#19 希望

 絶望の果てにたどり着いたのは、湖だった。その湖はとんでもなくデカく、水を舐めてみて淡水だとわかったほどに、海のような存在感を放っている。

 ここはホープという土地のウィッシュ湖というところだ。古びて朽ちた看板に、なんとか読み切れるぐらいで書いてあった。

 両方とも希望を意味するものであり、この絶望に塗れた世界には相応しくない場所で、相応しくない名前だろう。


 希望なんてものは、ここ数ヶ月で出会ったことがない。私の中では、黒い絶望そのものが渦巻いているようにさえ感じるが、ここは現存していた。

 深く悲しみに包まれた状態では、何をするにしても気力が湧かず、無気力にも程がある。

 自分に何ができたのかを数えては、何もできなかったと嘆く日々だ。


 帝国から抜けて、一週間歩いたあたりで、ここにたどり着いた。クソのように野原で野垂れ死ぬのもありか、と考えていたところに、この湖があったのだから、驚きの境地だった。

 何かあるんじゃないかと疑ってすらいたが、1時間2時間経っても特になかったので、ここで休息をとっている。

 急激に動くととても疲れるものだとわかってはいるのだが、過去からの性質たちで、やりたいことはすぐにでも行動に起こして、パンクしてしまっていた。気づくには気づくのだが、自分でやっているときはどうしても気づくことができない。自分で何をしているのかと思う時もあるけれど、火中の栗である場合はしょうがない面もあるだろうと大目に見て欲しい。


 一匹の鳥が現れ、こちらを見つめる。こちらは見つめ返そうともしない。そんな状況が嫌になったのか、鳥はすぐに羽ばたいていった。

 私も鳥になれたらどれほど楽なのだろうか。

 何も考えることもなく、自由な空に羽ばたいていきたい。

 モグラになって、ただただ土を取って餌を見つけて地面の中を這いずり回りたい。

 思考がだんだんとブラックになる。自分の状況を案じて不安になりもする。

 今こうしている間にも、虐殺は行われていて世界は滅んでいっている。幸せが逃げていっている。幸せなど最初から存在しないが、絶望はそのまま続き、早く死ねと地獄の炉に魂を注ぎ込んでいる。

 狂人とは一体なんなのか、邪神の欠片の適応率が高いものが選ばれたのか、それすらもわからないままでいる状態で、今まで戦ってきたわけだ。自分は甚だバカなやつだと自虐してしまう。私はそんなことを考えるために生きていたのか、そんなことを考えるために戦ってきていたのか。


 ……いけない、自分が自分でなくなりそうな感覚がした。

 これ以上ものを考えることはやめにした。精神の不安定な人間は、一人で何かを考えることというのは愚策にしかならない。

 自分を痛めつけた先にあるのは身の破滅だろう。何も成すことなどもない。

 私の心の受け皿は案外、小さいみたいだ。これでセンチメンタルな気分になるのだから、参ってしまう。TSしたことにも影響がきているのか……。


「へいへい彼女!其処で何してるの〜?」


「俺らと一緒にいいことしなーい?」


 バカな二人組が絡んできた。服装からして、野盗であろうことは瞭然だった。

 だが、私は敢えて乗ってみることにする。とにかく人間と会話して気を紛らわしたかったのだ。


「いいよ、どこいくの」


 私が返事をすると、男たちは下卑た顔でこちらを見つめる。熱い視線が送られてきて、とても不快な気分になってくる。


「どこって、勿論…………天国だよ!!」


 斧で切り掛かってくるのを、自分の腕で防ぎ、そいつの腹を殴打する。きつめのやつをもう一発。

 腕に刺さった斧を、片手で抜き地面投げ捨てると、もう一人の男が怯えてこちらに向かってくる。それも束の間、男の目は殺るきの目に変わり、隠し持っていたコンバットナイフで腹部を刺される。

 堂々と腹で受け止め切って、そいつは顔面目掛けて回し蹴りを放ち、加えて踵落としを空中で放つ。


「誰もわかっちゃくれない、わかっちゃくれないよ」


 腹に刺さったナイフを腹を掻っ捌きながら取る。私は、もう人間じゃない、魔力なんだ。転生魔力で、新生魔人なんだ。

 人間との違いなど、最初の一撃でわかってしまう。分からされてしまう。

 私の目はどす黒く、渦巻いている目だ。湖に映る自分の顔を見るのが嫌になって、目を背けた。

 こんなのは私ではない、私ではないんだ、と心で口ずさもうとも、今を変えることはできない。私は自分もこの度で探さないといけないことに気付かされた。

 しかし、それは希望でもある。自分は自分で変えることしかできないから、それは希望なのだ。

 写し鏡のように使った湖に一言礼を呟いて、その場を立ち去る。

 次の目的地はどこなのだろうか、それにはわからない。旅の目的地ではなく、自分の目的地のことだ。其処へ辿り着かない限りは、自分に希望など訪れないだろうから。


 明日は向かう選択肢は、自分にしか決められないものだ。だからこそ、私は歩き続けるし、戦いを止めることはない。その決意が、満たされた瞬間でもあった。

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