第31話 海神の雷
天から、天使が舞い降りた。
大介は、一瞬そう錯覚したが、すぐに考えを改めた。天使と呼ぶには、それはあまりにも無骨だった。
それは、TelFに相違ない。
濃緑色を基調とした、大介のメサルティムに比べて重装甲の機体で、多角的なフォルムを持っている。やや大きめのHMDとヘッドギアからは、後方に伸びる二本のブレードが左右に一基ずつ配され、センサー類の特化設計が窺える。
目に見える武装は、背中にある二本の太い棒状のもの――恐らく砲であろう。それに加え、左右の手にはやや短銃身化された、新規設計されたであろう突撃銃が握られている。
だが、一番の特徴といえば、その背中の砲、さらにその後ろにあるものだろう。
一対の翼が生えていた。大介が一瞬天使と思ったのはこの翼のせいであるが、朦朧としていた先ほどはともかく、今はそんな印象は皆無だ。
何せ、無骨過ぎる。
暗緑色の前縁パーツから翼が出ているのだが、それは鳥のような羽毛ではなく、透明な緑色をした結晶体――緑のステンドグラスという印象だった。縦に引き伸ばされた菱形のパーツが九つ、それらが寄り合わさって、それぞれの片翼を作り上げている。
そして、大介はあまりの衝撃に忘れがちであったが、最もおかしい事象が起きている。
濃緑のTelFは、地上一〇メートル地点から一向に地面に着地しない。
つまり、このTelFは空を飛んでいるのである。
「
大介の許へ駆け寄った優樹は、空を見上げて呟いた。
「新型……」
「厳密には、違いますよ」
大介の呟きに、優樹は見上げた姿勢を崩さないまま言う。
「元々大火力で制圧するための機体、そこに局所重力偏差機構を組み込んだ、高機動重火力制圧機――」
見ると、さっきまで自分たちに群がっていたはずの
「SIS-2 ケイトスの試製改修機、SIS-Y7 ティアマット」
「ケイトス……」
その名前が、大介から数週間前の河川敷での戦闘を呼び覚ました。
あのとき、死に掛けていた石田秀平を助けたのは大介だった。
しかし、今は……
「石田さん、南北から増援が接近中です、対処の方は……」
「こっちでも捉えてる。あれくらいなら、いけるよ」
やはり石田秀平か、と大介は心中で呟いた。どうやらドロップアウトはしなかったらしい。それどころか、こうしてMESの増援として来るとは、思ってもみなかった。
北からは二〇〇メートル先に小型種を中心にした
ティアマットは北側へ体を向け、二〇〇メートル先を見据えた。
「あ、そうそう」
言い忘れた、という体ならが、わざとらしく秀平は言う。
「巻き添えになりたくなければ、俺の直下、半径五メートルから外に出ないように」
いつぞやの意趣返しのつもりだろうか。秀平は更に五メートルほど上昇した。
「一応、心配しなくていい、のか?」
「問題ないでしょう」
大介の問いに、優樹は即答する。
「ティアマットの火力なら、押し切れます」
「だが、相手は小さい上に素早い。アサルトライフルの射程には入っているが、数丁程度の弾をばら撒いて殲滅できる相手じゃない」
そう、だからこそ、二人はここまで追い詰められているのだ。銃弾の雨だけでは、とてもじゃないが全滅させることはできない。しかも、今は挟み撃ちにされている状況だ。片側に火力を集中しては、その間に容易にもう片側に接近されてしまう。
秀平は両手に構えた短銃身アサルトライフル〝セイファート〟と、背部にある二門の三五ミリ榴弾砲〝シャマリー〟を展開し、照準する。
轟音が、世界の音を塗り潰した。
それほどまでの銃声・砲声が、一斉に鳴り響いたのだ。それだけの威力を持つ猛威が、獣の集団へと襲い掛かっていく。
転送給弾方式を採用しているため、アサルトライフルも榴弾砲も弾倉が空になる心配はない。加えて、空中戦闘や命中精度の向上の観点から、ケースレス弾を使用しているため、薬莢も出ない。
発射時間は十秒程度だった。
しかし、毎分六〇〇発の発射能力で放たれる九×三五ミリ弾(MES製)と毎分六〇発の発射能力を持つ三五×一三五ミリ砲弾(MES製。右砲身からはAPFSDS、左砲身からはHEAT)をそれぞれ二基使用しているのだ。
次々と、装甲化された狼たちが蹴散らされていく。
が、全滅には至らない。撃墜率は五割といったところか。
「ふぅ」
秀平は一息漏らし、一度両腕を下ろした。
北側戦力は、狼型一一、距離一〇〇。
南側からはゴリラ・大蛇・犀型が計一四、距離二二〇。
「遠すぎるな」
言って、秀平は反転。南側へと体を向けた。
「FCS、ECSフルアクティブ。MLS起動」
ティアマットのHMDに、一四の光点と照準が表示され、次々と二者が合致していく。
発射。
マルチロックオンされた標的へ向けて、九ミリと三五ミリの弾丸が吸い込まれていく。
三五ミリ砲弾により、犀の頭部が弾け、ゴリラの巨腕が吹き飛ぶ。だが、九ミリ弾はそのほとんどが弾かれてしまい、効果を示していない。大型種だけあって、装甲も分厚いようだ。更に、意外にも三匹の大蛇がほとんど無傷で済んでいた。
撃破数は、八。蛇三、ゴリラ三、犀二という内訳だ。
「ならさ――」
