#36 回避

 目が覚めて、宵も明ける。

 夜明けは始まりに近い事だ。

 太陽が顔を見え隠れしながら顔を照りつける。地面を美しく見せるために最大の化粧をしている。

 帰ってきた世界、戻るべき世界。

 美しすぎる絶景に目を眩ませてしまうがしかし、この世界の景色も別に悪いものではない。慣れて仕舞えば最高に良い景色なんだと自覚する。

 こんなにも世界が眩しくて綺麗なのに、壊されてしまうのはいささかよろしくはないだろう。

 さぁ、始めよう世界を守る為に。

 そんな美しい理由ではないけれど、守るべき景色も確かにあると解ってホッとしている。


「次の目的地は、渓谷。そこに狂人はいる。あのDr.が最後に残した唯一の手がかり……信用するのは少し癪だが、それでも歩いていくしかないんだよな」


 そんな独り言を胸に言い聞かせるように言いながら進む。

 少し時間が流れ、空も霞み夕焼けがまた顔を照りつけた時にたどり着いた渓谷。

 岸壁に聳え建つフィールドにそいつは立っていた。

 堂々と、目を瞑りながらこちらを待っていたかのように聳え立っていた。

 時は今また平常に流れ始めた。

 最初、そいつを見た時に時間が微かに止まったような感覚があって、自分でもそれを驚いているところだ。


「来ましたね、魔人マリ。遠路はるばるようこそおいでくださいました。この渓谷まで。私はDr.のようにまともな狂人ではないのでご注意くださいませ。なんとも楽しい夜になりそうですことね」


 後ろから声をかけられてハッとする。

 あまりの出来事に理解と状況の判断が追いつかない。

 先ほどまで立っていたところを見ると、そこには誰もいなかった。

 忽然と姿を消していることに驚愕の動地にいる。

 なんなんだこいつは……いきなり現れていうことがそれ?

 しかもDr.がまともな狂人だったかのように振る舞うその姿は、なんとも晴々しく、騎士を彷彿とさせるようなこの感じは、人間らしくない強靭きょうじんな、力のある者であるかのようだ。

 ここまでとは予想だにしていなかったが、誤算も計算のうち……なんて言い訳してちゃまずいか。


「自己紹介がまだだったですわね。私はデステニーという、なんてことない狂人ですわ。さぁ、戦いを楽しみましょう?」


 デステニー……運命を司るその名前を持って何をするのか、そこにヒントがあるわけじゃないがなし、しかし時間を操るとなるとよほどの胆力がいるだろう。

 しかも研究施設からの出ではなさそうだし、あまり時間をかけて戦いたくない相手ではある。

 ……さっきは後ろにいたのにもう正面に立っている。距離をとって動こうがこの分だと追いつかれるのが関の山だろう。

 地面を蹴り上げて砂吹雪を発生させる。

 こんなのは技じゃなくてただの力技だ。

 対処されるのだって目に見えている。とりあえず距離を置きたい。最初の間合い……こちらの都合なんかお構いなしだろうから、ここで目眩し程度になるといいが。


「鋭い攻撃ですことね。まぁまぁ私、驚いてしまいましたわ。しかしあまり目潰しはいいものではありませんのよ?この私を前にして目潰しをするということは、この見易いフィールド状において致命的な采配のミスというものですわ」


 横から強烈なパンチを叩き込まれて、久しぶりのダメージに血を吐く。

 一体どうやったらそんな速い一撃を打てるんだよ!

 こちらも尽かさずクロスカウンターを決めようとするが、彼女は遠く離れている。

 まずい状況だ。砂埃は晴れているが視界は明瞭ではない。

 ほおにくらったダメージは癒えたが、攻略の糸口すらも掴めないままで、何がいいことがあるのだろうか。

 回避すらできずに必中の攻撃なんて、今時のゲームだったら流行はやらないぞ……っと、悪態をつくのはいいが、ついていて負けるのもしゃくだ。負けは死を意味するからな。

 この世界で負けたことは一度もない。

 果たしてそれは良かったのだろうか。

 敗北を学んで強くなっていく少年漫画の主人公では私はない。

 日々強くなる修行なんかをしているわけでもない。

 ただ未知な道を歩いていく。道なき道を歩いていくのがこの世界の全てだった。

 それが今となってはあだになってしまっているのではないか?

