#8 惨状

 慌ただしく衛生兵を呼ぶかの如く、誰かいないのかと叫び散らかす街の住民たち。生々しい傷跡がこの場に残っている。誰が残したかはわからないが、深い傷跡だ。それは時間が、歳月が解決はしてくれるが、今この現状を乗り切れようはずもなく、嫌な喧騒に満ち満ちていた。

 私はその状況を見た瞬間に体が動き、魔力を使い、生きている生命を回復させた。周りの住民は何が起こっていたのかはわからないだろう。

 だが、現状から復帰できたことに対する喜びからか、今度は嫌な喧騒は良い喧騒に変わっていた。人間笑っているのが一番だから。


「しかし、この状況を見せて何がしたかったんだ、わん公よ」


 振り返ると、そこにはもう犬はおらず、先程まで頼もしく道案内していた犬の姿形はどこにも見当たらない。……予想は合っていたかもしれないな。このタイミングでいなくなるのはあまりにも都合が良すぎる。自分が何もすることができないという絶望感を食おうとしていたのだろうか。あの惨状をみて、何か動かないなんてことはしないとは思っていたろうが、私の方が一枚上手だったみたいだな?

 突如、大きな飛翔音が聞こえ、この世界に飛行機がないのにどうしたものかと頭を悩ませる。飛翔音の他に、大きな破裂音が耳を掠めて、弾け出す。

 

「グォォォォオォォオオオオオン!!!!!」


 なんだありゃぁ!!明らかに関わっちゃいけなそうなドラゴン?いや、トカゲ型の魔物じゃねぇか!まずい、こちらの住民を攻撃しようとしていやがる!


「防御壁を展開して止めてやるよクソが!!突破できるもんなら突破してきて見やがれってんだんのクソトカゲ!」


 魔力をたっぷりと込めて、ここにいる生命を守れるぐらいの防御壁を張る。しかし、住民は二の次で、周りの建物がどんどんと破壊されていった。最初から住民などは対象外だったと気付かされる。範囲を広げて建物を守り、住民たちも守る。範囲がデカくなって魔法力を多く消費するが問題ない。今、とてつもなく怒っている。私の中にマグマのように燃えたぎる熱い心臓が今にも暴れ出しそうだ。

 あのトカゲはこちらを見てニヤニヤしている。明らかにこちらを舐め腐っている態度をしている。人間はなんで浅はかな生き物かと馬鹿にしてくる。


「…………の野郎」


 人間をあんまり舐めるじゃあねぇぞ。見せてやるよ、魔力の塊がどれだけの強敵かということを。

 防御壁をそのまま維持し、自分は防御壁の外へ出る。途中人間の危険だという声を軽く聞き流してから、トカゲと対峙する。

 気づくべきだったな。防御壁を突破できないことを。まぁ、防御壁を突破できない攻撃力を持つ脳みそには、気づきにくかったかもしれないが。


「こいよクソトカゲ。トカゲの丸焼きにしてやる」


 相当私の言葉にイライラしているのか、襲いかかってくる。人間を下に見るがあまり、そのでかいプライドはさらに肥大化し、こちらを襲おうと言わんばかりに口を伸ばしてくるが、それを防御壁で纏ったこの腕で殴り抜いた。

 あまりの威力に驚いたのか、呆気もなく吹っ飛ばされていくトカゲ。突然のことで頭が追いつかなくなってしまうのはどの生物でも同じことか。私だって、近所の女に自慰行為を見られてしまった時に、どうしようか迷って何もできなかったからなぁ。それと比べると、殴られることぐらいまだいいだろ。

 

「なぁ、どうだ。蹂躙されるってどんな気分だ。気持ち良いか?楽しいか?嬉しいか?違うなぁ?蹂躙されるってのは嫌な気分になって、何でもかんでも壊したくなっちまうよなぁ!!」


 私はそういうと、思いっきり魔力で強化した腕で殴り込む。身体に教え込む。まるで今までしたことが帰ってきたように。後悔なんてさせない。一ミリもさせずにただただそのトカゲの頭を砕いた。


「お見事、ですねぇ」


 ふと声がする方を振り向くと、そこにはとてもではないが、成熟していないショタがいた。もう一度言おう…………ショタがいた。


「…………なにもんだ、てめぇ」


「今、わたくしの身体を見て一瞬ためらって言うのはやめてもらっても良いですかねぇ。これでも30年は生きているんですが」


「(こういう定番の1000年生きてるとかじゃないんだな)なるほどな」


「まぁ、軽く自己紹介と行きましょう。わたくしの名前はデススペル。あなたの……敵というところでしょうか」


 予想はしていたが、こいつは敵だったようだな。魔力量からしてもかなりの手練だ。舐めてかかったら簡単に死ねるだろう。不敵に浮かべる笑みは、果たして私に向けられているものなのだろうか。それとも、世界そのものを嘲笑っているのだろうか。こいつは巨悪だ。見た目は関係なく、完全なる悪だろう。倒さなければいけない。殺さなきゃいけない。この男を。


「あぁ、さっきのデモンストレーション、なかなか楽しんでくれたようで何よりです」


 デモン……ストレーション?何を言っているんだ、こいつは。


「いやぁ、あの下位竜用意するの大変なんですよ?トカゲみたいな見た目の地竜なんですがねぇ」


 ーーやっぱり、コロスーー

 その瞬間に身体は嘘のように早く動き、奴の顔面に向かって拳が放たれる。しかしその拳は顔面に刺さることなく、片手で受け止められる。すぐさま腰をを左半捻りし、蹴りを喰らわすが、それも腕でガードされる。拳と拳の応酬が続く。ガードしガードされを繰り返しながら、周りの木々は衝撃で吹き飛ぶ。大地は悲鳴をあげ、空はこれでもかというぐらいに泣き叫んでいた。蹴りを初めて入れられると、カウンタークロスキックをして一撃お見舞いしてやる。


「……中々にお強いですね」


「お前のほうこそな……」


 この世界に来てからというもの、こう言った一方的ではない戦いをしたことがなかった。自分には力があるんだと思い違いをしていたみたいだ。こいつは強い……コロス……こいつはどうやら力がある……コロス……殺すことなどできないだろう……コロサナキャ……無理だ……コロセヨ……私には……コロセ!!!!!!!

 

「荒々しい魔力ですねぇ。そんなものを食らったらひとたまりもありません。まぁ、ここら辺で退散しておきますかねぇ」


「………………ニガザン」


 私はナニをしてイタンダ。こんなヤツに対してマケルことをオソレテイタ?チガウチガウチガウ!!そんな、なんで………………こいつとのタタカイガオモシロイと思ってしまっテイタ……?

 霧が晴れたように、私の意識も戻る。魔力の塊である私は、どうやら戦いを楽しんでしまう傾向にあるらしい。それもあの女神の呪いか……!最悪であると言わざるを得ない。私はそんなことのために力を振るんじゃあないんだよ……。


「引き分け、ですねぇ。また会えることを楽しみにしていますよ。あなたは……」


「私はマリだ。魔力の塊のマリ」


「そうですか、マリ。またお会いしましょう。わたくしの組織の名前は【迫る手】といいます!忘れぬよう、よろしくお願いしますねぇ」


 忘れることはない、この屈辱を。忘れることはない、お前の名前を。忘れることはない、この戦いの喜びを。忘れることはない、決して忘れることはない。

 手を一振りすると、デススペルは目の前から失せる。あいつは強い。【迫る手】とはいつか決着をつけないといけないだろう。そんな直感が頭をよぎるのだった。

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