第六章 蘇生

#35 原点

 振り返ってみれば、なんてことのない物語だった。私の物語はコンクリートミキサー車によってついえた。文字通りの意味で物理的に押し潰された。

 途切れた物語は、あの女神によって蘇生され原点に帰った。原点回帰したと言える。

 あの眠たい時に降ってきた冷たい雨の音も現実だし、邪神の欠片を所持している[狂人]だって現実だ。

 現実に起こっていて、それを防げないとなるとどこに皺寄せが来ると思うか……それはこの世界の破滅の波になって、バラバラになってしまうだろう。

 欠片ピースを集めて何になるのかなんか私にだって判らないし、不可解なことが多すぎる。



 ニャルラトラホテップにしたって、その欠片を集めることが本当の目的ではないのだろうし、判らないことだらけで私は無知に攻撃をしているのかもしれない。

 それが世界の存亡を賭けているのかどうかはさて置いて、思いというのであれば世界の存在を守るということに注力しているのだと思う。

 トゥルー・オリジンに神界に招かれたのだって、自分が無為に力をふるってきたわけではないという証明になるし、私が私でもある証拠を掴み取った証でもあるのだ。

 原点とは最初、原初という言葉でもって言い換えることのできる言葉だが、原点はどんな始まりだったのだろう。自分の原点とはどう言ったものだったのだろうと問われると不安にもなる。



 自分が何を成し得て何を成し得ていないのかなんか、俯瞰して見ないと気づくことのできないものだろう。

 だって、自分をそんなに客観視できる人間なんてのは存在しない。完璧なだけのものなんてただの機械的な行動でしか見出せないではないか。

 それこそ、AIやプログラムといったものがその中で構成するのは完璧である証であるかもしれないが、人間はAIやプログラムでは動かない。プロセスがあって、そこに感情というものを乗せるから人間は人間たらしめるのであるのだと私は思う。

 こんな世界を俯瞰したところで……と嘆き怒り悲しみ憂うし愁うが、これは現実に私の前に突き立てられた槍のようなものなのだろう。

「誰か変わってくれないか」なんて虫の良すぎる話で自分でなんとかしなきゃいけないのが現実……そう現実なんだ。

 異世界とも言えるところでは、それが当たり前になされていて、それが世界の中のプログラムに含まれているのかもしれないと考えると、皮肉なものだ。

 私は世界のプログラム的なものに組み込まれているとしたらと考えるだけで怖気がするような話だ。

 私は私で、他は他。他は助かる保証などどこにもなくて、私ですら助かる保証などどこにもない。

 車の保証書なんか持ち合わせていないわけである。絶対的ではなく、不確かで不明瞭な何かを追い求める私にとっては保証書なんかなくとも何処にだって存在るのだから。



 考えれば考えるほどキリがなくなっていく。目の前の霧が濃くなっていく。

 それを掻きあさって掻い潜って、何を見つけるのだというのだろう。

 邪神の欠片を集めないと、あの狂人たちを斃さないと解決する手立てはどうにもないようだ。

 何かを知るためには何かを犠牲にしなければならないとは、Dr.デスレイの事をとやかく言えないのだ。

 人とは結局間違いを犯しながら生きていき、禁忌に触れるごとに何かを代償に払っていくのだと私は考える。

 その代償は感情かそれとも脳の電波なのかは私にすら判らない。

 解っているのは何かを支払うという漠然としたものだけ…………。

 それらは全て私で構成されている何かなのだろう。それならば、その全てを燃やし尽くしてでもいい。

 打開する手立てを考えるのが私なのだという事を覚えてさえいればいい。傲慢知己なのかもしれないが、それを覚えてさえいれば何も見失うことはない。迷子になることはない。

 迷子はもううんざりだ。人生の迷子になっていたら、この世界を救うなんてことさえなし得ぬままに朽ち果てていく一方だろう。



 私は私だ。

[マリ・イグジット]なのだ、という事を世に足らしめることが1番の近道だ。

 近道なんかしないで、前に進めよって思うけど、1番の近道は近道しないことにあるのだからしょうがない。

 だから、こんなとこで寝てないで、早く起きてしまわなければならない。

 この心地良い空間に長居していたい気持ちもあるが、そんな気持ちに打ち勝ってここから脱皮しなければならない。

 原点に帰ってみれば簡単なことなのだ。

 私を私足らしめるのは、原初保有者オリジンホルダーなのだから、精神世界に引きこもってないで、見据えるべき現実を見据えよう。

 またここに立つことができるのならば、原点に立って戻ろう。

 原点回帰すれば良い。

 原点からまた高みまで登っていけば良い!

 うぉぉぉぉぉぉあおおおおおおおおおおおおおお!










〔スリープモード解除。現実世界に復帰しました。状況の確認をしてください。状況は思ったよりも劣勢ですが、それでも悪くはないようです。貴方に幸がありますように願っています〕


 …………世界の声。一時期は私を馬鹿にしている存在だけだと思っていたが、味方でもあるようだった。

 じゃないと何かを知らせることなどないし、何もヒントなんてくれないだろう。

 ねがわくば貴方にも幸福が訪れますように願っている。

 貴方も世界女神と戦っている。

 貴方もあの女神世界と戦っている。

 なのであれば加勢するのは必然的に明らかだろう。

 ありがとう。名も知らない……いや解っているな。トゥルー・オリジンのもう一つの顔。世界の声と共に私に向けてのメッセージ、感謝するよ。

 さぁ、目は晴れた。視界は濃霧で遮られていない。ここから始める異世界生活っていうのも悪くない。

 まぁ、ここは元いた世界よりも食がずっと娯楽ではないけれど、それでも良い世界だよ。

 崩壊を防いで、女神世界を相手取ろう。

 邪神の欠片を集めるために先を急がないと。

 そうすると不思議と力が湧いてきた。

 狂人との闘いも大詰めになってきた。行くぞ、闘志を燃やして。

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