第5話 謹慎処分
同日一九時一二分、ネットニュース『Yahuuニュース』より。
『五反田で傷害事件。ビルから現れた不審者により女性会社員が負傷』
同日二二時〇二分、報道番組『ニュース・ワン』より。
『本日午後六時三十分ごろ、五反田駅付近で傷害事件が発生しました。被害者の女性は病院に搬送されましたが命に別状はないとのことです。加害者はその場で死亡しました。視聴者からの映像がありますのでご覧ください(細切れの動画が映し出される。番組にて血の出る箇所はカット)』
翌日六時四五分、報道番組『ハローモーニング』より。
『昨日午後六時三十分、五反田駅付近で動物に襲われる事故が発生しました。現場は花房山通りの路地で、ビルの五階から落下してきたオランウータンが、通りかかった女性に襲い掛かったということです。その場でパワードスーツを着用した男性がオランウータンを殺処分しました(紫色のパワードスーツの写真が映し出される)』
翌日一〇時二五分、報道番組『ひるよーび』番組冒頭(予定変更)。
『昨日、五反田駅付近で飲食店勤務の二十代女性が動物に襲われる事件が発生しました。ビルの五階から道路上に落下した、体中に機器を身に着けたオランウータンが、近くに居合わせた女性に襲い掛かったということです。その場に居合わせたパワードスーツ「
ネット掲示板『10チャンネル』軍事スレッド『五反田の事件ってさ』より抜粋。
『あのオランウータンどこから来たん?上野の動物園?』
『あほか。あれバイオウェポンや』
『なんや バイオハザードか?』
『最新鋭の動物兵器や。昔の地雷犬みたいな感じで動物に人襲わせるんやで』
『こわ。』
『第三国で出回っとるで。危険なところに送ればそのまま敵をバクバク食ってくれるんやで』
『そんなん嘘松やん』
『エアプやん。画像荒いけど、あれ背負ってるの給弾システムやで。肩から出てるのは多分M240やな。今はなんでも装甲化と火器搭載がトレンドや』
『にわか乙。あれはE6』
『型番厨黙れ』
『ちな、上野にはオラタンおらへんぞ』
『オラタンは草』
『長いやんけ』
『テルフってあんなん自衛隊におるん?』
『配備されとるけど、もっとゴテゴテのや。あんな派手な特撮っぽいやつはない』
『メス開発の最新型ちゃうん?』
『童〇ワイ、やらしい響きに興奮』
『猿のケツ広げてウホウホやってろや』
『草』
『MESや。MTTの兵器開発もやっとる会社や』
『ほえー、そんなんあるんやな』
『世間に隠れて人体実験しとるんやで』
『陰謀説おつ』
(この後も三〇〇以上のスレッドが続く)
「で、どういうことだ問題起こす天才の松井和也」
江東ビルのオフィスで、
「いや、まぁ、なんというか」
椅子に座って腕と脚を組んだ竜胆寺と、その前に立って
昨日、五反田の路上で野次馬に囲まれた和也は、咄嗟にその場を去った。道路上を走るのではなく、ランツェフォルム特有の跳躍力を駆使してビル外壁を数ステップで駆け上がり、屋上を伝ってその場から離れていった。
派手なところを見せたかもと後に後悔したが、『
「このままじゃ、危ないと思ったんで」
「ウチの立場がな」
やっと絞り出した和也の言い分を、竜胆寺がため息と共に一蹴する。
「あくまで四社間協定による実施試験は内々のものだ。当然世間は知らないし、軍需系に絞っても
ASN-5M〝アラクネ〟は自衛隊でも少数ではあるが配備されている、背部アームから二対の小銃を展開可能な射撃戦用機だ。関心を寄せたアメリカ陸軍や海兵隊にも卸しているが、どちらにしろ売っているのは
四社が試験で使用しているものをそのまま売っているわけではない。
MESはモンキーモデルとはいえそのままTelFを販売しているが、SFTの
KDIの
CTVの
「MESはあくまで民間企業だ。武器だけ売って生きてるわけじゃない。ブランドイメージって言葉知ってるか?」
防衛装備などという言葉を使ってはいるが、武器は武器だ。
人を殺傷することを目的に作られている以上、綺麗事だけで済む話ではないが、経済という枠組みの中にいるのだから、当然企業イメージを損なえば売り上げ低迷や株価に影響する。お得意さんの国が守ってくれるわけでもない。
「それでも、俺は関係ない人が巻き込まれるのなんて黙って見てられません」
和也は気圧されながらも、自分の考えを吐露する。
「そんな、秘密だからとか、イメージがとか言って、見て見ぬフリするなんて」
無人のビルとはいえ、外には会社帰りの社会人をはじめ、人通りだってある場所だった。現に、あのとき和也の元にはすぐに野次馬が集まってきたのだ。
もしあの
もしあのままあの女性の頭が
そんな事態を恐れて、和也は居ても立ってもいられずに飛び出したのだ。
これが人間としておかしいとでもいうのだろうか。
これを見過ごすことが、正しいというのだろうか。
「何もしないことが正しいなんて、俺は、思いたくないです」
和也の決意と想い。その言葉を聞いて、竜胆寺はしばし黙る。
だが、それは和也に圧されたからではない。
「……充分に言いたいことは言えたか?」
ただ、それだけを待っているに過ぎなかった。
「だったらしばらく
和也の想いは伝わらない。
それは竜胆寺だからなのか。企業体質故のものなのか。
「
「俺は――!」
「二度言わせるな。これから本社の広報と打ち合わせが待ってる。記者会見を開く場合のシナリオを作らねばならないからな。
心底面倒くさそうに、竜胆寺は立ち上がる。
「武藤、松井から回収しておけ」
そう言って、竜胆寺は部屋を出る。
ドアが閉まった後、一息置いて、優樹は和也の元に歩いていき、右手を出す。
「松井君、出して」
しばらく和也は動かなかったが、観念して、ベルトとカードを取り出した。
「武藤さん、俺、間違ってるんですか」
不貞腐れている様子を隠そうともせず、渋々と差し出す。
「会社だからね」
それ以上、優樹は答えず、〝ゼロ〟のベルトとカードを受け取る。
そのまま、竜胆寺に続くように部屋を出ていく。
「自分がそうしたいと思っても上司が許可しなければ、ただの絵空事に終わるから」
去り際に、そっと付け加えられた。
「なんだよ…」
和也は納得いかないまま、しばらく室内に立ち尽くしていた。
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