第6話 望まない再会
和也は自宅で寝そべっていた。
謹慎を言い渡された翌日の朝のことである。
「暇だ……」
呆然と天井を眺めながら、気の抜けた声を漏らす。インドアな趣味を持っている訳ではない和也にとって、部屋に閉じ籠もることは退屈以外の何物でもない。
「まだ九時か……」
最近買い替えたばかりのスマートフォンを手に取って時刻を確認する。この動作も朝目覚めてから八度目になる。テレビは報道番組ばかりなので消した。ネット上でも(直接顔は映っていないが)紫の装甲を纏う自分の写真や動画が流れているので見るのをやめた。折角のスマートフォンもただの時計に成り下がっている。
「あ~~、っと!」
このままでは耐えられないと思ってか、勢いよく上体を起こし、流れるようにすっと立ち上がる。
我慢できず、そのまま玄関を開けて外に出た。
「ってかんじなんだよ」
「いやあんたバカでしょ」
一時間後、和也は病院にいた。目の前の
「あんた一回謹慎って意味調べてみなさいよ」
実際には自宅を出てはいけないなどとは言われていないのだが、
「あんまり難しいこと言うなよ」
「普通に高校生が知ってるっての。そのスマホは飾りか」
「いや、まだ慣れてなくて」
周りが持っているから買ったスマートフォン(最新機種)だが、正直使い方は微妙だ。使っていくうちに慣れるとは思うが、小難しいことなどわからない。
「なんだ、機械音痴か」
言いながら、魅凪は自分のスマートフォンを取り出してなにやら操作し始める。指の動きがすごい。語彙力が壊れているが、なんかぬるぬる動いていてちょっと気持ち悪いくらいだ。
「ってことは、やっぱこれあんたなんだ」
何やらぬるぬる文字を打ち込んだ末に画面を向けられると、和也の目には鳥のマークのSNS、その書き込み(呟き?)にある画像が映った。
「うあ……」
表情と声音でまじまじとうんざり感を出す和也は、紫の装甲に
「ったく、世間に隠れてこそこそやってるんじゃなかったわけ?広報活動ご苦労様」
「それ以上言わないでくれ。本気で凹む」
暇になって魅凪のところに来たのは事実だが、会話を楽しみたい、気分転換したいという気持ちが強いわけで、まさか追い打ちをかけられるとは思わなかった。思い返せば魅凪は思ったことをズケズケと言うタイプなので、完全に和也の読み違えだが。
魅凪は和也やMESの事情もある程度は知っている。一ヶ月前の競技会でもそうだが、その後に和也から見舞いの度にある程度話を聞いていたので、今回も「どうせ黙って見てられなくて出しゃばったんだろうな」と察している魅凪であった。
「なぁ」
急に、和也の顔が真面目なものになる。
「俺、間違ってるかな」
「…なによ、急に」
急にしおらしく、というか表情を硬くして尋ねられ、魅凪が困惑する。
「俺、こんなことで関係ない人が傷つくなんて、間違ってると思う」
「……」
「それを助けるって、そんなにおかしいことかな?」
何やら神妙な雰囲気になったなと思い、魅凪は考える。
言うまでもなく、和也の判断は世間の常識に
「ま、普通にいいことしたんじゃない?」
こう言うのが正解だとは思う。だが、和也から聞いたMESの話、SFTの社員から漏れ聞こえた合同試験の話、青ヶ島で共に戦った
MESに限った話ではない。嘗て復讐のために身を寄せたSFTだって、同じことを言うと思う。
要は、MES・SFT・KDI・CTVの四社は全ておかしいのだ。
表向きの顔と裏向きの実務。
テレビCMで明るく希望を説いた裏では、まるで蚊を潰すように命が軽い世界。いや、命を命として認識されていないと言うべきか。
「そう、だよな…」
和也は望んだ答えを貰いながらも、自信なさげに頷く。
(まったく、コイツは)
心の中で呆れながら、魅凪はすっと左手で
「いたっ」
「ぐじぐじ悩まないの。いいじゃん、自分でいいと思ってるんなら」
恐らくかけて欲しいであろう言葉を察して、おまけの平手を追加する。
「あたし、この後検査入ってるからさ、悪いけど」
「あ、うん、わかった」
和也は立ち上がり、ドアの前で一度振り返って魅凪の顔を見やる。
彼女は既に和也の方を向いていない。
横顔をチラ見してから、和也は病室を出た。
平日の午前中に街中を歩くというのは変な気分だ。空気感が違うというか、見慣れた街並みがどこか違和感を抱かせる。
和也はそんな新鮮味のある街中を歩く。
今の装着者としての仕事では平日に出歩くことは日常だが、今日に限って言えば仕事を――戦うことを求められていない。
時刻は一一時を回ったところだ。昼食にはまだ早い気がするし、自宅に帰ると少し昼を回ってしまう。
(この辺じゃなくて、ちょっと帰り道にどこか寄ってくか)
そう思い、五反田駅へ歩いている時だった。
「ねぇ、君」
突然声をかけられた。若い男の声だ。
自分に向けられた声かと疑うが、間違いない。ほんの三メートル先に立つ背の高い男が、真っ直ぐに和也に視線を向けている。
「俺とまたヤらない?」
「は……?」
緩いパーマのかかった髪の、二十代前半の男だ。無地の黒いトレーナースウェットの上にネイビーのジャケットの落ち着いた服装ながら、微笑を浮かべる相貌は軟派な印象だ。そんな男から「ヤらないか」と声をかけられた。
和也どころか、周囲の通行人も耳を疑ってチラチラ視線を寄こしてくる。
「誰だよ」
不快感を隠そうともせず、和也は警戒する。
ひとまず関係ないアピールしておかないと、周囲の視線が痛い。
「あれ?わかんない?昨日あんなにヤリあったのに」
頼むから変な言い方やめろ。それともわざとか?通りがかりの人からカップルに思われそうなので勘弁してほしい。
男は和也へとカツカツと歩み寄る。
反射的に和也の足が一歩下がる。
それでもすっと間合いを詰めて、男が眼前五十センチまで近づいた。
「昨日、ここの近所で、
和也の背中に嫌な汗が伝う。
「お前は…!」
クスリと、男が笑う。その様はまるで舞台役者かのようだ。
「思い出してくれて嬉しいよ、MESの松井和也」
男の唇が半月状に象られる。
和也の記憶の中にある、昨日の弓騎士の声が、目の前の男のそれと重なる。
「トリスタン…!」
「フフッ」
男の喜色が、より一層強くなる。
和也は反射的に懐に手をやる。
「あ……、」
そして、思い出す。
和也の戦う力――
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