#40 禍福

 禍根とは、因縁であり復讐であり、自身の存在意義を考えるものだ。

 私の存在があったから、あの女神はこの怨敵を用意した。

 断ち切れぬ鎖というふうに言い換えても良い。


「ラッシュから行くぞ!これは避けれるかなぁ!」


 相手の猛攻を防ぎつつ考える。

 残されたものの使命とは何かを。

 この思考すらもどうでも良いのかもしれないが、私にとっては重要なアクターであり、プロセスでもある。

 私もお返しにと言わんばかりに、最高速でパンチを喰らわせる。

 何度も多段ヒットしては顔を変形させていく。

 ボコボコに打ち砕いていく。


「そ、そんなバカな……ぁ!この俺のラッシュを軽々と超える……だとぉ!」


 これがこいつの本気か?

 ならば今まで戦ってきたどの強靭よりも弱いな。

 本気でないのならば様子見か?物見遊山はやめておけ。私は魔人で、身体も強化されている人間では等にないのだから。

 更に激しくぶん殴り続ける。禍根とは自分で断ち切ってこそのものだ。デステニーの方がよほど強かったぞ。


「なぜ!……なぜなの……だ!俺はデスワールドだぞ!ワールドなんだ!世界を統べる王者なのだ……!」


「だったら勘違いもはなはだしいな。お前は俺よりもよほど弱くて、どの狂人よりも弱い。なんで本気になって戦って来ないんだ?」


「ひっ!?……嗚呼、騙したな……騙したな神よ!俺はこいつよりも強いと言ったではないですか……!なのになんで……ごふぉっ!!」


 この打撃に技名なんてない。力技にすぎないそれは何度も何度も繰り返し体に打ち込んでやった。

 なのに倒れないのはなんでだ?こいつがデスワールドであるからなのか、それはわからないがイージーゲームにも程がある。


「くっ……喰らえ!《捕食者達アングラーイーター》!!」


 無数の影がこちらを喰らい尽くそうと口を開けるが、魔力で防御をしてから技を殴りつける。

 すると技は崩壊して打ち砕かれる。

 もうこれは勝ちの見えた勝負であり、こいつを倒すことでは禍根は断ち切れないだろう。

 過去の精算をこいつで晴らすつもりもない。

 なのになぜこんなにも不可解なのか、私にはそれがわからなかった。

 ここまで圧倒的にぶちのめしても晴れる思いもない。

 これはなぜなんだろうか……違和感とも呼べるものがこの場に存在した。

 空気感がいつものそれとは段違に、ドス黒いものへと変形してきている。

 ここで早めに終わらせておいた方がいいか。

 戦いでは何が起きるかわからないから、決着を早めに済まそうと、私は大技を放つ。


(大地の怒りをこの身に宿して、精霊すらも凌ぐ力を与え賜らん。暴挙を弾き強きを挫く力を持って制裁と成す《大地晩餐グランドパーティ》)


 土は隆起し、その吹き荒れる土埃は大地の怒りを体現するかの如くデスワールドに襲いかかる。

 早い攻撃で大地を動かして畝る土共は標的を奴と見定めた。

 土龍に近しい見た目をしているそれらは、標的を殺し尽くすまで止まることはないだろう。

 血を吐き散らかしてその場にうずくまる。

 あり得ないと否定する声が微かに聞こえるが、それは現実に起こっていることだ。

 いっそ哀れでもあるが、これが非常にも現実に起こっていることであると知覚することすらできないなんて、何を考えてこの狂人を配置したのか謎に包まれるばかりだ。

 圧倒的な物量で攻め立てては奴を嬲って、気分のいい思いでは決してない。

 これは最早蹂躙に近しいものであると、どの目で見ても明らかだろう。

 しかし天眼で見ても、一向に止むことのない邪悪な波動はいまだにそいつから確認されているとなると、切り札はまだ別のものにあるだろうと推測できる。


「…………そうだ、あの力を使えばきっと、女神に褒めてもらえる。それだけしか脳のない俺だった……そうだ……そうだ!俺は狂人なんだ!一番強い狂人なんだ!うぁぁぁぁぁああああああああああ!」