秀平は、左右のライフルの前後を連結させた。右の銃を後ろに、左の銃を九〇度横にして前に。すると、九ミリ弾用銃口の上部から、大きな銃口が二〇センチほど迫り出し、まるで長大な狙撃銃のような形になった。口径が大きい。撃ち出される弾は三〇ミリ以上はありそうだ。
「セイファート、デュアルモード。バレル展開。TRグリーン。CT、五セカンド」
HMDに新たな照準が表示され、秀平は一番右端にいるゴリラへとマーカーを設置。距離、一八〇メートル。
「セイファート・レイ、ファイア」
銃口から、砲弾――ではなく、眩い光が放たれた。
少しずつ拡散されながらも帯状に広がっていくのは、中性粒子ビームである。高速で空気中を突き進む粒子群は、摩擦によって発熱・減衰されながらも、ゴリラへと命中。瞬間、ゴリラの体は装甲を無視して爆発・四散させ、体の大部分を消し去った。
発射はまだ終わらない。
秀平は連結させた粒子砲を左へと振り回す。
それに追従し、中性粒子ビームが横薙ぎに進み、その途上にある
照射から十秒ほどで、南側の
秀平は息つく暇なく一八〇度反転。逆側の狼たちの殲滅に入る。
だが、それを見ていた大介は、遅すぎる、と思った。
すでに、
だというのに、秀平に慌てた様子はない。
「本気出すか」
そして、大介の焦りなど知らない秀平は、静かに呟く。
再び、分離させた短銃身ライフルと榴弾砲を構える。
加えて、結晶状の両翼が動く。前縁部がやや上向きに稼動し、結晶翼が合わせて再構成され、その面積が増加する。
結晶翼と同色の、一〇センチ大の結晶の鏃が発射された。
その数、片翼当たり九。両翼から、毎秒五〇発以上もの速さで放たれる結晶の弾丸が、二〇メートルにまで迫っていた装甲化された狼の群れに襲い掛かった。
無数の結晶は、雨の如く、しかも暴力的に降り注ぐ。結晶に衝突した瞬間、その箇所が弾け、装甲と肉を抉っていく。
これは、タングステン弾の射出兵装〝プレアデス〟や〝アルキオネ〟と同じコンセプトで開発されたものだ。質量中のほんの数パーセントをエネルギーに変換し、その莫大なエネルギーを熱量と運動エネルギーとして利用。爆発による結晶の四散により、一種の榴弾になっているのである。
ただし、有効射程が五〇メートル程度なので、近づかなければならないのが欠点なのだが(それでもアトラスの〝アルキオネ〟は有効射程二〇メートル未満なので、比較的有用とは言えるかもしれない)、破壊力は見ての通り、凄まじいものがある。
優樹も、残弾があればタングステン弾を射出して対処したであろう状況下、秀平も同様に考え、対処した。秀平が見下ろすと、嘗て狼だったものが、ただの肉塊として地に臥している様が広がっている。
敵勢力の殲滅を確認し、ティアマットの濃緑が、ゆっくりと地上へと着地した。
「いやー、間一髪だったねぇ」
あれだけの破壊と蹂躙を見せた後とは思えない、安穏で気の抜けた声だった。
「石田さん、エナジーは?粒子砲の長時間使用とウイングによる面制圧した後じゃ、かなり危ない気がしますけど」
大した挨拶もなく、優樹は自分たちの状況より先に、ティアマットについての話を始めた。ティアマットのコンディションを気にするのは、CTV、もしくはそれ以外の戦力による追撃を考慮してのことだ。現状、ティアマットに頼るしか、現状を切り抜ける方法がない。
「ああ、大丈夫。まだ半分くらいあるから」
「容量の改善もできたみたいですね。八丈島からですか?」
「そうそう。飛行テストも兼ねて飛んで行けって言われちゃって。あ、そうそう。あと三十分くらいで迎えのヘリが来るはずだから。移動しようよ。そういえば、松井君は?死んじゃった?」
「生きてますよ。こっちの欠員はなしです」
優樹の危惧などどこ吹く風か、秀平は口元を緩めて話す。
「それにしても、意外だったよ」
秀平の視線は、どこか具合悪そうにしている大介へと向けられた。
「まさか、助ける側に回るなんてね」
「俺も、まさかこんなにすぐに立場が逆転するなんて、思ってなかったよ」
大介の顔からは、自嘲の色が見え隠れしている。数週間前に圧倒的な力の差を見せ付けてこき下ろした相手に、絶望的状況下で救われたのだ。堂々と顔向けはできない。
「俺は、とんだ道化だな」
パーシヴァル戦では、リミットリリースを使う必然性はなかった。切り札の一枚を切らずとも、勝利できたかもしれない。それを、個人的な感情で、冷静さを欠いた結果、システムと体の過負荷という窮状を招いてしまった。戦場で戦う兵士にとって、それは致命的な失敗だった。
「まぁまぁ。たまの失敗くらいしょうがないでしょ」
笑いながら、秀平は慰めを口にした。
本当は「さんざんコケにしやがって、ざまぁみろ」と言いたいのだが、もし自分が何か失敗したときに、意趣返しで大介からより辛辣な言葉をかけられると辛いので、ここは我慢しよう。そういう打算があっただけなのだが。
「さっさと帰りましょう」
面倒くさい空気になってきたなと判断した優樹は、さっさと話を断ち切って自分に害が及ばないようにしようと思い、小屋の中の和也に声をかけてから、迎えのヘリの到着地点へと全員での移動を宣言した。
こうして、予定スケジュールの三分の一程度の日程で、SFT社主催の競技会は幕を閉じたのだった。
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