第28話 エレクトリカルバースト

 以前から、KDI社とSFT社の水面下での繋がりが噂されていた。きっかけはSFTの急に飛躍しすぎた機械分野技術であり、KDIの技術支援を受けているのではないかという噂はたちどころに広まっていった。

 しかし、真偽の程はわからない。KDIは嘗てMTTの一分野を担っていた部署が独立したものだが、その意味ではMTT内の離反者という可能性や、他事業者という可能性もある。

 MTT管理者からは、その点に留意して競技会に臨むようにとの通達があった。


 ガラハッドが振り返った先にいたのは、日常に疲れた中年サラリーマンを思わせる男だった。その男の腕が、正確には腕が刃へと変じたものが、甲冑と腹を貫いたのだった。

 T-1000J。KDIの最新鋭機兵士キラードールである。

 今ガラハッドの腹を貫いているのは、ナノデバイスの集合体であるT-1000J、その腕が組成を組み替えて刀剣へと変じたものだ。

「ぐ…、ぬぅ……!」

 ガラハッドはしかし、倒れはしない。むしろ、この状況下でT-1000Jを迎え撃つつもりでいる。

 が、一度獲物を捕らえた機兵士キラードールから逃れるのは、噛み付いてきた鮫から逃れるほどに困難であることを、思い知ることになる。

 刃の切っ先が変化し、ピッケルのような形となった。もう抜くことはできないと言外に告げたかのようだった。

 T-1000Jが大きく腕を振り上げると、それだけでガラハッドの、常人よりも一際大柄な体が地面から浮いた。そして、ドシン!と地鳴りがしたと思った時には、甲冑が弧を描いて地面に叩き付けられていた。

「ごっ…ぁっ……!」

 肺から空気が押し出され、意識が飛びそうになる。

 T-1000Jは更に体全体を変化させ始めた。

 ガラハッドから腕を引き抜き、手足を大きく広げた。そして、手足が伸び、ムササビのように腕と脚の間に膜が張られていく。

 最終的に、それは銀色のドームのようになり、ガラハッドの視界は森の木々や青空から銀一色へと切り替わった。

「――ッぐぅぁぁぁぁぁぁぁァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 これまで、ガラハッドからこんな絶叫が漏れたことなどなかっただろう。

 それもそのはずだ。今、ガラハッドはドームの表面から飛び出した数十の鋭利な針に、全身を貫かれているのだから。

 やがて、ガラハッドからは何も聞こえなくなった。

 呻き声だけではない。

 吐息や、心臓の鼓動さえも、止まっていた。

 心臓には四つ、脳に五つ、脊髄に八つの、直径二五ミリの針が突き刺さったのだ。如何に強化人間パワードとはいえ、致命傷には違いない。

 その光景を、優樹は眺めていた。

 もしKDIとSFTが裏で繋がっていたとしたら、二対一という状況に追い込まれていた可能性もあった。しかし、優樹は初めからその可能性を否定していた。

 なぜなら、完全自立型である機兵士キラードールは、外部からの干渉を考慮しているため、途中でコマンドの変更ができないことがわかっているからである。

 バトルロイヤルという形式を利用してSFTと共闘し、もし二社が生き残った場合は、協力関係が大っぴらに露呈しないために本勝負に持ち込むというプログラミングがされているかどうか。その可能性は低いと言えた。今のAIでは、戦況判断だけで精一杯のはずだからだ。

 結果、どう転ぼうが二社の協力関係を露呈することは困難だという結論に至っていた。

 だから、利用することにした。

 優樹にとって一番の課題は、ガラハッドではなく、T-1000Jの破壊の方だった。あの柔軟に形状を変化させるナノデバイスの集合体を如何に攻略するか。そこに考えを巡らせていた。

 そして、その攻略にガラハッドを利用できないかとも考えた。

 昨日のT-1000Jとの遭遇、こちらを追う可能性、進行ルート、移動速度。それら全てを考え、導いた、最も遭遇率が高くなるであろう戦場を考えた。それがこの山林だ。ガラハッドがわざと戦場を誘導してきたときにはどう修正すべきか悩んだが、偶然にも狙った場所に戦場を指定してくれた。

 次に必要なのは、T-1000Jに高脅威目標をガラハッドに選定させることだ。つまり、弱った相手アトラスはいつでも処分できる。まずはその相手に夢中になっている強者ガラハッドを奇襲すべきだと思わせる必要があった。

 その為に、劣勢に陥ったのだ。尤も、わざと劣勢に立とうとしなくても、充分危険に追い込んでくれたわけだが。

 また、ガラハッドにT-1000Jの接近を気付かせるわけにもいかなかった。そのためにわざと木々を薙ぎ倒し、銃弾をばら撒き、話し続けた。注意を逸らす、その一心で。

 その結果、目的の半分は達した。

 後は、T-1000Jを始末するだけ。だが、それが一番の懸念事項でもある。

 対策は二つ。

 一つは大火力を集中し、殲滅すること。これはただ闇雲に撃つだけではだめだ。目的は、敵機体内にあるはずの動力部だ。たとえ全身がナノデバイスで出来上がっていても、超常的なパワーを生み出す動力源が必要になる。つまり、そこを破壊すれば、T-1000Jは止まるはずだ。

 幸い、T-1000Jはまだガラハッドの遺体を串刺しにしたまま止まっている。

 今がチャンスだ。

 アトラスの巨体を立ち上がらせ、肩部ハッチを開放する。

 M18G近距離殲滅用爆砕兵装〝アルキオネ〟――アルデバランの〝プレアデス〟よりも装弾数、タングステン弾径、全てを凌駕する武装である。

 アトラスの動きにT-1000Jが反応する。

 だが、遅い。

「いけっ!」

 無数のタングステン弾が、両肩から射出され、銀の膜状になっているT-1000Jへと放たれた。次々に襲い掛かる金属弾の雨に、銀色がみるみる穿たれていく。

 優樹は惜しみなく、肩部装甲内にあるタングステン弾を撃ち出していく。残弾など気にしない。全て撃ち尽くすつもりで――事実、全ての装弾を吐き出していた。

 見下ろせば、地面には銀色の雫となったナノデバイスの集合体と、見るも無惨なガラハッドの遺体(アイアンメイデンとショットガンのコンボを喰らったようなものだからしょうがない)、凄絶な破壊を受けた木々と山肌が広がっていた。

(いったか……?)

