#10 警告

 人々は何か自分の理解の及ぶものではないものを恐怖する傾向がありますよね。各云う私も、理解の及ぶものではないようで、今まさに警告されている状況です。


「な、何をしにきたんだ、お前は!!!」


 何をしにきた、ですか。僕はただ世界を救いにきたものです。それ以外でもありません。自分に嘘をつけなかった結果、自我というものはとうに崩れ去りましたが、問題はないでしょう。


「き、消え失せろ!この悪の魔神め!」


 とんでもない皮肉。魔神とは……。神の名を冠することになってしまいましたが、どうなんでしょうね。自分ではただひたすらに救っていたらこうなったと言わざるを得ないんですが。まぁ、いいでしょう。こんなところに用はありません。僕はもっと先のものを壊さなくてはならない使命が残っていますから……。

 そうすると、僕は民衆を無視して通り過ぎていく。必要もない有象無象どもの話など関係もないからだ。自分にとって不要なものは避ける。心が破壊してからのいつもはこうだった。

いつもいつも嘆いて悲しんでいる暇なんてなかったんだ。

 僕には決められた【迫る手】を破壊する義務がある。そのためならば、どんなことでも破壊し尽くす。目の前にきたら破壊するのみだ。


「おまえさん、自分自身では悪になっていると気づいてないみたいやなぁ?」


 誰かの顔が頭をよぎる。やめろ、やめてくれ。その言葉でこちらを見ていってくるな。


「実は気づいてて、それでもなお気づかないふりしてるだけかいな。ほなしょーもないことにもなんなぁ」


「おまえは何者です。僕に何の用があって話しかけてくるのですか。壊しますよ」


 再びこいつに対して警告を仕掛ける。しかし、あいつには効かない。効果がない。確かめることができない。なんだ、なんなんだこれは!私は…………違う!僕は!!こうじゃなきゃいけないんだァァアアアアアア!!!!!!


「とうとう姿を現したなぁ、心の隙間が。心の隙間は根深い上に断ちにくいからなぁ。俺がペロリと食べちゃうからなぁ!」


 どこかの人間と似た様に話す青年の口調は豹変して、心の隙間に襲いかかる。心の隙間の猛攻は青年を死の淵まで追い詰める。激しい殴り合いが続き、いつ戦いが終わるのかを、空も海も大地も望んだ。終わることのない戦いは三日三晩続き、さらには地割れ雷津波が押し寄せた。壊れる。破壊される。蹂躙される。




 こんな結末は待っていなかっただろう。…………誰が?

 こんな終末は迎えたくなかっただろう。…………誰に?

 こんな些末な出来事は関係ないと思いたいだろう。…………どんなものが?




 いくつかの思考が駆け巡り、脳みそや心臓を侵し、蝕む。血の様に紅い飛沫が飛び交い、戦っているものたちを包み込む。殴りを入れたら蹴りが帰ってきて、蹴りを入れたら殴りが帰ってくる。そんなだった。ぐちゃぐちゃになって、ミンチになるまで殴り続けた。青年はクズキレになっていた。この世で一番惨めな死に方だった。僕は、私は、俺は、願った。普通で痛いとそう願った。しかし、その望みは聞き入れられず、心の隙間は動くことをやめない。呼び覚ました原因をこれでもかというほどに痛みつける。意識はないというのに。もう死んでいるというのに。




 虚空を殴り続ける心の隙間は、なぜか悲しく見えた。こんなにも荒々しいパンチを繰り出しているというのに、見えるのは苦しいということだけだった。この苦しさを解消する手立ては今のところはなく、ただただ悲しみに暮れてひたすら何も無いところに拳を突き出しているだけ。終わりのない始まりがそこにはあった。

 その殴り続ける拳は側から見るととても悲しそうで悲しそうで仕方がない。苦痛で持って心の隙間を埋めているのだ。




 これは警告だった。こうならない様にするためには、心に隙間なんかを作らない様にすること。ではないと心に隙間が入り込み、いずれはこうなってしまう。幾分も無駄に虚空を殴り続けては心の隙間は少しずつだが移動を続ける。どこに行くのかあてもないのに動き続ける。

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