 辺りの雲が黒雲になり、暗雲立ち込める中覚醒は突如として起きた。

 これは……邪神の完全なる顕現。成程、これで捨て石にされたのか。

 悲しいかな、あいつは自分の利用価値を最大限に引き出していたというわけだ。

 だからラッシュの力も弱かった。

 しかし、邪神の力を取り込めるだけの器はあったということなんだろう。

 突如として顕現した邪神の腹は空腹だ。

 そこら一帯の魂すらも喰い殺してしまうだろう。

 確かに、これは一番強い狂人だと言える。何せ邪神の欠片を90個その身に宿しているのであれば納得だ。

 神の隠蔽が働き、邪神の欠片を見通すことができなかったが、覚醒の最中さなかに天眼で見通すことができた。


「この依代はいいものだった。最高の器で容器のように使い古しても良かったのじゃがな。儂は邪神デストロイ。悪神の中の悪神と恐れられた邪神では中々の立ち位置にいるものじゃよ」


 怖気のする声音はやはりどこか邪神フィアー・ディサポイートを彷彿とさせるものがある。

 そしてこの邪界にあるものは朽ちた木と、苔むした岩ばかりで、安寧の余地無くただ吐き気だけが込み上げてくる。

 クソのような邪悪は、今一歩こちらに迫ってきているというわけだ。

 中々にやばげな状況だが、心のどこかでは冷静だった。

 こう言う状況下で戦闘は何度もしてきたので、不思議と精神は安定している。


「デストロイか……破壊を象徴とするお前は、この世界で何を望む?何を壊そうとする?」


「全てじゃよ。この世界にあるもの全てに対して破壊を繰り返すことで儂の空腹は満たされる……これも世の摂理だと思って、そこで大人しく見ているがよいぞ」


 身勝手な振る舞い。身勝手な物言い。その全てに吐き気と、調停者ではない支配者の側面に対して絶望の淵に立たされる。

 こんなもの人間では到底立ち向かうことなどできはしない。

 全てを破壊し尽くすものとの戦闘の開始だ。

 とんでもない物量のラッシュ攻撃に加えて、この破壊力は、デスワールドを遥かに凌ぐほどの強力なもの。

 くらったらこちらがお陀仏だろう。

 そんなことはわかっているが、最大の脅威を前に立ち塞がらなければ、きっとこいつはさっきの言葉の通り、全てを破壊し尽くすまでは終わらないだろう。

 ニャルラトラホテップは、調停者としての振る舞いが完璧なのだと思わされることだ。


「どうしたぁ!そのように逃げてばかりでは勝てるものも勝てぬぞぉ……!《破壊崩デス》!」


 強力な魔力による攻撃に回避行動を取るが、逃げ切れるわけもなく、魔力防壁を張って防いだのが精一杯。

 これが完全顕現の邪神の強さか……!

 苦々しいが、こいつに勝つためには死力を賭して力を出さなければ勝てはしないだろう。

 最悪の邪神だと言わしめるものは、これほどまでに強力なのか……だったら、その力以上のものを引き出せばいいだけだ。

 私は魔人……人間ではないんだ!邪神に振るえているような一般人ではない!

 尚も《破壊崩》を打ち込んでくる辺り、徹底的にこちらを攻撃して潰そうという算段だろう。

 だったらこちらにも考えがある。相応の手段を持って打ち砕かせてもらうぞ。


「お前の攻撃をそのまま倍にして返すぞ!《起死回生カウンター》!!」


 魔力を前に突き出し、相手の攻撃そのものを私の魔力で上書きして跳ね返し飛ばす。

 いきなりのことで回避行動が取れなかったのか、デストロイの顔面に魔力弾が直撃する。


「…………少しはやるではないか、小童こわっぱが……じゃが、それだけで儂を倒そうなどとは思うまいな?」


 受けた傷は瞬く間に回復しているところを見ると、こいつも超速再生持ちなのか……!

 中々に激しい攻防戦に体力の消耗が激しい。

 私はまだこいつとの距離を縮められないでいるのがなんとも歯痒い。

 この禍根を断ち切るには『目には目を、歯には歯を』だ……!

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