第26話 貫徹

 青い装甲と銀の右腕を持つTelF――ゼロ・シュナイデフォルムは黄金の剣クラウソラスを握り、正面の漆黒の騎士を見据えている。

 対する漆黒の騎士――狂気の咆哮を上げるランスロットは、両刃の黒剣を右手に握り、腕をだらりと下げている。刀身には、読解困難な文字が刻まれていて、怖気を覚えそうなほどの禍々しさと威容を携えている。

 シュナイデフォルムを始めとしたハイラントフォルムは、システムの最適化を果たしたことにより、使用時間が一五分に延長されている。

 しかし、それでも時間がないことに変わりはない。こうして睨み合っている時間ですら、和也には惜しい。だが、正面から無鉄砲にぶつかっても、勝利を掴める相手ではない。嘗てランスロットはヌアダを倒している。つまり、半年前の船上での戦闘よりも厳しい戦いになることを示しているのだ。

『■■■■■■■■■■――――――――――!!』

 痺れを切らしたのか、ランスロットが先に動く。

 地を踏み抜くのではないかと思うほどの迫力で駆ける漆黒の騎士は、狂気の雄叫びを上げながら、ゼロを亡き者にせんと剣を振り上げる。

 対して、和也は遅れて駆け出し、逆袈裟に黄金剣を振った。

 ガシン――キィィィィィィィィン―――――

 衝突の大きな金属音と、高周波が干渉する耳障りな音。二振りの剣が衝突を果たす度に、二つの音が交互に繰り返される。

『テル…フゥ……!コ、ロォ……スゥゥ……!!』

 衝突の度、和也は怨嗟の声を耳にする。

 聞くに耐えない憎悪だった。MESを信頼していない和也にとって、MESへと恨みを持つ人間の気持ちは想像に難くない。復讐に駆られる衝動もわかる。

 だが、そんなことを許容することはできない。気持ちは察っせるが賛同できないのだ。

「何があったのかは知らないけど……!」

 切り結ぶ黄金と漆黒の剣。その向こうへ、赤いバイザーに隠された騎士の瞳に訴えかけるように、和也は言葉を絞り出す。

「お前のやろうとしてることは間違ってる!お前がそうやって戦って、喜んでるのは誰だよ?少なくとも、お前が大切に思ってる人間じゃないだろう?喜んでるのは、SFTの連中だけのはずだ!」

 和也は心の内を吐露していく。クラウソラスを握る手にも自然と力が入る。

「MESに誰か騙されたり、殺されたり、したんだろ?それで、お前はTelFと戦うしかその感情をぶつけることができない!」

 ランスロットの狂乱具合から、たとえ機械的・薬学的影響を受けているかもしれないといっても相当の恨みがあることは予想できる。多分だが、誰か大切な人を殺されたのだろう。

「でもさ、そんなことしたって、何にもならないだろ?このまま戦ったって、お前が不幸になるだけじゃないか!そんな悲しいやつと戦わなきゃいけないなんて、俺は嫌だ!」

 剣が離れては衝突し、離れては火花を散らす。

 一合毎に和也は感情をぶつけ、ランスロットはただ唸りを返すのみ。

 実力は拮抗しているように見える。だが、これは綱渡りだ。少しでも集中力が途切れれば、和也は無惨にもその身を裂かれるだろう。

 和也には時間の制約がある。チャンスを見逃さない。いや、見逃せない。もしシステムのオーバーフローで装着が解除されれば、飢えたライオンの檻に入れられるのと似たような結末を迎えることだろう。

 剣戟が止む気配はない。和也の呼びかけは、まるで効果を示していない。

 和也は別に隙を作るために話しかけているわけではない。むしろ、喋っている余裕などなく、攻撃に全神経を使うべきなのだ。

 和也の想いは一つ。

 悲しい戦いを続ける人間を止めたい。これ以上血も涙も流れるようなところは目にしたくない。

 そんな想いを胸に抱きながら、和也は万物を切り裂く黄金の剣を振るっているのである。

 もう何合目になるだろうか。

 ゼロとランスロットは互いに一度、大きく後退し、間合いを空けた。

 和也の目には、HMDに表示される『10:08』というカウントダウンが映っている。有効時間の三分の一を使っている事実に、思わず奥歯を噛み締め焦燥する。

 ランスロットは大きく肩で息をしている。ただし、戦闘による息切れというよりは、感情の昂ぶりによって引き起こされているようだった。

 ランスロットは、ただ獰猛な野獣のように、和也に襲い掛かるだけだ。

 それを迎え撃つ和也には、もう『殺す』しか選択肢はない。

――(殺せよ、そうしないとお前が殺されるぞ)

 心の中で、誰かが囁いている錯覚に陥る。

――(もう、あいつを止めるには殺すしかない)

 心の中の悪魔が、笑顔を浮かべながら語りかけてくる。

――(ここで殺して、憎しみに染まった魂を開放してやろう)

 甘い言葉を囁きながら、悪魔は優しく微笑む。

 そして、その笑顔がふと冷たくなる。

――(どうせ、殺し慣れてるだろう?)