 周囲の様子を探りながら、優樹は一歩を踏み出す。

 と、

 もぞもぞと、銀の雫が動き出した。まだ仕留め切れていない。

「ちっ、しつこい!」

 少しずつ集まって形を成そうとしている塊へ、左腕ガトリングガンを向けて発射するが、一向に破壊できる気配はない。

(動力源を用意していない…?まさか、デバイス各個で発電を?そんな莫迦な…)

 驚愕し、考察するが、すぐに頭を切り替えて次のプランへと移行する。

(あんまり、やりたくはなかったんだけどな……)

 渋い顔をしながらも、優樹は今も集合して人型を成そうとしている銀色の塊へと駆け、右腕を突きこんだ。

 同時、T-1000Jは元の中年男性の形へと戻った。

 その腹に、アトラスの右腕が叩き込まれる。

 だがT-1000Jは、水面に沈んでいくかの如く右腕を飲み込み、逆に拘束した。当然の結果と言える。そもそも、ガラハッドの手によって、電磁破砕槌はぐにゃりと曲げられている。相手がT-600Jだったとしても、有効打を与えるには至らないはずだ。

 T-1000Jは、中年男性の顔面を大きく変化させ、巨大な斧へと形を変えた。そのまま頭突きの要領で、アトラスへ向けて振り下ろそうとする。

「……しっかり咥えてろよ」

 しかし、優樹は慌てなかった。むしろ、好機だとさえ思っていた。

 右腕の破砕槌に装備された、八つのカートリッジ。一基でも七〇キロのタングステン製破砕槌をローレンツ力で時速七〇〇キロで打ち出せるエネルギーが、一斉に解放される。

 バジィィィィィン―――――――――――!!

 結果、大電力が炸裂する。それはわかりやすい電流という形だけでなく、強力な電磁パルスという形でも猛威を振るう。

 T-1000Jにとって、各ナノデバイスは『全を構成するための一』であり、物質における陽子の存在に近い。全ての物質は分子――つまり原子から成り立っているが、原子とは単純に陽子がいくつあるかによって決定される。同じように、ナノデバイスはどこに何があろうとも、決まった配列を組むように最適化されている。脚だった部分が再構成時には腕になっているかもしれないし、首になっているかもしれない。一個一個に意味はない。総体という単位で初めて意味を成す存在なのだ。自然界で言えば、女王のために犠牲になる蟻や蜂がいい例である。

 つまり、司令塔かその伝達系—―各ナノデバイスのシナプスの役割を果たしている素子さえ破壊できれば、T-1000Jはただの目に見えない極微細機器へと成り下がるはずなのだ。

 電子機器を破壊する方法として、最も有効と思えたのが、ローレンツ力により杭を打ち出す破砕槌、その動力源であるコンデンサーカートリッジの一斉起動だった。

 だが、それは暴走と呼ぶに相応しいことでもある。

 八基のカートリッジは互いの出力によって生まれた過電流によって短絡し、破裂した。更に、大きな電力が生まれたということは、つまり大エネルギーが発生したことに等しい。一部が運動エネルギーに転化され、最も近くにあった部位――即ちT-1000Jの腹と、アトラスの腕を大きく損傷させた。特に、アトラスは装着者の腕ごと破壊され、赤い巨人はその肘から先を失った。

「くっ……」

 優樹はその場に膝をつく。

 アトラス自身には強力なEMPプロテクトが施されているため、メインシステムは犠牲にならずに済んだ。しかし、情報カルテが電磁パルスによって破損してしまった。

 肩のタングステン弾は全て撃ち尽くし、杭打ち機は歪み、コンデンサーは全て短絡。もしこれでT-1000Jが立ち上がるのならば、もう優樹に攻撃手段は残されていない。

 動き出すんじゃないぞ。優樹はそう念じながら、腹に穴を空けた敵機を睨む。

 ピクリ、と。

 その機械の指先が動いた。

「ちっ――」

 優樹は未だ活動する敵に対してどうやって戦闘するか。もしくは逃げるべきかを考える。

 が、

 それ以上、T-1000Jは動かない。

 それどころか、体の表面から微細な粒子が風に乗り、舞っている。次第にその粒子は数を増していき、十メートルも離れれば小さな粒子であるが故に肉眼では捉えられなくなる。

「やった……のか……?」

 その様子を、優樹は暫く眺めていた。

 一分ほど経つと、既に機械の体の四分の一ほどが、消え失せていた。

「各デバイスを結合させるジョイント……いや、配列決定のためのCPUが破壊されたか、もしくは送受信素子の破損か……。どちらにしろ、うまくはいったな……」

 ふぅ、と大きく息を吐き出す。

「なんとか、万事休す、ってことにならずに済んだな…」

 そして、自分の欠損した右腕を見やる。

「繋ぐ時、痛いんだよなぁ……」

 うんざりといった様子で、先とは違う意味で嘆息する。

「さて、近藤さんと松井君は……」

 右腕を失った赤い巨人は、山林から去っていった。

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