 世界の怨敵に勝てるのか?

 否、勝てはしない。


「最初から全力で行かせてもらうぞ。それで泣くんじゃないぞ…………《魔力解放エナジー・ブースト》!」


「ふむ、エナジー・ブーストの方を使ってくるのですか。覚醒バーストの方ではなく。様子見ということですか?敗北は死を意味しますわ……そんな虚しくていいんですの?私は嫌ですわ!勝ってこその美しい世界。勝ってこその戦闘!それが全てなんですのよ!」


 そういうと、一気に勢いが増していく攻撃。

 そうか、彼女は敗北を知ってここまで強くなっていたのか。

 ならば強いわけだ。

 だがね!私だって負けるために解放ブーストを使ったわけじゃないぞ。

 こっちだってそれなりに頭を使って闘っているんだ。

 時間のブレを見つけ出し、邪神の力を解放させて世のことわりを破壊する。

 さぁ、見せてみろ邪神の力!私にその猛威を振るわせろ!


(時間を破壊し、理を断ち切りし破壊の温床である魔界より出立給いでたちたまえ。世が……夜が明けなくとも、時間の摂理を持ってしてその猛威を奮わん!《精神根絶マテリアルエッジ》!)


 停止された世界時間を壊し尽くし、移動しているデステニーを視認。精神根絶の効果範囲内だ!

 強力な魔力の塊に押しつぶされ回避することすらもままならないほどの物量……それをまともにくらって精神が持つかな?


「これが邪神の力だ……大いなる時間の理に干渉しようなんて無駄なことだと知れ」


 既にぶっ倒れそうなほどに魔力を浴びせたというのに、未だ毅然とそこに立っている彼女の目は、死んでなどいなかった。

 これこそが求めていたものであると言わんばかりの瞳でこちらを見通し、目を閉じる。

 その瞬間にゾクッとして理を破棄し、目の前から遠ざかる。

 どうやらその判断は正しかったようだ。

 第三の目の発芽……と言えるべきものは、見た景色を一瞬にして破壊し混沌こんとんを撒き散らした。

 間違いない。こいつは邪神の欠片を一つどころではなく複数個持っている……!

 私と同じ邪神の欠片の複数所持に面を喰らいつつも、回避行動に専念する。

 見た景色一体を破壊するなんて、邪神の力でなくとも到底無理な話だ。複数個の邪神の欠片を持って顕現させるにしても力が足りない。

 相互作用の行末に、こんなものを見せられるとは恐れ入る。


「私は退屈していましたの……この世界にそれはもうウンザリするほどに退屈していましたの。さるお方からの要請で実験を受けたその日から、敵などあまりいませんでしたわ。それが徒となってこんなところに幽閉されていましたが、自分で抜け出そうと思えば抜け出せた……しかしそれはしなかった。何故かと問われたら、それは好敵手がいなかったからですわ。ようやく見つけましたわ…………!」


 暴威の化身……とも言い換えられるその彼女は、果たしてどんな景色が見えているのか。

 混沌に堕ちた邪神の欠片を何個か体に蓄えて一体どうするのか。

 選択は破壊だった。戦闘の中に自分の生きる意味を見出し、そもそもの根がそうだったにしろ、途轍とてつもない化け物であるのは違いない。私も怪物かいぶつなんだけど、うかうかしてられなくなってきた。

 世の理を破壊したはいいが、この高攻撃力の塊みたいなやつに理を断ち切ったところで無意味であると言わざるを得ない。

 まじでやばいなデステニー……運命を冠する狂人とはよく言ったもので勝てるのかこれって気分になってくるようだ……!

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