第4話 三つ巴
和也はビルの階段を段飛ばしで駆け上がる。元より体力には自信がある。さっきガラスが割れた五階まで駆け上がるのに体力は申し分ない。
このビルは八階建てで、一階はシャッターが閉まっていた。何か張り紙が張ってあったと思うので、
駆け上がっていく度に各階にある擦りガラスのついたスチール製のドアが目に入るが、看板も張り紙も何もない。もしかしたら全フロアが退去済で、近々改修工事か、もしくは解体でもされるのかもしれない。
あっという間に五階に到着する。
「……、」
スチール製のドアノブ握り、そっと開ける。
部屋はコンクリートが剥き出しの一〇×一五メートルほどの広さで、その中ほどに三〇センチ四方の太いコンクリート柱がある。
ドン!!――ガン!!
衝撃が耳を震わせる。
目の前には、見知らぬ二人が対峙しており、衝突しては離れてを繰り返していた。
いや、正確には、一人と一匹というべきか。
一人は黒地に黄色いラインの入った西洋甲冑を身に着けており、その手には金属質な弓が握られいる。
一匹は、大型の猿――いや、オランウータンだ。額から鼻にかけてを覆うゴーグルにボディプレートのような装甲を身に着け、脛と下腕部にも同質の装甲がある。両肩にはそれぞれ一門の銃身がセットされていて、背面にはランドセルのようなものを背負い、銃身後部に繋がっている。おまけに大きい。小さく見積もっても一.五メートル以上はあるだろう。
西洋甲冑の方は、恐らくSFT社の
オランウータンはCTV社の
つまり、ここでSFTとCTVの『実地試験』が行われているということだ。
「あれ?部外者来ちゃった?」
「……っ」
和也は慌ててベルトを取り出す。
その様子に、
「へぇ、三つ巴ってわけ?」
すぐに和也の正体に気づき、甲冑に隠された表情が喜色に染まる。
「なんだっけ?テルフ、だっけ?俺初めてだよ」
陽気に語る男の声を聞き流して、和也はスナップを利かせてベルトを腰に巻く。手にした
「ターンアップ」
『Turn up. Complete.』
電子音声が発せられ、カードは空気に溶けていく。
『MAZ-System, starting up. Schwert form open.』
和也の体が、青い装甲に覆われる。白いラインの入った胸部、鋭角的な肩部。左腰部には十センチ四方のツールボックス。頭部には顔が隠れるほどの大きなゴーグルに、右側頭部には白いヘッドギアユニットが装着される。
MES製強化スーツデバイス、Termination of law Fighter。略称
『Tension Sword Ⅳ, activate.』
ゼロの両手に出現する、二振りの片手剣〝テンションソードⅣ〟。片面は普通の刃だが、もう片面は等間隔にスリットが入った構造になっている。大ぶりなソードブレイカーといった見た目だ。
騎士だけでなく、大柄なオランウータンも新たに現れた敵性体――和也が装着するゼロを認識する。大きな牙を剥き出しにして、凶悪な相貌が青い装甲を睨む。
そして、銃口も向けられた。
「くっ――」
和也は冷や汗をかきながら右横に跳ぶ。
ズダダダダダダッ――――――!!
オランウータンの二門の銃口から無数の銃弾が吐き出された。恐らく機関銃だ。足を止めたら蜂の巣になって死ぬ。横に跳んでから前転して、勢いのまま立ち上がり全速で駆けるが、死の重奏がその後を追って来る。コンクリートの床や壁に、しつこく追い
遮蔽を確保するため、部屋の右手にある太いコンクリート柱を目指す。いくらなんでも三〇センチのコンクリートを貫けないだろうと思い、運動性に優れるシュベルトフォルムの特性を活かしてオランウータンと柱の対角線に入る。
「やぁ」
そこには、先客がいた。
和也の目指していた柱を背に、黒甲冑の騎士が陣取っていた。
その手の弓を、和也に向けて構えた状態で。
「試作五号体、トリスタンだ。覚えとけ」
甲冑の面の内側で、確かに笑っている気がした。
「もっとも、その頭はすぐ吹っ飛ぶけどな!」
咄嗟にしゃがみ、前転。
トリスタンと名乗った騎士の弓から何かが発射され、さっきまで和也の頭があった場所を穿つ。背後で轟音がした。ただの矢ではないのだろう。そもそもトリスタンは弓を構えてはいたが矢を
(わからないことを考えてもしょうがない!)
和也は疑問を頭から叩き出し、弓騎士へと迫る。
彼我の距離は五メートルとない。文字通りあっという間に懐に跳び込める。
「これでっ!」
両翼を畳む巨鳥のように、外から内へと双剣を振るう。
「どうなるって?」
そんな和也の、胴を薙ぐギロチンのような攻撃を、西洋甲冑は一歩前に出ることで対応する。
右手の弓、その本体で左の剣を受け止め、左手で和也の右手首を掴んで止める。
(こいつ…!)
