#6 自我

 人がいつ自我を獲得するかなどはわからない。そんな些細なことは誰も気にもとめないことだろう。世界に何人かは自分がどんな形で目覚めたかわかる人間はいるだろうが、それでも少数派だ。何が言いたいのかと言うと、自我なんてものはかなぐり捨てれば、大抵のことは考えなくて済む。考えなくていい生き方をするのは植物状態であるのと変わらないであろう。しかし、その生き方が楽だと言うのならば、それはその人間にとっての幸せの形なのであろう。


「な、なんなのだ……お主は!この溢れ出るばかりの高魔力反応に、この気迫っ!只者ではないことがそれだけでわかる!お主は規格外だ……この世界の遺物とも言えようぅぅぅうううう!!」


 まるでその話は耳に入っていないのか、目的の肉袋を狩るために動く殺戮兵器。スイッチが壊れた機械ほど厄介なものはない。情報伝達の回路が壊れきっていて、今はもう使うことができない。制御が効かないのは不便なものだが、目の前の邪悪をむしり取るにはそれが効率がいいのだろう。それを分かっているかのような動きで的確に国王の首を狙っていく。

しなやかな動きの腕が国王の頬をかすめとり、血を噴き出させる。ここまで深い傷を負ったことのない国王は内心恐怖と絶望でいっぱいだっただろう。


(此奴の破壊力はそこらへんの人間なんかとは比にならないぐらい強い……!うかうかしていたらこちらがやられそうじゃ。なんとか打開しなければぁぁぁぁぁあああ!!)


「私は以前の私じゃない…………甘くはないぞ」


 そう言葉が続いた後には、背中から黒い触手のようなものが二対と生えて、刈り取らんばかりにこちらを威嚇している。

 獅子は獲物が弱くても全力を出して狩りをするように、今の図式はまさにそれのように見えた。

 圧倒的なまでの破壊力になすすべもない国王。しかし、国王の灰色の脳みそは、ある秘策を思いつく。


「ふはははは!簡単なことだったんじゃ!おい!この化け物よ!仲間を殺されて憎いか?憎いじゃろうな!あいつらはすぐに死んでいったぞ?なのになんでお主は生きているんじゃろうなぁ?お主だけ生き残り、何にも為すことができなかった日には、化けて出てくるかもしれんのぉ!」


 罵倒をされ、手を止める殺戮兵器。

 この罵倒がこの慈悲なき殺戮兵器の中に響いたのだろうか。

 ほくそ笑んでいる国王に、一つの触手が襲いかかる。それはあまりにも自然で、一つの日常風景かのように過ぎていった。その時にはもう国王の左腕は弾け飛んでいた。

 突然のことで何をされたのか全く感知することができなかった国王は、叫ぶのも忘れただただぼぅっとすることしかできなかった。

 自分の死期を悟った猫は、飼い主の前からいなくなってしまうと言う話に似ていて、国王もどこかに向かおうとしていた。


「ハハハ、あの方の元に向かわねば…………あの方ならばなんとかしてくれる……」


 次々に体に穴をあけていく国王の姿に、戦っていた時の影は見えない。残虐な姿にさせられ、自分で行ったことをその身に体験をしているようであった。

 当然の報いという言葉があるが、今はまさにその状況であろう。とんでもない痛みが彼を襲い、王として痛みに喘ぐのも許されない。こんな状況ではどちらかが悪かなんて最早ないのだろう。自我という強烈な鎖に縛られていたものが抑圧されすぎて暴発した。その抑圧されすぎて絶えきれなくなって暴発した自我は、他人を傷つけることなれていた。

 数秒後には国王はその場に倒れていた。











(…………あれ、私はどうしてたんだっけ。何にも思い出せない。そっか、殺されちゃったんだ…………どうしてこんなことになったんだろう。私みたいな奴と関わってしまったのが運の尽きか。もう何もかも分からなくなってきたよ……)


 心から響く声は、霧散して意味のないものになっていく。無価値なものには何も与えることなどできない。付加価値などないのだ。


 殺戮兵器の瞳からは水が流れる。機械から水は出てこない。彼女は機械ではないのだから。

そんなフォローをする人物はどこにもいない。悲しみが連鎖し、落ちては消え落ちては消えゆく。自我がなければどれほどよかったろうかとマリは心の中で叫び散らしたかった。自我がなければ思うところなど何一つもないからだ。


 虚しさだけがその場所の空気を語っている。

先行く道はどこなのか、マリにはまだ分からない。進むしかないのだから、進むしかない。そう考えると、自然と足が動き出し、当てもなくまっすぐ進んでいく。傾いた国を置き去りにして、真っ直ぐ進んでいく。

 この先に待ち受けているものは一体なんなのか?






 この戦いで呼び覚まされたものがいた。

その存在は悪か善か。それを決めるのは彼女自身である。どうにもならない災厄というのは近づいている。着実に、一歩ずつ、ゆっくりとではあるが、迫ってきている。

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