「―――っ!?」

 自分の心の中の、自分で勝手に作った妄想のはずの悪魔。だが、自分の内面を映し出すその存在は、実に的確に和也の行いを並べていく。

――(大丈夫だ、誰も責めないさ。だって、殺すのがお前の役目なんだから)

 十人殺すのも百人殺すのも同じだとは思いたくない。和也は強く思っていたはずだが、その思いに徹しきれていないのも事実だ。

 殺される前に反撃する。これは法律でも認められた『緊急避難』に該当する。有名な話では『カルネアデスの板』がある。自身の身を守るために法を犯しても罰せられないということだ。

(でも、違う……)

 和也は義務感に駆られながらも、自分の意思で装着者になっている。危険だとわかっていながら、目的のために戦っているのである。

 だからこそ、自分の立場を言い訳に『人を殺す』ことを許容したくない。自分の意思で手にかけたのだと、逃げることなく背負おうと思っている。

 しかし、現実として、ランスロットを倒す以外の選択肢はない。『倒す』などと抽象表現しているが、それは即ち『殺す』という意味だ。

(手加減できる相手じゃないってことはわかってる……、けど……)

 ダン!!という音に、和也は我に帰る。

 考えている間に、ランスロットは踏み込みを始めていた。さっきの音は、ランスロットが踏みつけた地面が陥没したものだった。

 パーシヴァルの動きを飛燕に例えるならば、ランスロットの動きはドーベルマンや闘犬を彷彿とさせる。狂犬病感染のオマケつきで。

 漆黒の騎士は瞬時に間合いを詰め、腕を大きく振って回転。遠心力を利用した強力な横薙ぎが繰り出される。

 和也はクラウソラスの鎬に手を添え、防御を試みた。

(俺は、生きていたい…。ここで死ぬなんて、いやだ……!)

 嘘偽らざる本心だった。ランスロットの憎しみをどうにかしたいという想いは変わらない。しかし、そのために自分を犠牲にすることができるかと問われれば、答えは否。

(俺は、生きて帰る……!)

 黄金と漆黒の剣が衝突し、火花を散らす。衝撃でよろけそうになりながら、和也は歯を食いしばって耐える。

(俺は、生きて帰って―――)

 和也の目に反撃の炎が灯る。ここで勝負に出るしかない!

「魅凪に伝えるんだ!」

 大きく大剣を押し上げ、さっきとは逆に漆黒の剣を跳ね上げさせる。

 不利を悟ったのか、ランスロットは勢いに逆らわずに黒剣を引き、一足で五メートルを後退した。

 そこへ、黄金の大剣が投擲された。

 それを、ランスロットは逆袈裟に払うことで易々と弾き、黄金剣はくるくると宙を舞う。重量物の高速投擲も、漆黒の騎士の前には対処も易いものだった。

『―――っ!?』

 初めて、ランスロットは息を詰まらせた。

 剣を弾いた直後、すぐ目の前にゼロの姿があった。

 装甲色の、ゼロが。

「俺はお前が――」

 ツェアシュテルングフォルムのゼロ、その強化された純格闘能力により繰り出された膝が、漆黒の剣を握る右手に打ち付けられた。

 あまりの衝撃に、ランスロットの手から剣が取り落とされる。

「大好きだって!」

 取り落とされた漆黒の剣を、和也は掴み、振り下ろした。

 漆黒の騎士へ、漆黒の剣が迫る。必殺のタイミングだ。

 ガシッ!

 だというのに、騎士は刃を受け止めた。白刃取りによって。

 和也の奇策もこれで失敗し、攻撃の勢いを殺がれた。――かに思えた。

 和也は両手で握る漆黒の刀剣を左手だけに託した。もちろん、片手だけではランスロットの力に及ばず、白刃取り状態の均衡が黒騎士有利へと傾く。

 だが、和也はさらに右手を天に掲げた。

 その手に吸い込まれるような軌道で、くるくると回っている、朝日を浴びてキラキラ輝く粒子を放つ黄金の剣が落ちてきた。

 粒子を放っているのは、シュナイデフォルムが解除されたことで情報化されつつあるクラウソラス、その残滓である。あと数秒で、クラウソラスは虚無へと還り、姿を消す。

 だが、その数秒さえあれば充分だった。

 剣の幅は、徐々に粒子化によって半分ほどに減っている。

 臆せずに、和也は見事に柄を握った。落下の勢いのまま剣を一度引き、右手一本で振り下ろす。

 が、それでもランスロットは対応した。

 漆黒の剣を右手だけで挟みこみ、左手の親指と他四指で消えかかっている黄金の剣を挟みこみ、受け止めた。

 開けた!

 和也はさらに一歩を踏み込んだ。単純な力比べならば、まだゼロに分がある。

 強引に腕を左右に開き、ランスロットの腕を一緒に押し広げる。その先には、無防備になった騎士の体がある。

 だが、蹴りは入れない。有効打になりそうだが、勢いを利用して間合いを空けられてしまう可能性が高い。狙いは一点。頭部だ。

 クラウソラスは消えかけ、じきにランスロットの左手が空く。その前に、和也はさらに一歩を踏み込み、頭を大きく振る。

 ガジィン――!

 頭部同士が激突し、耳障りな金属音が上がる。

 ランスロットの体がぐらりと揺れる。生物ならば当然の反応だ。

 黄金の剣が消えた。騎士の左手がフリーになるが、同時に今の一撃で右手にも隙が生まれた。

 これが最後のチャンスだ。

 和也は漆黒の剣を一度引き、抱え込むようにして、騎士の体へと体当たりする。

『■■■■■■―――――!!!!』

 漆黒の剣が、漆黒の騎士の腹を貫いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る