第25話 限界突破

 道路上には、いくつもの槍が鋭角に突き刺さっている。全て、パーシヴァルによって投擲されたものだ。中には地面に落ちているだけのものもあるが、これらはメサルティムの精密な大口径弾射撃によって落とされたものだ。

 だが、槍の本数が尋常ではない。戦国時代の野原を映し出したように、視界の至るところに槍が散乱している。無数の死体がないことが救いであろう。

 この数十本の槍が墓標のように突き刺さる只中に、白い鎧の騎士と暗色の装甲を纏うTelFが対峙している。

「クッ、フフハハハ」

 パーシヴァルはY字の赤いスリット越しにメサルティムを見ては、笑い声を上げていた。

「いいわ、いいわよ、あなた。さっきから、ずっと子宮の奥がきゅんきゅんよ!」

 パーシヴァルの戦闘スタイルは変わらない。右手に長槍レーヴァテイン、左手には短槍ミスティルテイン。投擲しながら距離を詰める、という行動を繰り返している。

「痴女を通り越して、壊れたみたいだな」

 大介は呆れながらも、両手にバレットM82A1を握り、対物ライフルの感触を確かめた。

 大介は投擲される槍を撃ち落し、回避し、反撃に転じようとしながらも、パーシヴァルの俊敏さによって決定打を打てずにいた。無数にある武装が切れることはないだろうが、パーシヴァルの槍と大介の集中力、どちらが先に切れるだろうか。そんなことを考える。

「壊れてる……?えぇ、壊れてるわね」

 何となく口にした一言。意外にも、騎士の女は食いついた。

「でも、壊れてるのはわたしだけじゃないわよ?」

 狂喜を孕みつつ、自嘲も垣間見える。そんな言い草だった。

「この世界自体が、すでに壊れてるんだもの!その壊れた世界に生きていた12歳の少女が壊れるのは、必然ではなくて!?」

 やがて、自嘲が前面に押し出され、内に秘めた感情が露出する。

その様子を見て、大介は唇を閉じ、奥歯を噛み締めた。

「父子家庭で育った子が、一二歳で父親に売られ、毎日強姦の日々を過ごしたら、その子はどうなると思う?」

 それは、パーシヴァルの――財前暦の過去だった。

 母親を早くに亡くし、小学校に上がった頃から父親の手で育てられた。しかし、伴侶を亡くしたことで悲しみに暮れる父親は、日々酒に溺れ、暦のことを見ようとはしなかった。やがて麻薬に手を出した父親は、重度の依存症になり、薬欲しさに金を注ぎ込み、借金を作っていった。

 そして、遂に暦は売られてしまった。見ず知らずの中年男性の下へ。

 人身売買など違う世界のことだと思っていた暦には、親に捨てられたという事実と共に、大きな衝撃を与えた。

「毎日毎日飽きもせずセックスセックスセックス!穴という穴を犯され続けたわ!食事は犬用の餌皿にご飯をよそって、その上に精液がかけられてたわねぇ!」

 初めは顔も近づけられなかった。気持ち悪くて何度も吐き出した。吐き出すと殴られた。だから、我慢して食べた。食べた。食べた。そして、慣れた。

「そんな生活が六年近く続いたある日、わたしの視界に包丁が映ったわ。それでね、ぐーすか寝ている男の腹を刺してやったの!ギャーって情けない悲鳴を上げて睨んできたから、また腹を刺したわ!何度も刺す度に気持ち悪い悲鳴をあげていくんだけど、その度に、わたしの中では快感が込み上げてくるのよ!」

 何度刺したかわからないくらい、暦は刃を振り上げていた。

 これまで、性交では嫌悪感が先立ち、快楽など得ることはなかった。しかし、刃を突き入れ、抜く度に、得られなかったはずの快楽が湧いてきたのだった。

 こんなに『抜き差し』するのが楽しいだなんて思わなかった。この男が『抜き差し』に嵌るのもわかる。なら、今度はわたしの番だ。

 暦は夢中になって、男の全身を刺し続けた。男から苦悶の声が上がらなくなり、事切れた後も、刺し続けた。全身傷だらけで、もう刺す場所がないくらい、振り上げては下ろしの運動を続けた。暦の感覚では、それは性行為に近いものだった。肉に刺し込み、引き抜く。その繰り返しはまさに自分がこれまでこの男にされてきたことと同じではないか。

