エルミタージュの右拳に、途方もないエネルギーが収束されていく。
ああ、哀れなるかな正義の使徒よ。
そして――――審判の時は来た。
「塵と化すがよい!!」
正拳突きの要領で突き出された右拳より、若きヒーローのものとは比べ物にならぬほどの力を持った、漆黒色のエネルギー波が若きヒーローへと襲い掛かる。
若きヒーローは悲鳴を上げる間もなく、その漆黒の波に飲み込まれた。その波は若きヒーローを飲み込むばかりか、宮殿の壁を破壊し、その進路にある全てのモノを破壊し、飲み込んでいった。
その中にはエルミタージュの部下もいたのだが、そのような些細なことを一々気にしていては、帝王が力を行使することなどできやしない。
部下には気の毒としかいいようがないが、天災にでもあったと思って諦めてもらうしかない。それにそもそも論で言えば、帝王の玉座までヒーローの侵入を許した部下の不手際にも問題がある。そのような下等な部下など、帝王の部下にはふさわしくない。
やがて漆黒の波が晴れていくと、その波によって飲み込まれた全てのモノは塵一つ残さず、消滅していた。もちろん、哀れな若きヒーローも例外ではない。
「塵すらも残らぬか……クズがッ!!」
その程度の実力で、帝王に挑もうとするなど、帝王に対する侮辱も甚だしいものである。エルミタージュはイラ立ちを隠さずに、玉座へドカリと座り、そのまま思案へと戻るのであった。
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