第三章 旧生
#21 驚嘆
理は真剣に悩んでいた。自分の行いにどう責任を取るかに。
自分がどうしたか、何かしてないか、何をしていたかによって変化するこの現代社会において、犯罪とは許されざるべきものであったというのは想像だにしなくもない。
犯罪は許されるべきものではないのだ。
自分は何かを救って生きていた。生きてきた、と言い換えるのが自然な物言いだろうか。
だからこそ、自分がやっていることが本当に正しいことなのかどうかわからなくなっていた。こんな簡単な事実に気づいて、気分が萎えて気がどうにかなりそうだ。
俺は自分が何者かもわからないでいるのだから。
幼い頃は施設で暮らしていた。
それがさも当たり前のように、ごく自然にそこに俺はいた。
昔はなんでも良かった。何も考えずにただそこにいる子どもたちと遊ぶ日々に没頭していたからだ。
そんなある日、施設宛に手紙が送られてきた。親を名乗る人物からの手紙だった。
内容を見て驚嘆したのを覚えている。ある意味で驚嘆した。
「なぜまだ生きている」
これはこれは酷い人生じゃあないか。
ここまで生きてきて、この絶望感といったらなかった。捨てられて、なんもわからず施設にいて、そこで待っていたものはクソな親からの手紙。もし対面していたのならば言ってやりたい。
「生まれて間も無い俺を施設に落としてくれてありがとう」
いう機会がないのと、差出人が不明な時点で、俺の運命は生まれた時から決定づけられていたに違いない。
俺はそこからは他人を救うことにした。
自分の存在など無くて当然、あたりまえだと思うようになった。
「誰か救ってください」
なんて言えるような立場ではなかった。心の中では言いたがっていたのかもしれないが、そんなのは関係ない。自分が自分である理由は他人のためにある。そんな存在だったのは鮮明に覚えている。苦しい時代だった事は、今でも鮮明に覚えている。
ある日、自分が成長して、小学生になった時だった。クラスの女子と一緒の帰り道で、自分より二回りも大きいやつに絡まれた。俺はその時まだ小さくて、誰も救えるような見た目ではなかったのだが、そんなのは関係なかった。唯香ちゃんを守らなければ、こいつらに何かされると本気で思ったのだ。
だから俺は、あいつらのネクタイを一つ取ると、首を締め上げて失神させた。
そいつらのリーダー的存在を失神ささせると、服の上からションベンを垂れ流すやつもいたし、その場に崩れ落ちて笑っている奴もいた。やらなければやられる状況では、俺も必死にならざるを得なかった。
次の日から、俺は唯香ちゃんに無視されることになる。
怖かったのだろう。怯える目が「こちらへ来るな」と訴えかけていることが十分に伝わってきて、自分は悲しい気分になった。悲しい気分になったどころではない。自分の好きな人に何かを否定されるというのは、とても気分のいい話ではないだろう。好きな人を守ってあげたかっただけだったというのに。
純粋な疑問が湧き上がる。なんで、なんで人を救ったらいけないんだ?とあらぬ抵抗を心の中で何十回何百回と繰り返しては口から吐き捨て、繰り返しては心へ吐き捨ての日々。
どうやら俺の噂が学校中に広まったらしく、俺は悪いことをやったやつとして祭り上げられた。
正直、関わるのはもうやめようかとも思っていたが、俺はそれでも救いたいと思っていた。こんな俺がそう思うのは、自分の価値より他人の価値と、そう本気で信じれていたからだ。
その頃から無茶をするようになった。あの大きな大きな高校生に立ち向かうように、必死でやり抜いた。
時には肋骨が折れることになったり、挫傷して手が動かなくなったりもしたが、それでも前を向いて歩いていかなければいけなかった。仲間などいない。俺は昔から一人ぼっちの人間だったのだから。
小学生最後の日、卒業式の時に先生から薔薇を渡された。驚嘆の極致だった。
自分がされたことが誰かに評価してもらえるなんて思っても見なかったからだ。それが嬉しくて嬉しくて涙が出てきた。
無駄ではなかった。決して無駄に勝手に足掻いていたわけではないことが証明されたんだ。
そんな事はなかった。薔薇に入り込んでいたメッセージを見て、それは手切れとして渡された薔薇であることに気付かされる。もう2度とこの土地へ戻ってくるなというメッセージだった。
手紙の中に入っていたメッセージは俺への悪口が書き連ねられていて、今にでもパンクしそうな程に沸騰した怒りが手紙に込められていた。どうやら本気で俺のことが憎くてたまらないらしいというのはこの文からありありと伝わってくる。
驚愕した。人間はここまで愚かで矮小なのかと。
だから俺は、その愚かで矮小な人間を、救うことにした。わかりあうことができない人間でも、俺は救うことをやめない。勝手に何かを解決してやる。たとえどんなものに否定されようとも、俺はそれらに慣れてしまっているのだから。
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