 楽しい。気持ちいい。愉しい。悦ばしい。嬉しい。快感。絶頂。

 暦の心は狂喜に満ち、数々の殺人現場を見てきた警察官ですら目を背けたくなるような『肉塊』をひとつ、見下ろしていた。

「だから、だからわたしは―――!」

「もう黙れ」

 さらにヒートアップする狂喜の女。そこへ、大介の声が割って入った。

「あぁら、耳を塞ぎたくなったのかしら―――」

「黙れと言ったぞ」

 怒気を孕ませ、呟くように、しかし耳に響く声を大介は発した。

「自分だけ不幸がるのも大概にしろ。そういう話は聞き飽きてる」

「な――!?あんたがどれだけ――」

「俺は一〇歳のときに両親を爆破テロで殺されてる。それから施設をたらい回しにされ、周りが高校生やってる頃には俺は中東でAK-47カラシニコフを握ってた。それからずっと傭兵稼業で殺しに殺し続けの生活だ」

 暦の言を遮って早口に語る大介の口調は、苛立ちを隠そうともしない。自分の凄惨な過去を語る、感情的な鞭撻者であった。

「黒煙の中、やっと見つけた母親の顔に駆け寄ったとき、そこに頭しかないことに気付いたときの絶望は今でも忘れない。人間が生きたまま焼かれるあの光景を、忘れられるはずがない」

 大介は語りながら、両手に握った重火器を消し去った。

「メサルティム、リミットリリース」

 大介の背後に、黄金の霧が発生し、広がっていく。

「もう、終わらせよう。お前と戦っていると、不愉快だ」

 霧はどんどん広がっていき、やがて光の壁となって、大介とパーシヴァルを包む。

「メサルティムの本領、発揮させてもらう」


 ドゴン!ダダダダダダ――!ダァン!ドシーン!バラララララララララ――!ボァン!ブォォォン!ガーン!―――――――――――

 山林では、大工事さながらの轟音がこれでもかというほど発せられていた。

 炸薬がはじける音、木が薙ぎ倒される音、地面が捲れ上がる音。破壊の重奏は間断なく続き、周囲の景色を一変させていた。

 疎らに生えていた背の高い木々は、無惨にも圧し折られ、もしくは穿たれた大穴によって自重を支えられずに倒壊し、地面に敷き詰められている。中には木っ端と化したものもあり、爆撃跡ではないかと疑いたくなる情景が出来上がっている。

「さっきから逃げてばかりだな、楯の騎士ガラハッド?」

 その惨状を造り上げた張本人――赤の吶喊機アトラスを駆る優樹は、青い甲冑ガラハッドを見やり、嘲弄の体で告げる。

「避けられるような攻撃しかしてこないだけだ。全て律儀に防御してやるほど、俺はお人よしではない」

 対してガラハッドは嘲弄を気にもせず、変わらずに両手で楯を構える。

「俺の杭打ち機エレクトラ八発全弾と、タングステンの雨アルキオネに耐えられるか、興味があったんだがな」

 言葉とは裏腹に、優樹の語気は素っ気無い。こんなこと、さっさと終わらせたい。そんな内心が滲んでいる。

「俺を舐めすぎだぞ」

 ガラハッドは構え、攻勢に出る様を見せ付ける。

(もうそろそろ、だと思うんだけどな…)

 優樹は何かを思案しながら、迎撃の姿勢をとる。

 直後、またも轟音が鳴り、空気を震わせた。

 二者の激突だ。

 ガラハッドがスパイクになっている楯の先端を突き出し、アトラスの右手の杭がその先端を捉えた。優樹はカートリッジを稼動させようとしたが、ガラハッドはそれよりも早く身を引き、回し蹴りを繰り出した。

 だが、そこは重装甲のアトラスである。防御をとることなく、蹴りによるダメージを受けてはいない。若干体がよろめいた程度である。

 そこへ、ガラハッドが更に肉薄する。すでに、青い騎士はアトラスの胸の前まで迫っていた。アトラスはその重装甲と巨躯故に、足を止めての殴り合いには向いていないのだ。

「ふんっ!」

 繰り出されたのは、アイギスの先端ではなく、掌底だった。

 優樹は回避不能と判断し、胸部装甲を頼りに防御を選択する。胸部装甲は最も厚い装甲を持つ部位だ。だから、それをあてにするのは至極当然のことだ。

 だが――

「がっはぁっ――」

 心臓を握り潰され、肺を圧迫されたような痛みを覚え、優樹はよろめいた。

「はぁっ!」

 さらに追い討ちの肘打ちが胴を襲い、優樹は再び苦悶の声を上げ、フラフラと後退る。

(くそっ、なんだ…、こい、つ……)

「ふむ、思ったよりは効いていないな」

 ガラハッドは思案しながら、次の構えを取る。

 一方、優樹は内臓を握り潰されたような痛みに苦しみ、それを感知したCPUから強制投与された鎮痛剤によって苦痛から逃れつつあった。

(なんだ、あれは……?装甲を、抜けた……?)