かなりの戦闘センス。和也は思わず唸る。
間合いの外に出られないなら間合いの更に内側に入ればいいという単純な思考だが、わかっていても実際に敵に踏み込むことはなかなかできない。
それどころか――
「うおっ」
和也の体が前に押し出される。そして、トリスタンが弓を振りかぶる。
見れば、
だが大振りの一撃だ。和也はそのまま右に転がって回避する。
弓型の両剣は空を切る。
だが、和也の体は柱の遮蔽から外れ、その奥にいるオランウータンの機関銃の射線に入ってしまう。
「しまっ――」
ズダダダダダダッ――――――!!
地面を舐めるように、銃弾が膝立ちの和也へと迫る。
ほぼ反射で、和也はカードをバックルへと読ませた。
『Hammer form open.』
ゼロの装甲色が黒へと変わる。
防御力と膂力に秀でたハマーフォルムに切り替え、数発の銃弾が命中するもやり過ごす。そのまま一気にオランウータンへと駆ける。
腕を交差しながら近づくが、その間も腕の装甲にカンカンキュンキュンと銃弾が命中しては弾かれる。銃弾の口径上なんとか耐えられているが、気分は冷や汗ものだ。装甲に当たればいいが、非装甲部分に当たれば一発で重症だし、顔に当たれば即死確定だ。弾が散らばっているせいか、和也の後ろにも銃弾が抜けているので、警戒しているトリスタンから背中から撃たれないことがせめてもの救いか。
オランウータンまで辿り着くと、そのまま右手に回る。普段ならここで大槌〝ラチェットハンマー〟を手にして叩き潰そうとするが、今は三つ巴の最中だ。
「今度はお前が――」
和也は大槌を出さずにオランウータンに掴みかかる。
ハマーフォルムの高い膂力を活かし、三〇〇キロある体を投げ飛ばす。
トリスタンの隠れる柱の、更に向こうへと。
床面を転がっていき、装甲化された霊長類が黒い騎士の目の前で止まる。
そこで、転がったオランウータンとトリスタンの目が合う。
「おいおい、やってくれんな」
騎士は和也に一瞬視線を寄こすが、すぐに目前の生物兵器へ渾身の蹴りを叩き込む。
野太い悲鳴を上げる獣は窓際へと転がっていく。
そこへ、弓が向けられる。
何度も轟音が響く。暴風が巻き起こる。
何が起こっているか和也には理解できなかったが、オランウータンが窓に向かって転がっていき、巨体が巻き上がって窓枠を突き破り、ビルの外に落ちていく様を見ることになった。
再度窓の割れるガシャーン!という音が耳に入り、不快感を呼び込む。
「さて、邪魔者はいなくなったし、二人っきりで楽しもうか」
弓兵は柱の陰から出てきて和也へと向き合う。
緊張の面持ちで、和也もジリッと足裏で床を噛みながら、ツールボックスにも手をやる。
こいつの戦闘能力は高いが、果たして以前戦ったガラハッドやパーシヴァルと比較してどれほどか。それこそ、銀のカード――ハイラントフォルムが必要か。そこまで考えて、
ドン――!!
『きゃぁぁぁぁぁぁぁっ』
窓の外から、恐らくさっきのオランウータンが地面に叩きつけられた音と、複数の悲鳴が聞こえた。
思わず和也は窓辺に駆け寄って下を見る。
血みどろになった
「おい、あれ――」
「ほっとけよ」
「はぁ⁉」
何とかしないと、と言おうとしたところで、弓騎士がさもどうでもよさそうに言う。
「俺らにあそこまで行って止めろって?協定上こっちが人混みに入るわけにいかないし、もしあれで誰かが死んだってそれはCTVの責任だろ?俺らには関係ない」
実に冷めた意見だが、理屈でいえばその通りだ。
むしろ和也としてはこれからトリスタンとどう戦うかを考えるべきだが、そんな思考に至れるような精神構造を、松井和也は有していない。
「ふざけんなっ」
和也は窓枠に手をかける。
眼下では、
「ちくしょうがっ!」
『Lanze form open.』
和也は窓から飛び出し、その装甲色を紫に変化させる。
毛むくじゃらの手が、女性の小さな頭を掴んだ。
『Gauge Lance, activate.』
黄色い柄の槍――〝ゲージランス〟を出現させ、和也はその刃を下に向けて急降下する。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
咆哮を伴って、ゲージランスがオランウータンの首元と背中の装甲の間に突き込まれた。
一息で、
毛むくじゃらの手に頭を掴まれた女性は、しばらく固まっていたが、すっと気を失って倒れた。
「間に…合ったか…」
和也はふっと安心して息を吐き出す。
少なくとも、無関係の人間を巻き込まずに済んだことに安堵する。
カシャリ――
そこで、機械音に気づいて振り向く。
カシャリ――
カシャリカシャリ――
周囲には、仕事帰りの社会人や飲食店から出てきた若者が集まってきており、みなその手に携帯電話やスマートフォンを構えている。向けている先は、ゴーグルをつけて装甲化されたオランウータンに槍を突き立てる、TelFを纏う和也だ。
写真だけじゃない。動画も回されているだろう。
「……あれ、もしかして、まずった…?」
先ほどとは別の種類の冷や汗が、背中に伝う。
それを五階から見下ろしていた弓騎士も、
「あ~あ、俺知~らね」
面倒事は嫌だと、早々にその場所を去っていった。
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