#20 忠告

 山々に囲まれたこの土地は、悲しみの雨と共に、大地を濡らしていた。

 これ以上は進むなと、心の警鐘がひどくうるさい音を立ててはいるが、向かう以上退がるという選択肢は存在しなかった。

 どうしてもうるさいこの音は、自分を悩ませる一つのタネであった。

 山に囲まれて見えなくなっている場所が所々にあり、森も生い茂っていて自然豊かなところに、狂人は潜んでいる。

 たまに潜んでいないなんでこともあるのだろうが、逃げも隠れもする場所は、狂人を隠すのにもってこいの場所なのだろう。

 そもそも、意図的にではなく、偶然にそうなってしまっているということの意味合いが強いだろうが……。


「中々の登場でござるな、魔人マリ」


 ふと、上から声がかかる。

 懐かしみのあるその忍者言葉には聞き覚えのあるものが、郷士の懐かしさが含まれている。


「ふふふ、気づいたでござるか、この拙者に」


 気づいたも何も、お前から話しかけてきただろうが。しかし、なぜ声をかけてきたんだ。さっさと後ろから刺し殺せばよかったものを。


「拙者の忍道に、卑怯の文字はないのでござる!」


「…………お前みたいなやつも狂人にいるのな。なんだかちょっと安心感を覚えたよ」


 意外なやつの登場に、自分でも少し面食らってしまう。

 コミュニケーションをとれるほど、正気を保っている奴はそういない。しかし、私があってきた狂人は、どこか違う奴らばかりだ。

 しかし、欠片を取らないことには始まらない。始まってすらいないのだから、ままならないものでもある。


「拙者と、戦いを希望するのでござるね?拙者、改めて名をデスソルジャーでござる!短い間ではござるが、よろしくお願いするでござる!」


「あぁ、よろしく……」


 爽やかな奴、だが殺さなければならない。なんでお前とこういう形で出会ったのか、わけがわからなくなる。

 邪神の力が働き、殺すことしかできないし、分かり合うことができなくなってしまった。

 これ以上は戦うなと忠告する。これ以上は無理だと忠告する。忠告する…………忠告は……しなくていい。

 コイツを、殺さなければ……ならないんだ。


「奥義:風神烈火!!」


 風が吹き荒れ、火の渦がさらに火力を増すことになる。炎の渦に飲み込まれた私は、一瞬にして焦がされる。

 ……強い、コイツは強い。

 狂人は全員強いのだろうが、格が違うような気もする。


「どうしたでござる!反撃してみてはござらぬか!」


「うるせぇよ、うるせぇ。私は……私じゃなくなりそうなんだ逃げろ逃げてくれ頼む一生のおねがいだよ頼むよお前を殺したくないだからニゲロ」


 葛藤して、悩まされて、苦しめられて、悲しまされて、私は私自分は自分が崩れ落ちる。


「くっ!《双龍槌ドラゴンヘッド》!!」


 私は負けない、負けようとも思ってない、勝つんだ勝つんだよ!私は私である以上、負けることはないのだから!


「いい攻撃でござる!さすがはマリと言ったところでござろうな!奥義:烈火双覇斬!!」


 剣戟に炎が加わり、耐え難い苦痛を腕に受けることになる。私は負けていられない。腕を即座に回復させ、立ち向かっていく。


(大いなる災いを我が元に!

災禍重力カタストロフグラビティ》!!)


 全てを飲み込んで、無に来す。地面は大きく削れ、其処ら一体の自然形態を破壊する。弱肉強食など関係なく、ただ飲み込み破壊をし尽くす技。自分の魔力を注ぎ込んで、ようやく完成する技だ。

 私の中での強力な技。自分にしか使えないオリジナルの技。デスソルジャーは悟った顔で魂と欠片ごと飲み込まれていった。

 いい奴だった。敵として相対するにはとても惜しい存在だった。会話を求めていても、それは私たちの立場がそうはさせてくれなかっただろう。

 悲しい結末を迎え、クレーターだけが残り、あたりを寂しさが包み込む。

 今回はあのドス黒い空間に呼び出されることはなく、ただぼんやりとした吐き気が襲うのみである。

 勝ったが釈然としない気持ちにさせられているのはなぜなのだろうか。

 もっといくらでもやりようはあったはずである。自分の行いには後悔しかないことに気がついた。それは最悪な気づきであり、傷つき悩む。私の心はこんなにも脆くて儚いものであったのだろうかと勘繰らせる。

 終わってしまった戦いの後に気づいても、もう遅かった。ゼンマイを回してしまった時計は動き始めた。振られた賽の目は落ちて転がり止まってしまったら、その結果を覆すことはできないのだ。

 色々な絶望感の中で、気づいたら私はその場に倒れ込んでしまった。

 冷たい地面が頭を冷やしてくれる。冷たい雨が心を冷やしてくれる。そんな気がしていた。自分はただただここで嘆いていくしかない愚か者なんだと、そう感じ取ることしかできなくなった私は、とうとう意識を無くした。


 なんで私だったんだ神よ、なんで私がこんな目に遭うんだ神よ。そう嘆いた言葉は誰に拾われるわけでもなく、虚空の彼方に消えていった。

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