 ダメージチェックをしても、装甲を抜かれてはいない。もし脳内の電位状況をモニタリングしていなければ、(機体にダメージがない以上、当たり前のことだが)機体からの薬物投与は起こらなかっただろう。

(どういうことだ…?衝撃の転送?いや、装甲と体が密着状態にあったことでの伝播か?)

 優樹はこの現象について思案しながら、ステータスチェックを行う。ログを見てみても、あるのは胸部装甲内部の緩衝装置ショックアブゾーバーが作動した程度でしかない。

「科学技術ではない」

 まるで心を読んでいるかのように、ガラハッドは言う。

「打撃の極み、その一つである『徹』。それを使ったまでだ」

 相手の装甲を無視し、直接肉体にダメージを与える。古来より、鎧を着込んだ兵士に対して使用された、武術の極みである。

「お前は確かに火力と重装甲を持っている。しかし、俺は攻撃力不足だと思っていたのだろう?決定打はないと、そう高をくくっていたのだろう?」

 まさにその通りだった。ガラハッドの唯一の武装であるアイギスは、運動エネルギーを熱エネルギーに変換して衝撃を緩和する熱量変換装甲エナジートランサーである。防御を固め、カウンターを狙うと考えられ、重装甲の相手に対しては決定的な攻撃力不足に陥る。それが、優樹の見解だった。

 だが、現実は違う。ガラハッド相手には、装甲など無意味だった。防御を抜けた直接打撃には、重装甲だろうが関係ない。軽装甲だろうと重装甲だろうと、辿り着く結末は同じなのだ。

 ガラハッドが更に、アトラスの巨体へと迫る。拳を突き出すが、今度は拳ではなく、楯によるものだ。それも、腕を横薙ぎに振り、楯の表面をぶつけてくる形だった。

 優樹は一度に攻撃を叩き込んで、熱量変換の限界を超えさせ、アイギスを破壊させようと杭打ち機エレクトラの先端を突き立てた。

 ダンダンダンダンダンダンダンダン――――!!

 コンデンサーカートリッジ全開で解き放たれた杭は、アイギスを強かに打ち付けた。

 このまま続けてタングステン弾アルキオネを打ち込もうとした瞬間、異変に目を見開いた。

「っ――!?」

 優樹は思わず息を呑む。

 エレクトラ――杭の先端がぐにゃりと歪み、飴のように全体が曲がったのだ。45度ほどに、まるでスプーン曲げのように。

熱量変換装甲エナジートランサーには、こういう使い方もある」

 平坦な太い声が、特に誇るでもなく告げた。

(なんだ?熱量の放出?いや、ただそれだけじゃない。効率が良すぎる。恐らく、熱の輸送に強い指向性があると見るべきだが、それにしたって――)

 優樹の思考が中断された。

 再度襲ってきた、騎士の拳による胸部への痛打である。

「ぐっ…ぅ……!」

 フラフラと後方へよろめき、嘗て自分で薙ぎ倒した木の幹に体を預ける。

 そこへ、ゆっくりと、しかし力強い足取りで、ガラハッドは歩み寄る。

「これで、終わりか?」

 優樹は答えない。

「なら、このまま心臓を押し潰すか。それとも一息に脳をジェル状にでもするか?」

 ガラハッドの重く太い声を、半ば聞き流している。

「じっとしていれば、即死させてやるくらいの情は持っているつもりだが」

 なぜなら、そんなことに耳を傾けている暇などないからだ。

「大人しく――」

 ガラハッドの言葉を遮り、アトラスの巨体が木から離れ、一歩を踏み出した。

 そして、左腕――四砲身七.六二ミリガトリングガン〝アステローペ〟を突き出し、銃口を騎士の頭部へと向けた。

 バラララララララララララララララ――――――――!!

 流れるように連続で発射される、雨のような銃弾。

 しかし、銃弾の雨は青い騎士を捉えるには至らない。ガラハッドはアトラスの左腕を弾き、上へと押し上げたのだ。

 果たして、空に向かって放たれた無数の銃弾は、葉を茂らせる木々の枝を悉く撃ち落し、枝と葉のシャワーが二人に降り注いだ。

「無駄な足掻きを」

 ガラハッドは優樹の取った行動に嘲笑を滲ませるが、対して優樹はフルフェイスの下で笑っていた。

「そうでもないさ」

「……なに?――――っぁあっ――――ぐぅっ!?」

 疑問を浮かべたガラハッドは、一瞬遅れて驚愕し、そして苦悶の声を漏らした。

 騎士は自らの異変に気付く。

 見下ろせば、自身の腹に深々と刺さる剣の切っ先が見えた。

(なっ……うし……ろ……?)

 信じられないという表情で、ガラハッドは自分が後ろから刃物で刺されたことに気付き、後ろを振り返った。

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