#32 絡繰

 鬱屈とジメジメしているジャングル地帯にその研究所はひっそりと、誰の目にもつかず隠れ潜んでいた。

 あのジジイのやり方だ。陰湿で陰鬱な印象を与える外見をそう案じると、心を切り替えて行動に移す。

 研究所のロビーに着いて、一目散にDr.デスレイが待っているところまで飛んでいく。

 のマッドサイエンティストであるのならば、そういうシチュエーションで会ってくるだろうと踏み、ヒソヒソとしているのではなく、あえて派手な研究室の方へ向かう。

 そこでは、狂人の研究資料やさまざまなデータを取り扱っており、狂気的な内容が目の前のデータ群が目を一杯に埋める。

 誰がどうしたとかじゃない、見ていて気持ちの悪い物で吐き気が襲ってきて、せかえりそうになるのを抑えながら、その研究データを見ていく。日記のようだ……絶対に中身を見てはいけないだろうが、中を覗かずにはいられなかった。狂人の謎が書いてある、鍵を解くきっかけになればと思いそのデータファイルを開く。


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 #1 末路


 狂人とは肉体的にも強靭であり、さまざまな研究の用途に使われる……狂人の血肉は邪神の餌とし、再生する個体であるのならば、何度も何度もその箇所・部位を切り取り餌を与える。すると感覚が麻痺してきて段々と発言も糸口が合わなくなってきた。

「あそぼあそぼしね!クソがクソがクソがこんなことして何になるっていうんだ早くここから出せ出せ出してお願いだからねぇ早く早くお願い死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」

 などと暴言や懇願を繰り返していく。

 こんなに楽しいことはない。これは儂のおもちゃだ。玩具として遊ぶには丁度いい研究のテーマとも言える。儂はさるお方からの拝命を承り、このテーマに臨むのだが……初っ端からいい出来だとも言える。これは永続的な研究が必要不可欠だと言い放ち、儂の映えある研究の礎となってもらうために彼ら彼女らを利用する。これが狂人の、邪神の欠片を埋め込まれたものの帰結と言えるだろう。このデータはやはり面白い。全て残す必要がある。勿論、この日記もだ。

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 #2 苦悩


 悩んでいることがある。儂の体に限界が来ていることだ。ここで狂人になるかならないかとさるお方から尋ねられる。

 ここで狂人になれば、絶対的な力と共に邪神を理解することができる。しかし……邪神の欠片の適合率が高くなければ儂は狂ってしまって動けなくなるどころか、死んでも死にきれない臓物の塊となってさるお方に殺されるだけの末端存在になり得てしまう。それは嫌だ!

 絶対に研究を永続的に行うには儂が狂人になることが要求された。

 そうしなければこの研究は成功しないと、そう言い切れる物だったからだ。さるお方もそれを認めてくださり、ある適合の方法を教えて下さった。

「あの血肉を食えばいい」だそうだ。思わず踏ん切りがつかず躊躇してしまうが、そんなものは構うものかっ!儂は言われた通りに血肉を喰らい尽くして夜が明けるのを待った。


 私が体の変化を感じたのは夜もすっかり明けて空に太陽が浮かんだ頃だった。この頃からもうすでに私の意識は明瞭で、ヨボヨボだった皮膚は張り艶で、すっかり声も調子が良くなっていた。ここからは狂人の血肉だけを食らうようになって、この味にもすっかりなれた。今では美食家気取りで不味いものと美味いものを区別し始める始末だ。慣れというものは恐ろしいものを感じるな。

 これで永続的に研究ができることが証明されて、私の人生……いや、狂生がスタートするのだった。

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 吐き気がして、遂に吐いてしまう。吐瀉物があたりに撒き散らかされると、掃除ロボットが自動で床を綺麗にしていく……この無機質感が人の感情をゾワゾワとさせる。絡繰はこうやって人に使役されて何を思っているのかがわからない。人間の心ですら読み解くことができないというのに、どうして機械の心を読み解くことができるのだろうか。自分は自分が嫌になりそうなのが嫌で、直面したくは無いことに見事に直面した。悲しみの向こうへ行くのは……まだずっと後だ。全てが終わるまでは私は終われない!


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 #3 湾曲


 狂生の中で曲がったのは、心だけではなくどうやら考え方すら曲げてしまったみたいだ。

 この狂人強化計画通称:HKP[ヒューマンカスタムプラン]を作り上げてしまうとは、私の頭脳をもってしてもこんなことは思いつかなんだ。これは邪神様の天啓に違いない。さるお方もきっと御喜びになるハズだったのだが、強化をする段階で手間取ってしまった。忍術的なものを支えていなかったものが、言語までがそれ風の言葉に変わり、なんとも残念な結果に終わってしまったのだ。結局は徒労に終わってしまったかとも思われたが、あの狂人の個体はとても個性が強く、突破は不可能だと思われて、再研究し直した……すると面白い結果に変わった!なんと技まで使うようにもなり、丸っと強化狂人の出来上がりというわけだ!はははは!面白い面白いぞ研究は!この研究のデータを早く見て回りたいぐらいなのだが、ここは日記……一応落ち着いておくとしよう。しかし今日は筆が進む進む。狂人というデータはとても興味深いと言えるだろう。私の知識を持っていたとしても、解明が難しいのだから適合率の問題などもあるのだろうなぁ。

 あぁ、早く研究したい。すぐにでも研究したい。研究研究研究研究研究…………!いかんいかん、こんなことを書いている場合ではなかった。明日の調整のために動かなくては。

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「悍ましいことをしていやがる。なんて狂気的な日記なんだ……!どこからその意欲が湧いてくる、どうして湧き上がってくるものがある!くそっ!」


 やるせ無い気持ちになって、自分はこの日記から目を逸らそうとしていたが、自分には読む義務がある。そこには、狂人たちの悲しみのバラードを聞くように、そう設定したDr.の思惑が手に取るようにわかる。

 簡単に絶望なんかしない。

 簡単に諦めたりなんかしないんだよ!


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 #4 本質


 昨日の研究データを元にプログラミングし直してみたのだが、最高のバーター品が完成した!本質はそこまで変わらないが、魂そのものがないためカラクリでしかない……。発声の表現のバリエーションを増やしたかったのだがこんなにも難しいとは予想外だぁ!予想外のことがあると楽しい!嬉しい!自分の知らない知識がどんどんと埋め込まれていくこの心地よさ……邪神の欠片と融合することによってしか得られない快感とはまさにこのことだろう……あぁ、素晴らしきかなさるお方はここまで見据えてのご判断だったのだろうと、称えまつります!一生の宝物だろうということがすぐにわかる……これが満ち満ちているのだろう。しかし!私にはまだ研究がある!それが終わるまでは終わりきれないのだ!

 さぁ、私は明日もやるし今日もやる!さぁ、楽しい楽しい研究ショーの始まりだぁ……!

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 狂気に包まれているこの日記は持ち帰って暴く必要が出てきた。

 どこまでも残虐非道で、無慈悲な奴はドス黒いものを心に抱えている。

 邪神の欠片を取り込んだことによってさらに残虐度が増して、非人道的なものを作り出す科学者という名の化け物だ。

 まるで、あの頃の形のない化け物はここで生まれ育ち世に放たれた可能性がある……この日記は言わば禁忌書物ネクロノミコンに指定されるぐらいには凶暴度の高い代物しろものだ。

 書はさらに加速していく。

 悪逆の限りを尽くしながら、速度を増していく。これが魔導書だとでも言いたげなように異様な空気感がその場に立ち込める。

 嗚呼あぁ、早くあのDr.を始末しなければならない。

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